人生も二度目なら

@masaishi

第1話

「ここはどこだ?」

  彼は周囲を見渡した。

 彼にとっては、見たことも聞いたこともない空間だった。

  いや、彼だけではない。地球上のほとんどの人間が目にすることはない光景だ。

温度も匂いも果てもない。真っ暗なのか、ただ何も無いだけなのか、それすらもわからない。

  幻想的に捉える者もいれば、恐怖を抱く者もいるだろう。      

  彼はしばらく首を左右に動かしていたが、ふと何かに気付いたように振り返った。

「誰だ?誰かそこにいるのか?」


         *


  そいつは突然現れた。いや、最初からそこにいたのかもしれない。

『そいつ』は、まるでこの不思議な空間の一部のようだつた。

  大きいのか小さいのか、遠くにいるのか近くにいるのかも分からない。さながら、逆行の光の中にぼんやりと浮かぶ影のようだ。

「鈴木雅尚、高校教師。三五歳か――若い方だな」

『そいつ』は、のんびりとした調子で声を発した。

  高いのか低いのか、男性か女性かも分からないが、その声は耳に心地よく、確実に聞き取ることができた。

『そいつ』は、自分の手元に持った何かを眺めているように見える。

  彼、鈴木雅尚は瞬時に反応した。

「誰だ?何を見ている?どうして俺の名を――」

『そいつ』は雅尚の言葉を遮るように、というより、寧ろ全く意に介さぬ調子で言った。

「お前は今、死にかけている」


         *


「――何だって?」

  雅尚が反応を示すのに、しばらく時間を要した。が、すぐに笑顔を作って言った。

「――ははん、これは夢だな?道理でおかしな空間だと思ってたんだ」

  雅尚はまるでテレビドラマの探偵のように、人差し指に顎をのせた。

「我ながら独特な世界観だな……。しかし夢なら合点がいく。で、結局お前は何なんだ?」

  雅尚の質問に『そいつ』は少し間を置いてから、先程よりも早い調子で言葉を発した。

「覚えてねえのか――いや、いいんだ。たまにあるんだよ。頭にダメージを負った奴はな」

  雅尚が不愉快そうな顔をしたが『そいつ』はまるで気にしていない様子だ。

「朝起きてから何があったか、よく考えてみな。思い出すまでお前の疑問に答えてやろう。まず、ここがどこかという質問だが――」

  雅尚は『そいつ』を注視しながらも、考え込んだ。

「ここに来る奴には必ず聞かれるんだが――俺にもまるで分からねえ」

『そいつ』は首を振ったように見えた。

「というより興味がねえんだ。興味がねえから考えねえ。考えねえから分から――」

「ここに来る奴?さっきから俺の他にもここに人がいるようなことを言うな?とにかくお前は一体――」

「そこだ」

  互いに相手の言葉を遮った後『そいつ』は芝居がかった調子で雅尚を指差した。いや、指差したように見えた。

「俺が誰かという質問だが、これも同じ答えだ。お前達の世界でいう名前なんてもんが俺にはねえし、俺に必要とも思わねえ」

  雅尚は何だといった顔をして、また考え込んだ。

「だが、ここに来る大概の人間は俺のことをこう呼ぶ。」

思わせぶりな『そいつ』の調子に、俯き加減で考え込んでいた雅尚は顔を上げた。

『そいつ』の目だけが、はっきりと見て取れた。

「死神、とな」

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