初恋の唱
@nagisa-2
恋の行方は⁉
私はなぎさ。某中学校の1年生。今日はお姉ちゃんと、近所のスーパーに買い物に来たんだ。
「ねえ、お姉ちゃん」
カートを押すお姉ちゃんに声をかける。
「なあに?」
「お姉ちゃんって、彼氏いるの?」
そう言うと、お姉ちゃんがむせた。
「い、いきなり何を言うかと思ったら……いないよ」
「そうなんだ。じゃあさ、好きな人は? 気になる人くらいはいるでしょ?」
「うーん……いないかなぁ」
お姉ちゃんが苦笑いする。
「えぇ~つまんない! クラスの男子とかどう? カッコいい子いっぱいいるじゃん!」
私がそう言うとお姉ちゃんの顔が赤くなった。これは脈ありだ。
「もしかして好きな人いるんでしょ!?」「そっ、そんなことないよぉ……」
目を逸らすお姉ちゃんを見て確信した。この話題ならいけると。
「教えてくれないなら、今度クラスの男子に聞いてみようっと」
「それはダメェ!!」
お姉ちゃんがそう言った。
「わかった! 言うから言わないで!」
勝った!! 私の勝ちだ!!!
「誰々!? どんな人!?」
私は食い気味に聞いた。
「同じクラスじゃないんだけどね、その人のことを考えると胸がドキドキして……」
ほうほう。お姉ちゃんの片思いなのか。私と同じ恋をしているのか。
「顔はちょっと怖くて、でも笑うと優しい笑顔になって……」
ふむふむ。
「それにすごく強いんだよ! この間不良グループを一網打尽にしたんだって!かっこよかったなぁ……」…………ん?
「お姉ちゃん」
「なあに?」
「それ多分、違う人だと思う」
「え?」
「だってその人、お姉ちゃんより年上だよ?」
「えぇ!?」
驚いた表情のお姉ちゃん。
「たしかに、高校生くらいに見えるけど……」
お姉ちゃんはまだ納得していない様子だった。まあ仕方ないか。まだ会ったこともないし、見た目だけで判断できないもんね。
「あっ、お姉ちゃん! これ買おうよ!」
「えっ、どれ?」
私は野菜売り場の一角にあるものを指差す。そこには『新鮮野菜!』と書かれたポップがあった。
「ピーマンだ!」
「うん! 今日はピーマンの肉詰めを作ろうと思うんだ〜」
「いいね!」私もそれ好きなんだ~、と嬉しそうなお姉ちゃん。
私たち2人はレジへと向かって行った。
**
***
今日の晩ご飯は予定通りピーマンの肉詰めになった。
そして今は洗い物をしているところである。
「よし、これで終わりかな」
最後の皿を持とうとすると・・・あれ?なんか重いぞ?…………..まさか!!
「やっちゃった……」
私は手に持っていたものを見る。予想通りそれは割れてしまったマグカップだった。
割ってしまったものはしょうがない。とりあえず破片だけ拾わないと……と思い、しゃがみ込んだ時。「おい」
後ろから声をかけられた。
振り向くとお兄さんがいた。…………誰だろう? どこかで見たような気がするけれど思い出せない。
「お前、何やってるんだ?」
お兄さんの質問に答えるため、私は立ち上がった。
「あの……お皿を落としちゃいまして……」
正直に話すことにした。怒られるかもしれないと思ったけれど、お兄さんは何も言わず私の手を取った。
「ケガはないようだな」
お兄さんの手が離れていく。
「はい……。大丈夫です」
そう言って私は自分の手をじっと見つめた。なんだか不思議な気分だった。こんなふうに男の人と触れ合ったのは初めてだからだろうか?……それとも、この人がお姉ちゃんの恋人候補だから?
「ありがとうございます」
お礼を言うとお兄さんは黙ってその場を去っていった。……やっぱりこの人は知らない人だ。
でも不思議と嫌な感じはなかった。むしろ少し心地良いくらいだ。
さっきまでとは違う心臓の高鳴りを感じながら、私はお姉ちゃんがいるリビングへと向かった。
お姉ちゃんには言わなかったけど、実はさっき、お兄さんのことをちょっと調べてみたのだ。スマホを使ってネットで検索した。
するとどうやら彼はこの辺では有名な人だったらしい。
名前は『黒羽』。年齢は27歳。職業は警察官で階級は巡査部長。性格はとても真面目で正義感が強いそうだ。そしてその仕事ぶりが評価されて、先日警部補に昇進したという記事もあった。
どうりで見覚えがあるはずだ。なんせ私が住んでいるマンションは、彼が管理人をしているからだ。……そういえば、お姉ちゃんも彼のことを知っていたっけ。
それにしても……あんなに怖い顔をしているのにモテるなんて意外だ。……そう言えば、前にお姉ちゃんが言っていたっけ。「彼って笑うとすごく素敵なんだよ」って。その時は「ふーん」くらいにしか思わなかったけど、今なら分かる。きっと笑顔になると、とても優しい顔になるんだろう。
そう思うと、私は胸が苦しくなった。……どうしてかな。
「ねえ、お姉ちゃん」
ソファーに座っているお姉ちゃんに声をかけると、彼女は「どうしたの?」と言ってこちらを向いた。
「お姉ちゃん、お兄さんのことが好きなんでしょ?」
「へぇ!?」
お姉ちゃんが変な声を出した。
「ど、どうしてそんなこと聞くの!?」……やっぱり。図星みたいだ。
「だってさぁ……」
私はお姉ちゃんの耳元で囁くように言った。
「お姉ちゃんが言ってたこと、当たってたから」
「えぇ!?」
今度は大きな声で驚くお姉ちゃん。
「そ、そんなに分かりやすかった?」
「うん。でも他の人にはバレてないと思うよ」
私は笑みを浮かべる。
「良かった〜……」
ホッとした表情のお姉ちゃんを見て、私もつられて微笑む。
「じゃあ、これから頑張らないとね」
「え?」
「だってお姉ちゃんは、お兄さんと恋人になりたいんだよね?」
「うぅ……」
恥ずかしそうにするお姉ちゃん。
「応援してあげるよ! お姉ちゃんのこと!」
私は元気よく言う。
「ありがとう!」
満面の笑みの彼女。
「それで、まずは何をしたらいいんだろう? 告白とか?」
「ううん。それはもっと後でいいと思う」
「そうなんだ」
「それより、私に考えがあるんだけど……」
***今日は朝から雨だった。
「ただいま〜」
玄関からお姉ちゃんの声が聞こえてきた。どうやら帰ってきたようだ。
「おかえりなさい!……あれ? お姉ちゃん傘持って行ったんじゃなかったっけ?」
「それがね、途中で忘れたことに気づいたんだ。慌てて取りに戻ったんだ」
「あちゃー……それは災難だったねぇ」
私たちは笑い合う。するとリビングからお兄さんが出てきた。
「お帰り」
「あっ、ただいまです」
「お邪魔しています」2人とも挨拶をする。
「ああ。……ん?」
お兄さんの視線が私の方へと向く。……しまった。つい見つめてしまっていた。
「あ、あの……」
「なんだ?」
お兄さんは首を傾げる。その様子に私はドキッとする。
「な、なんでもありません!!」
「そうか」
「はい!! それでは失礼します!!!」
私は脱兎のごとく逃げ出した。
「おい、待ってくれ」
後ろで声が聞こえるけれど気にしない。……はぁ。やっぱりまだ無理だな……。
「ねえ、お姉ちゃん」
次の日。私はお姉ちゃんに話しかけた。
「どうしたの? 真菜」
「あのさ、お姉ちゃんはどうやってお兄さんと仲良くなったの?」
「へ?」
突然聞かれて戸惑っているようなお姉ちゃん。
「急にどうしたの?」
「だって、お姉ちゃんってずっと前からお兄さんと知り合いだったわけじゃないでしょ?」
私は昨日のことを思い出す。お姉ちゃんはいつの間にか彼と仲良しになっていた。きっと何かきっかけがあったはずだ。
「そうだなぁ……」
顎に手を当てて考える素振りを見せるお姉ちゃん。
「私が彼に恋をしたのは、去年のことだったかな」
「えぇ!? そんなに前なんだ!?」お姉ちゃんは小さく笑って話を続けた。
「実はね……初めて会った時、彼はすごく怖い顔をしていたの。まるで鬼みたいな感じで」
「そうなの?」
「うん。だから最初は怖くて近づけなかったんだ。でもある日、彼が落とし物を拾ったことがきっかけで話すようになってね」……なんかどこかで聞いたことのあるような展開だ。
「それから少しずつ話をするようになっていったんだけど、ある日を境に彼の印象が変わったんだ」
「変わったって?」
「笑顔を見せてくれるようになったんだよ」
「……ふーん」
「あと、たまにだけど敬語を使わずに普通に喋ってくれるようになったの」……お姉ちゃんの話を聞いていて思ったことがある。お姉ちゃんが彼を好きになった理由が、なんとなく分かった気がした。
「じゃあ、次は真菜の番だね」
「え?」
「だって真菜も、彼と話したいんでしょ?」
「う、うん」
「なら頑張らないと!」
お姉ちゃんが私を励ましてくれた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「いえいえ。頑張ってね、応援してるよ」
「うん! でも何から始めればいいのかな?」
「それは自分で考えてみるしかないんじゃないかな」
「そっか……」
私は腕を組んで考える。
「とりあえず、お兄さんに会ってみないと始まらないよね」「そうだね」
「よし! 早速明日お兄さんの家に行こう!」
「あ、明日から行くんだ……」…………
***
翌日。私はお兄さんの家の前に立っていた。
「大丈夫? 真菜」
隣には心配そうに見つめるお姉ちゃんの姿がある。
「う、うん! 平気だよ!」と、強がってみたけど本当は心臓バクバクだったりする。でもここで引く訳にはいかない。私は意を決してインターホンを押した。
『はい』
中からお兄さんの声が聞こえてくる。
「えっと、私です。佐倉真菜と言います」緊張しながら私は言った。
『ああ。今開けるよ』ガチャリという音が聞こえた後、ドアが開いた。
「やぁ」お兄さんが出てくる。……今日は眼鏡をかけていない。
「こ、こんにちわ……」挨拶をする。
「上がれ」
「あ、はい」お兄さんの後に続くようにして家の中に入る。……ここがお兄さんのお家なんだ。
「適当に座ってくれ」ソファーに腰掛けるお兄さん。
「は、はい」私は言われた通りに座ることにした。……沈黙が流れる。どうしよう? 話題なんて全然思いつかない。
「あの……」先に口を開いたのはお兄さんの方だった。
「な、なに?」思わずビクッとなる。
「どうして俺に会いに来たんだ?」
「へっ!?……あ、その……」いきなり聞かれて動揺してしまう。
「まぁいいか。それで?」
「え、えっと……お兄さんのことを知りたくて来ました」正直に言う。
「そうか」お兄さんは特に表情を変えない。……あれ? 怒られると思ったのに……。
「お前、名前は?」
「へ?……あ、はい。佐倉真菜といいます」
「俺は高坂京介だ」自己紹介をするお兄さん。……名前を聞くことができた! やった!!
「あの、お兄さん」勇気を出して話しかけてみる。
「なんだ?」相変わらず無愛想な感じだったけれど返事してくれたことが嬉しかった。
「えと、お兄さんって……」私は自分の気持ちを伝えることにした。
「なんだよ?」
「お、お姉ちゃんのこと、どう思っていますか?」
「はぁ?」
私の質問を聞いた途端、お兄さんは眉間にシワを寄せた。……やっぱり聞かない方が良かったかも……。「……なんでそんなこと聞く?」
「え?」
「答えろよ」……なんか怒ってる? 怖い。
「えと、……お姉ちゃんのこと好きなのかなって……」
「……ふぅん」するとお兄さんは急に立ち上がった。
「ちょっと待ってろ」それだけ言ってリビングから出て行ってしまう。……一体なんだっていうの?……しばらくして戻ってきたお兄さんの手には一冊のアルバムがあった。
「ほら、これ見てみろ」私に差し出すお兄さん。恐る恐る受け取ってアルバムを開くとそこには一枚の写真が入っていた。
「これは?」写真を見てみると、お姉ちゃんを中心に数人の男女が写っている。
「これが俺たち家族だ」
「え?」
「そしてこの真ん中にいるのが、今の俺の母親に当たる人だ」
「お母様?」
「ああ」
「じゃあお姉ちゃんは?」
「美夏の妹」
「お父様は?」
「知らない」
「えぇ!?」どういうこと?
「お父さんはいないのですか?」
「いない。死んだから」「そ、そうなんですね……」……知らなかった。お兄さんにこんな過去があるなんて。……でも、それなら尚更知りたい。もっとお兄さんのことを理解してみたい。私は再びお兄さんに聞いてみた。
「あの、お兄さん」「今度はなんだ?」
「お兄さんって、お姉ちゃんのことどう思っているんですか?」
「……」お兄さんは黙り込んでしまった。……どうしたんだろう?
「……好きじゃねぇよ」しばらくした後、ボソリとお兄さんが呟いた。
「え?」
「だから、嫌いだって言ったんだ」
「そ、そうなんだ……」……お姉ちゃん。もしかしたらあなたが恋していた人は、とんでもなく不器用な人だったかもしれない。
「でも安心しろ。あいつは俺が幸せにしてやるから」
お兄さんは私を見つめながらそう言った。
「え、えっと、それはどういう意味でしょうか?」
「言葉通りの意味だ」
「……分かりました!」私は笑顔で言う。
「ああ。分かったら帰れ」
「はい! ありがとうございました!!」私は勢いよく立ち上がる。
「気をつけて帰れよ」
「はい! さようなら!!」元気良く挨拶をして私は家を出た。……よし! これで一歩前進かな。
「ただいまー」玄関の扉を開けて家に上がる。
「おかえりなさい真菜」お姉ちゃんが出迎えてくれた。
「お姉ちゃん……」私はギュッと抱きつく。
「ど、どうしたの?」
「ううん。なんでもない」私は首を横に振った。
「あ、そうだ。お土産買ってきたよ」私はカバンの中からケーキの入った箱を取り出す。
「あら、美味しそうじゃない」
「お姉ちゃんと一緒に食べようと思って」
「そう。じゃあ紅茶の準備をするわね」そう言ってキッチンに向かうお姉ちゃん。……こうして見ると本当に普通の姉妹に見えるよね。
「真菜、先に部屋に行ってて」
「うん」私は自分の部屋に荷物を置いて着替えることにした。
制服を脱いで普段着に着替えた後、お姉ちゃんの手伝いをしに台所へ向かう。するとお湯が沸くまでの間、お姉ちゃんが話しかけてきた。
「ねえ真菜」
「なあに?」食器棚にあるティーカップを取り出してテーブルの上に置く。
「最近学校楽しい?」……突然何を言い出すかと思えばそんなことか。
「うん、まあまあかな」
「そっか。何か困っていることとかはない?」
「ないよ。大丈夫」
「本当?」
「ほんとうだよ」私が答えるとお姉ちゃんは少しだけ考え込んだ後、「そっか」と小さくつぶやいて微笑んだ。
「はい、できたわよ」お姉ちゃんは二つのカップにお茶を入れて持ってきた。
「ありがと」私たちは椅子に座って向かい合う。
「いただきます」二人揃って手を合わせる。
まずは一口。……うん、おいしい。
「どう?」私の様子を伺いながら聞いてくるお姉ちゃん。
「おいひぃよ」私は答えた。
「よかった」ホッとした表情になるお姉ちゃん。……ふぅん。お姉ちゃんってこういう顔するんだ。いつもよりちょっと幼くてかわいいかも……。
「どうしたの?」私の視線に気付いたのか、不思議そうに見返してくるお姉ちゃん。
「ううん、なんでもない」私は慌てて目をそらす。……いけないいけない。つい見惚れちゃった。
「そろそろお風呂に入っちゃおうかしら」時計を見ながら言うお姉ちゃん。
「じゃあお姉ちゃんがお皿洗っとくね」
「いいの?」
「うん」私は笑顔で応える。
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