推しを刻もうとした猫
今村広樹
本編
ミケランジェロ・ブオナルローティは少年時代、父によく殴られていた。それというのも、かれの父は画家と装飾デザイナー、彫刻家と石工の区別もつかず、ミケランジェロの天才を理解しなかったからである。
しかし、ミケランジェロも強情で、結局父は折れて、ドナテッロの弟子ベルトルトのもとで、彫刻の修行をすることになった。
ある日、ベルトルトの工房に、1匹の少年が訪れた。少年を見たミケランジェロは息を呑む。その少年は世にも美麗な美少年であったからだ。
「へえ、これ良さげにゃねなにを彫ってるニャ?」
「はっはい、アポロンですニャ……」
「カッコいいニャア」
結局、ミケランジェロとかれはたわいのないやり取りをしただけなのだが、ミケランジェロは少年の姿形を終生忘れなかった。
さて、ミケランジェロが務めていた工房はフィレンツェにあったのだが、当時のフィレンツェを支配していたのはロレンツォ・メディチ、『イル・マニフィコ』すなわち豪華な猫と呼ばれていた大物であった。ある日のこと、ミケランジェロはかれのコレクションの修復を任されていた。修復途中のそれを見たロレンツォは言った。
「ふむ、なかなかのものニャ、でも老人ニャのに歯が揃ってるニャ」
それを聞いたミケランジェロは顔を真っ赤にした。翌日、ふたたびコレクションを見に来たロレンツォは、歯が何本も欠けてるそれを見せられる。かれは笑いながら、こう問いかけた。
「キミ、名前はなんニャ?」
「ミケランジェロ」
こうしてミケランジェロの栄光がはじまる。
しかし、かれはたった一つの美を刻みたいのに、それが出来なかった。少年の面影はタビテ像などに現れるも、ミケランジェロは納得しなかった。臨終のとき、かれはこう呟いたと伝わる。
「結局、わたしはあの少年に会うことはできニャかった」
推しを刻もうとした猫 今村広樹 @yono
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