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「どうぞ」

「すみません」


一ノ瀬さんはいつもどんな時もレディーファーストで、ドアの開け閉めから出入りまで、女性を優先してくれる。それが厭らしくないので、ずるいと思っている。

店員に席を案内されると、既に瑞穂と一ノ瀬さんのランチは決まっていたようで、水を持って来た店員にオーダーをする。


「唐揚げ定食」

「マグロのハラミ定食」

「あ、私もそれで」

「畏まりました」


おしぼりで手を拭きながら、


「同じでしたね」

「一度食べてはまった」

「一緒です」


脂がのっていて、わさび醤油で食べるのだが、マグロは刺身がいいという固定概念を覆した料理となった。


「そうだ、なんで連絡してくれなかったんですか?」


私は少し恨み節で一ノ瀬さんに言った。


「休みの時まで仕事をすることないだろう? 休む時は休む。それが一番だ。それに今回のことは、慌てたってなにも変わらない。夜中だったし、マスコミ対応は朝で良かったからな」

「そうよ、休みは休み。私だって休みの日に連絡が来たら嫌だもん」


瑞穂も同じことを言う。それでもなんだか、仲間外れにされたようで嫌だった。


「でも何歳差? あの二人」

「例のね」


周囲の目を気にしながら、話題の二人の話をする。


「えっと、23と確か31……8歳……8歳も年上って……逆はあるけど、その逆ってね……人の趣向っていろいろね」


瑞穂は指を折って数えた。私は年下の趣味はないけど、好きになってしまったら年なんて関係なくなるのだろうか。


「でも魔性の女ね。あの色香に、青二才はころっと騙されちゃったのね。遊びだと思うけど」

「う~ん、そうだと思いたくないけど、つまみ食いの感じがするわね」

「なんだ、二人とも。凄い分析力だな」


一ノ瀬さんは、女二人の会話に、少し引いてしまったようだ。女は現実的でシビアなのだ。


「女ですから。現実的なんですよ」

「瑞穂は違うでしょうね?」

「一緒にしないで」


横に座る私を横目で睨む。


「なんだ? 川奈の彼氏を知っているのか?」

「瑞穂の彼氏は、私の弟なんですよ」

「弟!?」


さすがに一ノ瀬さんも驚いたのだろう、飲んでいた水で少しむせた。


「一度TDLに一緒に行ったことがあるんです。そこで意気投合したのか、一目惚れなのか分からないけど、いつの間にか付き合ってて」

「かれこれ、4年になりますかね?」


私と弟は3つ違いの会社員。瑞穂は面倒見がいいらしく、就職に関しても母親の様に、一生懸命に相談に乗ってくれたらしい。これは弟から聞いた話だ。

私には見せない意外な面を、弟には見せているのだろう。


「なんだか、複雑な感じがするな」

「なんでです? すごくいいじゃないですか」


瑞穂は一ノ瀬さんに少し怒ったように言う。


「もしも、もしもの話だ。別れでもしたら、桜庭との関係がぎこちなくなるんじゃないか?」

「それは社内恋愛と一緒ですよ。別れたって、仕事は仕事で割り切って出来るじゃないですか。それと一緒。ね?」

「まあね。私と弟は別人格ですから」


確かに、そのことを考えもしないでもなかった。でも恋愛は二人の問題で、私と瑞穂の関係がぎくしゃくなる訳じゃない。


「ま、あ、そうか、それもそうだけど、女性はドライだよな」

「経験あり……とか?」


瑞穂は意地悪く言った。


「……ない」

「そのためが何だか怪しいですね。過去はなくても、これからあるとか……?」

「え? なに? なに?」


意味深長に言う瑞穂に、私は何か知っているのかと興味津々。一ノ瀬さんはなんだか含みのある顔で瑞穂を見た。


「ちょっとカマかけて見ただけよ。これだけのいい男なのに、女の影がないから。聞きたいじゃない? 興味あるでしょう? 美緒も」

「確かに」


これだけいい男で彼女の影がない、もしかしたらそこを上手に隠していて、彼女はいるのかもしれない。一ノ瀬さんが好きになる女性はどういう人なのか、とても気になるのは下世話と言うものかも。


「あったとしても、これからあるとしてもお前らには言わない」

「すぐにバレますよ。男なんて単純なんですから」

「……」


上司と部下の関係もざっくばらんな会社で、私は救われている。一ノ瀬さんがそうしているのかも知れないし、瑞穂の性格もあるのかもしれないけど、なんにせよ、働き場所としては環境がいいし、私にあっている。

あいつは私の就職場所を、


「あってる、あってる。美緒にあってるよ!」


と、真っ白い歯を見せて笑うだろう。



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