Chapter4-6 恵

「なんで、あんなことをしたの」

「……おれも何かしたかった。お荷物は……嫌だったんだ」

 ばつが悪そうに言った。実際悪いのだが、あの時は本能が身体を動かすようだった。


「晴翔」

 恵は、まっすぐおれの目を見て続けた。

「訓練生の私もそうだった。自分で結果を残したかった」

 おれは恵からの叱責がくると思って身構えていた。


「あれは、私が初めて現場で作戦行動に出ていた時、室長と数名で択捉島のロシア兵力偵察任務を行ったの。霧が濃くて、今よりずっと寒かったわ。船で接近すればコーストガードの巡視船が威嚇射撃をしてくる中、潜水艇で島の近くまで行って、そこから自力で泳いで上陸したの」

 まるで思い出話をするような、懐かしさに入り浸る表情で恵は続けた。


「島の中央にロシア空軍が飛行場を設けていて、そこの偵察任務だったわ。暗い森の中で息を殺して、何十キロと歩いたわ。そして飛行場で配置された戦闘機を確認して、室長が撤収判断をした中、私は手柄を欲張り、調査を続行してしまったの。すると、基地警備の兵士に見つかって、撃たれた。その時、室長は私をかばって肩に被弾したわ」

「無事、だったのか」

「その時は必死に逃げて、沖に残した潜水艇で帰還できたわ。根室に上がった時、私は怒鳴られると思ったけど、室長が声を上げるようなことはしなかった。静かに、自分の役割をしっかり果たせ、とだけ言ったわ。私はその時、初めて自分の未熟さを実感したわ」


 おれは恵の言葉に耳を傾けた。

「訓練でいくらいい成績を出しても、死ぬ時は容赦なく死ぬんだって、その時に感じたの。室長が庇ってくれなかったら、間違いなく死んでいたわ。……だから晴翔、無茶は、すべき時にするのよ、自分の役割を果たす時に」

「おれの、役割……」


 恵が回収してくれたカバンに手を伸ばす。本は無事だ。おれの役割は、親父の真実を探ることだ。

「ごめん、ごめんなさい……おれが悪かった。軽率だった。もうこんなことはしない。心配も手間もかけさせて、すまなかった」

 その場で頭を地面につけた。生まれて初めて、頭をここまで下げた気がする。

「頭を上げて。わかればいいのよ」

 おれは恵の顔を見上げた。


「今回は助かったら良かったけど。もう自ら自分の身を危険に晒すようなことはやめて」

「もうしない。約束する」

「必ずよ」

「ああ」


 おれは改めて、自分の太ももを触った。痛みはないが、撃ち抜かれたところはなぜか暖かかった。そして、背中をさすったが、傷らしい跡もなかった。

「なあ、傷は治してくれたのか?」

「太ももはスカーレットが、背中は私が治したわ」

「どうやったんだ?」

「背中の方は大きくえぐれていたから、手持ちの応急キットでは間に合わなかった。それに普通の治癒魔法術では追いつかないから、体内の魔力を固形化させて患部にそれを固着させ、肉体の一部として戻したわ」

 恵は病院の先生みたいに、淡々と説明してくれた。


「……どういうことだ」

 おれにはよくわからなかった。戻るとはなんなんだ、傷が治ったわけではないのか。

「そうね……例えば陶器でできた器があったとしましょう」

「それがおれの身体ってことだな」

「ええ。その器がさっきの傷ついた晴翔の身体よ。それから、粘土で欠損した部分を修復させた。これを魔力で行ったのよ」

「魔力にそんな使い方があったのか」

「厳密には身体が治っているのではなく、魔力で肉体の欠けた部位を造って補ったのよ」

「すごいな……いや、でも魔力とか魔法術を使ってそんなことをした事例を聞いたことがないぞ」


「この方法は危険なの。他人の魔力を身体に入れるのは違う血液型を輸血するようなもので、拒否反応で肉体が耐えきれなくなってショック死する可能性が高い」

「じゃあ、なんでおれは生きているんだ」

「確か、晴翔は何か魔法術を取得していたわよね」

「ああ、ヒートアッパーだな」

「それって、確か火属性よね」

「ああ、火属性で一番最初に習得するやつって聞いたな」

「私が思うに、晴翔の身体は火属性が馴染んでいて、それでスカーレットが晴翔に与えた魔力も同じ火属性だから、相性が良かったと考えるわ」

「でも、恵の魔法術は土属性だろ。スカーレットの魔力は受け入れられたとしても、属性違いで、更に高ランクの高濃度の魔力でも平気だったのはなんでなんだ」

「詳しくは検査してみないとわからないけど、スカーレットの魔力を受け入れた晴翔の身体が拒否反応を起こしていないところを見ると……元々晴翔は魔力の許容範囲が非常に広かったと思う。だから、私の魔力もそのまま受け入れられたのかもしれないわ。あまり聞いたことはないけど」


「なあ、おれの祖先が神火っていう術を使っていたって、陽炎のじいさんは言ってたろ。おれにもその素質というか、遺伝というか、それが関係しているのかな」

「かもしれないわね」

「そうか」


 ふと、昨晩の魔法術を振るう恵の姿が脳裏に浮かんだ。

「なあ、恵。魔法術に関して教えてくれないか」

 おれは言葉を続けた。

「あんなすごい魔法術を使うのって、どんな感じなんだ」

「そうね」


 少し、目線をそらした。そしてもう一度おれの方に向けた。

「難しいけど、強いて言うなら冷静になることね」

「冷静に?」

「ええ。力を持つと言うことは、その力を無駄に使う可能性があるわ。そう言ったことを防ぐため、冷静でいるの」

「なるほど」

「落ち着けば、自分の力を使いこなせるし、相手の出方に対応できるわ」

「冷静ね……おれにもできるのかな」

「案外簡単にできるわよ。自分を信じてしっかり構えるとね。私はそうしているわ」

「ありがとう、いつかもっと格上の魔法術を勉強する時に参考してみるよ」

 あたりを見渡す。ふと、車がボロボロになっていることに気づく。

「車はどうなったんだ」

「あの連中にやられたのよ。保険に入っているけど、どう説明しようかしら」

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