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私の職場「シャインプロダクション」は、芸能事務所。
ピンからキリまである世界だけど、「シャインプロダクション」は業界最大手だ。
創業者である社長は、俳優業からプロデュースする側に回って成功した人物だ。私は入社をするにあたり、社長の過去の作品を見たのだが、「パッとしなかった」という噂通りで、失礼な話だけど確かに、早く区切りをつけて良かったのではないかと思った。
今、業界はとても息苦しくなっている。スマホの普及でSNSが身近になり、芸能人はいいターゲットになる。
その証拠に写真を撮られ、週刊誌に売られてしまう芸能人も沢山いる。タレントは窮屈な日常を送らざるを得ない。
しかし今回は、売る、売られる以前の話だ。社会人としてなっていない。
統括部長である一ノ瀬さんは、毎月コンプライアンス講習を開いて、所属のタレントに指導していた。なのにこのざまで、一ノ瀬さんの苦労はぜんぜん報われない。
「はい、はい、今現在ご質問の返答は差し控えさせていただいております。詳細が分かり次第コメント致しますので」
出勤早々、電話責め。一息ついたのは、お昼を過ぎていたころだ。
「お疲れ」
対応疲れで、椅子の背もたれに身体を預けていると、一ノ瀬さんが声を掛けてきた。
慌てて体勢を整える私を見て笑った。
「メシでも行くか?」
ふと時計を見ると、とっくに昼の時間は過ぎていて、ランチタイムギリギリの時間になっていた。
休憩時間を使えない日も多いし、時間通りに食事が出来ない日も多い。
それがこの業界だ。でも悪いことばかりじゃなくて、服装や髪型など、束縛されない自由な所もあって、上下関係も堅苦しくなくて、そこがいいとろだと思っている。
「そうですね、お腹が空きましたね」
「瑞穂は?」
「行く~もうだめ」
一緒に対応していた瑞穂は、お腹を摩っていた。ほんとうにお腹が空いた。
財布だけを持って席を立つ。
「いつもの定食屋か?」
「そうですね。一番いいですよ、あそこが」
チェーン店の定食屋が事務所の前にある。
全てのメニューが定食と言うところが気に入っている。
土地柄なのか、値段が高い食事場所しかなかったのだが、この定食屋が出来て以来、昼食代がかなり浮いて、一人暮らしの私には、本当に助かる。
「がっつりと肉にしようかな」
瑞穂は、肩を回しながら言う。
「私は魚だな。一ノ瀬さんは?」
「俺も魚だな」
「一人暮らしだと、魚を食べませんよね。ランチの時に意識しないと食べないから」
「そうなんだよな」
はっきり言って料理は苦手で、出来ればしたくない。
でも一人暮らしでは節約は必須だし、それに作ってくれる人もいないから、仕方なく作っているだけだ。
シャインプロダクションに入社当時は実家から通勤していたが、何せ時間が不規則なこの業界。
終電に乗れないこともしばしばあり、思いきって家を出た。
身体が食事を欲すると実家に帰っていたけど、この定食屋のお陰で実家に行く頻度が減った。
会社の正面玄関を出て、すぐに横断歩道があって渡ってしまえばすぐだ。
「殺人的な暑さだな」
一ノ瀬さんが本当にいやそうな顔で言った。
「早く涼しみたい」
手のひらをひらひらさせてうちわ代わりに仰いでも、まったく意味はないけど、何もしないよりまし。
信号が青に変わって歩き出すと、瑞穂が一ノ瀬さんに言った。
「やっぱり背が高いですねぇ」
今更なのにおかしいけど、私もことあるごとに思っていた。
「不便なことも多いんだぞ」
「でも、やっぱり背が高い男の人はステキです」
素直にそう思う。
本人に聞いたことはないけど、一ノ瀬さんはシャインプロダクション所属のモデルだったようだ。
それもかなり期待されていたらしくて、シャインプロ初のパリコレモデルになると、期待されていたと噂話で聞いた。
何がきっかけだったのかは知らないけれど、モデルをスパッと引退して、シャインプロの一社員となった。
今は統括部長という立場。冷静沈着、気配りが出来るうえ、周りからの信頼も厚く、人当たりもいい。
取ってくる仕事は多く、あっという間にこの若さで統括部長という地位についた。
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