Chapter2-2 襲撃
ページをめくるとそこには幼い子供の写真があった。生まれて間もない姿だった。そして腕には《陽羽里晴翔》と書かれたブレスレットのようなものがあった。
それから先は、この子供が徐々に成長していく姿の写真が並んでいた。めくるごとにどんどん大きくなっていく。
『はるとくん、ついに一人で立てた!』
赤いマジックで余白に書き込まれた文字。
『今日からようちえん。おともだちがいっぱいできるといいね!』
幼稚園の正門で、紺の制服に身を包んだ少年はぎこちない表情をしている。横にいる父と母は笑顔で、息子の成長を嬉しく思っているような感じだ。
そして、夢で見る公園の光景もあった。広い芝生で走り回る少年と、追いかける父。頬にケチャップをつけて、おにぎり片手に笑う少年。
次のページをめくると、少年は胸元には名札をつけて、ランドセルを背負っている。
あの時の光景が、フラッシュバックする。あの時の空気とか、日が射している感じ、母さんが見送って、おれが小学校に行き、スーツ姿の親父が市ヶ谷に向かうんだ。
何もかもが、そこにはあったあの日のことだ。
少しすると、写真が徐々に減っていた。特に母さんの姿が減り、最後にあったのは病院のベットで横になっている姿だった。そうして、写真はなくなっていた。
次のページにはメモと書かれていた。そして所々濡れて乾いたようにシワができていた。雨か、いや違う。離れて二つの位置にできている。
ページを進めると、文字がびっしり書き込まれていた。
『春香が亡くなった。私は一人で晴翔を育てあげることができるのだろうか』
それは父親の苦悩だった。
『市ヶ谷は私を必要としている』
詳細は書いていない。だが、親父がこの国の裏側に関わってしまったことを想像するのは容易い。
『私は多くを背負わされた。一人の人間の裁量を超えている。このままでは、晴翔を危険に晒してしまう。それでは春香に、晴翔に申し訳ない』
『許してくれ、晴翔。私は父親として何もしてやれなかった』
あの日と同じだ。親父と暮らしていたマンションの一室。中学の卒業式が迫った時のことだった。
——晴翔、四月から一人暮らしをしてくれ——
何を言ってるんだよ親父。
——二人で暮らせなくなったんだ——
——許してくれ、晴翔。私は父親として何もしてやれなかった——
親父は、ただ突き放したというわけではないのか。おれを護る為に。だが、何からなんだ。日本の敵?
謎がまた増えた。だがヒントは何もない。
次のページは手書きの文字が続く。
『晴翔が学校で学内上位の成績と聞いた。きっと晴翔ならうまくやれるだろう。飛び立て、晴翔!』
ふと、目頭が熱くなった。親父は、おれを捨てたわけではない。何かから護ろうとして、敢えて距離をとったのか。
なら、なんでそうだと一言も言ってくれなかったんだ。
親父はおれのことをしっかりと思ってくれていたんだ。
カーペットが濡れる。
一つわかって、一つ謎が深まった。
あれから三日、バイトで再び防衛省を訪れたが、以前のような地下の階層ではなく、普通に人の出入りが多い地上階だった。特に目新しい発見はなく、そのまま夕方になり、新宿で解散した。
いつもと同じ、武蔵境駅。手帳と革装丁の本は手放したくないので、できる限り持ち歩いた。着替えとペットボトルを入れたリュックの底の方に。
路地に入ると、まるで迷路のようだ。等間隔で設置してあるはずの街灯がいつもより遠く感じる。気のせいか、今日は暗い。かろうじて、夜空に上がる満月の光がかすかに照らしてくれている。しかし住宅のブロック塀が、進むにつれてそれを阻む。
電柱の影から、人が現れた。街灯に照らされたその姿は見覚えがあった。楯山と名乗り、接触してきた男だ。
おれは立ち止まった。感じる。前に会った時とは違う。明確な敵意を向けている。眼は鋭く、獲物を狙う猛禽類のようだ。
「陽羽里、晴翔……私は既に警告しましたよ。詮索するなと」
おれは後ずさろうとした、ここなら後ろの路地から通りに逃げて駅に逃げれば電車に飛び乗ってしまえばなんとかなるか……。
「あなたが防衛省に潜り込み、陽羽里前室長の私物を持ち出したのは、わかっています」
足が動くには早かった。すぐに背を向けて走った。
角を曲がろうと瞬間、目の前に二人、同じようなスーツ姿の人物が現れた。
無理やり突破しようとしたが、おれが次に見たのは夜空だった。背中を地面に叩きつけられ、重い痛みが走る。
「逃げても無駄です。あなたが、所持しているのはわかっていますから」
両手両足はさっきの二人に拘束され、抵抗しようにもすごい力で押さえつけられている。
「関東清掃という会社にバイトとして潜り込むとは、子供にしては良い発想です。スジはいい」
「……おれは仕事でゴミ処理を任せられただけだ」
「指定された廃棄場に出していないですよ」
「廃棄ミスさ。自分で処理しようと思ってな」
楯山は、大きいため息をついた。
「減らず口を!」
彼の右足は、フォワードがゴールを決めるように大きく振り上げた。
ここまでなのか。チクショウ、何もできないのか。
その瞬間、黄色い、トパーズみたいな色をした光が見えた。
「お前は!」
楯山が驚く声が聞こえた後、彼の気配が消えた。そして、おれを拘束していた二人も離れた。
何事だ。おれはすぐに立ち上がると、一人、横にいた。
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