Chapter2-3 出現
さっき見た光と同じ色をした髪は、背中を覆うほど長い。フリルがついた上着。袖口からは白いインナーが伸び、袖口にフリルがついた長手袋をしている。スカートは膝上で、タイツは腕と同じく白。靴はヒールっぽい。よく知らないが、こういう格好を魔法少女と言うのだと思った。
何より、強大な魔力を感じる。右手にはおれの背丈より大きい鎌を持ち、それからも魔力を感じる。
高ランクの魔法術を扱うものは、それに適した姿になり、魔法術の行使に相応しい自身で生み出した武具を扱う。これが、先生が言っていた己の心象を姿としてまとう、
彼女は、おれの方を少しだけ見て言った。
「……君は下がっていて」
おれがうなづくと。彼女は楯山たちに向かった。身の丈より大きい鎌を、まるで手足のように、振るう。この狭い路地でも、持ち手の位置を変えながら、無駄なく動く。あっという間に、おれを取り押さえていたスーツ姿の男女は蹴散らされ、横たわっていた。
「お前は、籠原二曹! 我々を裏切る気か!」
「私は、陽羽里室長の命に従うだけ」
大鎌の動きは楯山を後退させる。
「舐めるなあ!」
バン! バン! と破裂音が続く。拳銃なのか闇に火花が走る。直後、大鎌が砕けるガラスのように壊れた。
再度、射撃音が空気を揺らす。刹那、足元のアスファルトをぶち破って、道幅いっぱいの壁がそり立った。
壁が地中から飛び上がる勢いで、彼女は大きくジャンプした。月明かりが、その姿を照らす。そして手に光が集まり、それは鎌と成った。
そして、地面に向かって、流星の如く着地したと同時に、鎌を地面に突き刺した。すると、黄色い光が溢れ出し、凄まじい勢いでまっすぐ進んだ。
壁にぶち当たると、そのまま貫いたようで、光が放射状に空に消えていった。
風化して、崩れ落ちた壁の向こう側には、楯山が立っていた。
「あ、ぁああ……」
直後、楯山は倒れこんだ。
大鎌を持った彼女は、振り向いてこっちにゆっくり歩き出した。一瞬、黄色い光が姿を包み、街灯に照らされた姿は、長い黒髪で、さっきの姿と違う紺のスーツをまとっていた。靴はヒールではない革靴だった。
「あんた、何者なんだ。あいつらみたいにおれを殺すのか」
「いいえ。そんなことはしないわ」
声は、淡白な感じだった。少なくとも、人助けをするお人好しのような感じではない。
「私は、恵。籠原恵。室長から、陽羽里不知火から、あなたを護るように命令されたの」
彼女の眼は、生気を感じさせないような、光を感じさせない眼だった。
「命令? おい、親父はとっくのむかしに自殺しちまったよ! 何を今更おれを護れだ!」
「詳しくは後で説明する。君の住居を含めこの周辺は監視されているわ」
「監視ってなんだよ……お、おい!」
恵、そう名乗った彼女は、おれの手を掴んで歩き出した。
「ここから離れる」
女とは思えない手の力強さで左手首が握られる。
「痛い! わかった! 自分で歩くから、離せ!」
「わかった」
手を離されて、そのまま二人で駅に向かう。
急ぐ、そう言った恵は、立ち止まって、おれの顔を見た。
「どこに行く気だ」
「東京を出る」
「出るって、待ってくれ。金はないし、用意するから一度家に帰してくれ」
「それはできない。君の家は監視されている。それにすでに楯山は君の部屋に侵入していた。何か罠を設置しているかもしれない。金は私が出すから心配しなくていい」
「侵入って、なんでわかるんだよ」
「ずっと、君を見ていた。命令が来てから。……急いで」
おれは「後で話す」を信じて、黙ってついていくことにした。
武蔵境駅から中央線に乗り、今朝も降りた新宿を素通りし、終点の東京駅までやってきた。時間は二十一時過ぎ。
「十五分後に出てきて」
そう言われ、三階の中央線ホームからエスカレーターで一階下ったすぐ隣にある個室トイレにこもるように指示された。
用も足さないで、便座に座って十五分待つのは、案外きつい。スマホの充電が切れてしまい。単語帳しか持ち合わせがなかったので、必死に読みふけるしかなかった。
かろうじて、おれが中学に上がる頃、まだ母さんが生きていた頃だった。進学祝いに父から貰ったシチズンの腕時計が時間を教えてくれた。
「十五分、ちょうどね」
大きいビニール袋を二つ持っていた。何やら沢山買い込んでいるようだ。
「一度、改札を出て」
おれは言われるがまま、改札を出た。残高表示で百九十八円が引かれていた。
「これを使って」
差し出された緑色の切符を受け取り、そのまま改札内に戻った。
「着いてきて」
多くの人々が行き来する中、まっすぐと中央通路を進む。階段の手前で、制服姿の駅員が拡声器使って、アナウンスをしていた。
「えー、先ほど羽田空港で不審物が発見された為に空港への出入りが制限されているとの情報が入りました! 羽田空港へ行かれるお客様はご注意ください!」
繰り返しアナウンスする駅員や、大きいキャリーバックを持った客が他の駅員に尋ねる光景を横目に、9番線、と書いたエスカレーターを登った。
ホームに上がると、そこには見慣れない電車が停まっていた。いつも新宿に行く時に乗るやつは銀色のボディに、オレンジの帯が入った見た目だった。JRなら他の路線でも同じようなデザインの車両だった。
それは、ベージュをメインにして、上半分は朝日のように赤く、境界部分は金のラインが走っている。昇る太陽のようなロゴマークと《SUNRISE EXEPRES》と赤く文字が刻まれている。
「どこに行く」
「出雲。室長は言っていた、何かあったら出雲に行けと」
「出雲? 島根県のか」
天井から吊り下げられている電光掲示板に目をやると、《寝台特急サンライズ出雲 22:00 出雲市 14両》と表示してあった。
「そう。息子の君なら何か知らない?」
おれは生まれも育ちも東京で、親父も母さんも同じはずだ。鰻は背開きだったし、そばのつゆは濃いめが当たり前だった。
「知らない」
東京以外に、何も縁もゆかりもないはずだ。だが、彼女の知っている親父は、おれの知らない親父だ。出雲に何がある。何か、わかるのだろか。
それに、彼女が言うことが本当なら、きっとバイトの足がついてるし、家にいることも、今更頑なに行かなかった学校に行ったところで、また楯山や、その仲間が追ってくるのは間違いないかもしれない。
何より、恵と名乗った彼女の眼は光こそないが、嘘をついているように思えない。楯山も、影森も腹に何か抱えてそうな雰囲気だったが、それがない。
「連れて行ってくれ……なんでもいい、親父のこと、教えてくれ」
おれは恵の後を追い、車内に入った。落ち着いた、暖かい暖色系の照明で照らされている。電車の中というよりは、ホテルのような内装だ。
通路を少し進むと、階段が上下に伸びていて、ドアがある。どうやら二階建てのようだ。おれはそのまま恵について下り、ドアを開いた中に入った。
中はホテルのような個室だ。両サイドにはベッドが並ぶ。上には浴衣と枕、それに歯ブラシやタオルが入っているであろうアメニティセット。そしてシーツと掛け布団が畳んである。
ベッドの上には大きい窓が一枚、反対側の通勤客を乗せたであろう普通の電車の車輪が見える。
鉄道を全く知らないおれでも、なんとなく知っている。寝台特急というやつだ。アガサ・クリスティーの小説で読んだことがある、オリエント急行みたいに派手な内装かと思ったが、普通の部屋に近い感じだ。
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