Chapter4-3 岐路

「アメリカは桜花と同じと騒いだが、そもそも誰も黄昏を制御できない……なぜなら黄昏は、陽羽里の神火を応用して開発したものだったからだ」

「陽羽里が……本当なのか?」

「そうだ、陽羽里の術式は朝日のように光を、火を生み出す力だったが、それを破滅の為に応用したのだ。だから《黄昏》と言う名前なのだ」

 黄昏、そうだ現文の授業で習ったじゃないか。深く青い空と夕焼けの赤さが混じる瞬間のことだ。


「陽羽里は当時、すでに衰退しており術式の開発をしただけだった。時代に忘れられた名前を復興しようとな。しかし敗戦がそれを許さず、また再利用しようとしたアメリカですら放棄し、最終的には関連する資料なども全て処分された。こうして三度も陽羽里は歴史から消えたのだ」

「なるほどな。だから、合衆国はラグナロクって呼んだんだな」

「なんで、ラグナロクって言うんだ?」

「元々ラグナロクは北欧神話で終末の日って意味だ。ウィークエンドじゃないぞ、世界が終わる日な。どっかのタイミングで、ラグナロクは《神々の黄昏》として誤訳されたんだ。多分、戦後に黄昏の処理をしたやつが名付けたんだろう」


「そんな理由でラグナロクなのか? もっとこう、捻った名前だったりシークレットにされるんじゃないのか」

「合衆国はそう言うネーミングをするんだよ。……やっと合点がいった。大先輩たちが扱えなかったシロモノが悪用されないように、合衆国がオレにゴールキーパーとしての使命を与えたんだ。で、陽炎のじいさん、その黄昏はどこで開発されたんだ? 横須賀か? それともサイパン、グアム、テニアンか?」

「佐世保だ。今は在日米海軍基地の敷地内にある旧海軍の施設で開発された。陸軍の干渉を避けたかったんだろう、敷地の奥の山肌に隠れるようなところだった」


「その施設とか言うのはまだ保存されているのか?」

 質問を続けるスカーレット。

「ああ、一般公開はされないが赤レンガ造りの建物だ。元々、佐世保は地脈の影響で、強大な術式を組むのに適していたが、アメリカは地脈の影響が地上に出ないように結界を組んだ」

 地脈。本来魔法術は人体の代謝によって生み出されるが、自然からあふれ出した魔力が石油みたいに溜まっている地帯が地脈のはずだ。実際の天然資源と違って、転用が難しいのであまり重宝されていないと聞いたことがある。


「もし結界が破壊されれば……地脈の効果が地上に溢れて、黄昏が使える状況になる」

 おれは、ふと思い浮かべたことを口走った。

「その通りだ。だが、それではガスがあっても燃やすコンロがない」

 陽炎は沈黙した。


「なんだよ、陽炎のじいさん。もったいぶらないでくれよ」

「……戦後、アメリカの手によって黄昏は葬られた。だが、陽羽里家は術式を本として保存しておいたのだ。神火は文明開化と共に廃れ、いつの日か復興を果たす為にな。その本は戦後の混乱で消息を絶っていたが……」


 陽炎は、おれが傍に置いていた革装丁の本を、その真紅の瞳で一瞥した。

「晴翔、心して聞け。それが《黄昏》だ。三冊のうちの一冊でもう一冊は、籠原恵、お前さんが持っている青い本だ。言うなれば、今は陽羽里の復興に王手をかけた状態だ」

「……おれは、陽羽里の復興に興味はない、ただ、死んだ親父の真実が知りたいだけなんだ」

「知ってどうする」

「家族だから、知って当たり前だろ!」

 おれの声が、こだまする。思わず立ち上がってしまった。


「ワシは自殺と聞いている」

「……違うわ、室長は自殺なんかしない。私を救ってくれた人なの。私も、晴翔と同じよ!」

 点と線が、徐々につながっていく。この本は、《黄昏》で、凄まじい破壊力を持つと言う。今の話を聞く限り、これを持つのは復興を狙う陽羽里、親父か、なんらかの手段でこれを使える別人なのか。


 親父はこの本を完全に持ってはいなかった。ならば使えなかったのか。いや、親父はおれを護ろうとしてくれたはずだ。

 力を持つと言うことは、他の誰かに狙われるんじゃあないのか。詳しくは知らないが、そうやって戦争も、核開発も行われていたはずだ。


 もし、《黄昏》を使うのならば、もう陽羽里を必要としないこの日本は、この世界は、より強力な手段で対抗してくるんじゃないのか。

 おれが幼い頃に見た親父は、そんなことを望んじゃいなかったはずだ。母さんと、一緒に幸せな毎日を過ごしたかったはずだ。三人で朝食を囲む時、親父はいつも笑顔だった。


「そうだ、親父は自ら望んで死ぬ人間じゃあない」

 たそがれには、おれの成長を喜ぶ親父の言葉があった。大きくなるおれの姿を楽しみにしていると書いてあった。

 ならば、《黄昏》を狙った誰かが、親父を殺したんだ。


「なぜそれがわかる」

「おれは、おれは陽羽里不知火の息子、陽羽里晴翔だからだ!」

 思い出した。親父の背中は大きかった。

『晴翔、急ぐと転ぶよ』

『待っておとうさん!』

『父さんはどこにもいかないさ』

 おれを抱きしめる身体は大きくて、お日様みたいに暖かかった!


 陽炎は、目を見開いていた。

「ワシは、すっかり忘れておった……不知火も、お前さんみたいに頑固者だったことをな」

 少し、間が開いた。

「お前さんが生まれた日はとても綺麗な青空だった……飛び立て、晴翔! お前さんが信じる道を往け!」

「……はい!」

「全てが終わったら、また出雲においで。ワシはずっと待っておるから」

 その口調は、優しかった。


 道場を後にすると、スカーレットの携帯電話が呼び出し音を鳴らした。

「少し待ってろ」

 電柱に背中を預けて、通話する表情は、徐々に曇っていった。

「サセボ・ベースが、何者かによって制圧された」

 彼女は拳を強く握っていた。

「乗りかかった船だ。オレも行く」

 スカーレットと出会ったまだ数時間だが、今までにない真剣な表情だった。


「なあ恵、アテはあるのか?」

「……佐世保は少し遠いわね」

「どうして? 走っていけばすぐだろ」

「あなたはそうすればいいけど、晴翔はそうはいかないわ」

「じゃああんたらが来たみたいに電車を乗り継いで行くってのか」

「……それでも七時間くらいはかかる、何より関門海峡や博多で待ち伏せされるかもしれない。あそこで攻められたらおしまいよ」


「じゃあどうするんだよ、今すぐ行くべきだ。車でもなんでもいい」

「高速は検問が設置されているだろうし避けたい……空を行くわ」

「飛行機か? おれは苦手なんだ、電車にしないか」

「晴翔、悪いけど今はそんなこと言っている場合じゃないの」

「……わかった」

「ところで恵、オレの記憶が間違いでなければ佐世保に空港はなかったはずだ」

「そうね、一番近い長崎空港でも五十kmは離れているし、直行便は存在しないわ」


「だったらどう行くんだよ、オレ一人なら飛べないことはないが、そしたら尚更だ、晴翔はどうするんだよ」

「航空自衛隊の米子基地があるわ。そこは輸送機部隊だから最適だと思うけど」

 スカーレットの表情が青ざめていった。なんのことだか。おれは疑問が浮かぶばかりだ。

「まさか恵、お前、ハイジャックするつもりか!?」

「あそこにあるC‐2輸送機なら、速度航続距離共に申し分ないわ。それにハイジャックとは聞こえが悪いわ、少しお借りするだけよ」


「ハイジャック、ってどう言うことだよ」

「晴翔、私たち治安維持部隊なら作戦の名目で装備をお借りできるのよ」

「お借りって……それ徴用って言うんだぞ」

 呆れた表情するスカーレットの意味がわからない。


「使いたいから、使わせてくれって頼むんじゃないのか」

「違うぜ晴翔、そんな子供の貸し借りとは違うんだ。現場のローテーションとか人員とかの事情をすっ飛ばして、無理やり命令で使わせようとするんだ」

「今はこうするしか無いと思うわ」

「……恵、お前の言う通りだ。だが、現場のしわ寄せを忘れないでくれ」

「わかったわ」

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