僕の妄想メルヘンデート

江戸川台ルーペ

OSHI−KATSU

 あんまり何にでも【活】を付けない方が良いと思う。

「就活」という言葉も苦手だし、「妊活」という言葉も同じくモヤモヤする。よく思い出してみると、小中高と部活も嫌いだったし、「カツ」が付くもので好きなものはトンカツくらいかも知れない。よし、お後がよろしいようで。ここまで約130文字。ツイッターか!


 僕はwebで小説を公開している、どちらかと言えばアレな方面なおじさんだけど、小説を書いてから生活が一変する出来事があった。声優が好きになったのである。いや、違うな。正確に記すと、素敵だな、と思った人が偶然たまたま声優であったのだ。何が何だか分からないとは思うけど、ああそうなんだ、つって納得して欲しい。ブラバしないでくださいお願いします許してください。


 好きになった過程や、それが一体誰なのか、と言うことはもう、先生口が酸っぱくなるくらい言ってきたので割愛しますが(先生だったのか)、いずれはこういう機会を持たなければならないと思っていた。すなわち、妄想デートである。推しとの妄想デート。これは立派な、由緒正しい推し活と言えよう。そして、その妄想デートを書き連ねる事で、うっかり読んでしまった人が「推し活、いいな」「僕・私も誰かを推したい」となったら勝ちである。勝算は低いが、負けたところで腕や一本失うでもない。今まで必死で守ってきたの社会的な信用は失うかも知れない。でもまあ、それくらい、推し活を語るには安すぎるくらいのBETでございます。


 ──まず、年齢を設定しよう。

 とりあえず僕は30歳になる事にする。独身である。推しは現時点と同じくらいで良い。僕より年下だ。設定上僕の貯金は2億とする。雑だが、一応税引後の2億である。前澤の財布を拾った、とかで良い。強い。拾った財布に2億円とか入らねーし、っつーか拾得物で税引きって意味わかんねーし、という人は、現実という重力に魂を引っ張られているので、チョキっとその重力を鋏で切りましょう。自由にセカイを浮遊するのです。我々にはそれが可能です(突然翻訳調)


 彼女は声優のまま忙しい毎日を送っており、何かしらの理由で出会った僕たちは、何らかの星の巡りで意気投合し、付き合うか付き合わないかの瀬戸際にある。僕はアニメやゲームに興味はないが、彼女が声優としてそうした仕事に誇りを持って取り組んでいる様子がとても素敵だと思っている事とする。前述の、を掘り下げたい人は、今すぐカクヨムに登録して小説を書けば良い。運が良ければamazonギフト券とかもらえるかも知れない。


 仕事終わりに恐らく我々は待ち合わせをするだろう。

 六本木である。六本木ヒルズにある小洒落た感じのフレンチが彼女が大好き過ぎて、一人で行くというものだから僕も一緒に行かせて欲しいと頼んだのだ。彼女は少し考えて、「良いけど、私が食べる邪魔はしないでよ?」とLINEが来たのだろう。推しは、彼女は親しい人としかLINEをしないのだ。僕は妄想上で、そのありがたい一角に名前を連ねている。「絶対に邪魔はしない。誓う」と僕は文章を打鍵して、すかさず彼女が歌う「誓い」という曲を口ずさむかも知れない。しかし通話ではないから聞こえない。「今、誓い歌ってるよ」と僕は小賢しくアピールするが、既読が付かない。きっと、もう眠ってしまったのだ。推しの夜はとにかく早い。


 六本木の夜は不思議と早く更ける。夕方から夜に移り変わる時間が千葉県や埼玉県に比べると短いのだ。なんか人通りも多い。僕は背広を着て……せびろって今でも言うか?……待ち合わせ時間ギリギリに改札を出る。冬の六本木の地下改札はいつでもクリスマスのように騒がしく、明るい。大勢の人が通路沿いにそぞろ立ち、手持ち無沙汰にスマホなどを弄っている。推しは目立たないように黒いマスクをしているが、その溢れんばかりの美貌はドラゴンボールの集中線を一人で背負っているみたいに人々の注目を集めてしまう。ロングヘアと、セットアップ買いしているというジャケットに見事な黒いコートを羽織り、耳には有名ネズミーランドで売っているあの世界で一番有名なねずみの顔の形をした白い耳あてを付けている。


「お待たせ」


 と僕は言う。


「もう、遅い」


 とプッとまんまるい頬っぺたを膨らませてツンと推しは拗ねる。もちろん本心は怒っていない、という設定だ。僕がツンツンしてる推しが好きだから、わざと拗ねた真似をしているのだ。ごめんごめん、などと謝りながら、15番出口とか、23番出口とか、多すぎるだろ出口、という六本木駅の出口から目的地へと向かう。隣で歩きながら、推しは既に愚痴を言い始めている。それは、「っつーかさー、どんだけ人いんのよ六本木」、から始まり、「昨日食べたラーメン屋でゴキブリがでた」でクライマックスを迎える。僕はその話をうんうん、と聴きながら、視界のちょっと右下で上下するネズミの形をした耳あてがとても似合っていると思うだろう。そしてそう彼女に伝えたいが、彼女はそんな事よりもこの世における「あたし」を不快にさせる物事についての愚痴を排出するのに忙しく、差し込む間が掴めない。


「ところでこれから行くフレンチだけど」


 と僕は彼女の標的が「水星の次が金星とか納得いかない、土星にしろ。今すぐ地球を土星に改名しろ」と宇宙レベルに到達した所で話題を変える。


「フレンチ?」


 と推しが目をパチクリさせながら僕の顔を見る。


「フレンチ」


 と僕は言う。推しは人差し指をマスクの口元に持って行って上目遣いで首を傾げる。物凄く可愛い。分かってやっているのだ。それが可愛い事を。そしてそれは事実なので仕方がないのだ。


「可愛い〜」


 と僕は思わず裏声で言ってしまうかも知れない。


「てへ!」


 って推しは固く目をつぶって言うかも知れない。そういうのが最高なのですよ。DVD欲しいよな、マジで。今2200文字なんですけど、もうダメかも知れない。俺死ぬかも知れん。死因、自死。みっともないのと恥ずかしいのと最高のミックスで自死、に限りなく近い他殺。


 それでさ、あ、それでさって言っちゃったけど、ようやく入店ですよ、フレンチに。高級なお店です。もちろん間接照明です。上品なテーブル掛けの上にはフォークとナイフ、あとキャンドルですよ。小さいやつ。よく見たら豆電球のやつ。推しは通い慣れてるもんだから、コートやジャケットとかお店の人に自然と預けちゃって。椅子に座って、マスクを取って「ふう」とか息をついてるんですよね。ロイヤルブルーのワンピースですわ。あんらぁ〜、ふつくし〜、と僕は思うでしょうね。思うに決まってるんですよ。思わず言っちゃうかも知れない。


「ふつくし〜」


 つって。また裏声で。


「ちょっとそういうのやめてくれる?」


 って推しは眉を顰めるんですよ。馴染みのお店で、知ってる店員さんだから。でも、やめる訳がないんですよね。ふつくし〜つって。何度も言っちゃう訳です。頭が悪いから。偏差値2ですよ、実際。しか言えないですから、推しを目の前にしたら。何度も言ってたら推しもだんだんニヤニヤしてきちゃって。本当は褒められるの大好きだから。綺麗って言ってもらえるの、本当は嬉しくないこともなくもなくなくないから。ニヤニヤしちゃって、「もう!」っつって。前菜のエスカルゴとか頬張っちゃって。可愛いよね〜、そういうDVDホント欲しい。


 という、推しとデート六本木純情派編でしたけれども。


 本当は、食事をしながらする会話だとか、その後夜景を見るだとか、そういうのも書いてみたいとは思ったんですけど、これはもう現役のリアリー声優さんであるし、万が一、金田一本人に読まれる可能性もある訳で、そうすると気分が悪くなると思うのでやめておく。というよりも、僕自身がまったくデートというお特別なスペッシャルイベントの立ち振る舞いを忘れてしまっていて、推しを楽しませる方法というのが想像つかないのだ。これは完璧にイマジネーションの敗北である。何を隠そう、僕が一番、現実という名の重力に引っ張られていたのだ。断ち切る鋏など、どこにもない。iPadをへし折って断筆宣言しちゃう寸前である。自称アマチュアweb系小説家として、致命的などん詰まに僕は立っている。


 推し活は自由だ。こうしたしょうもない文章を書こうが、絶望して断筆しようが(しないが)、推しが嫌がる事をしない、という原則さえ守れば、ずっと写真集やCDを買ったり、コンサートへ行ってサイリウムを振るのもまた一興である。何かをしなければいけない、という縛りもないし、ほんのりとした「推し、いいなぁ……」を毎日胸に秘めて生活を送るだけで、それはもう推し活と言えるんじゃないか、と思う。推しがいるだけで、ほんの少しだけ見える風景が違ってくる。寒くて暗い一人の夜に、一本のろうそくが灯っている。それが充分幸せな事なのだ。


 そうした幸せな季節は、平凡な日々を過ごしていくうちに移ろっていく。推し活はやがて日常となり、推しは変わり、僕も変わっていって、いつか引っ越しの時に埋もれていたグッズや、チケットを懐かしく眺める時がくるのかも知れない。おそらく経験上、それは必ずやってくる。推し、元気かな、と思いながら少しだけ長い手紙を書きたい気持ちになるだろう。その時、僕は彼女に何を伝えたいと思うのだろう。できる事なら、そこに幸福な軌跡が満ち溢れていると良いのだけど。



おわり。

 



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