目と目で通じる、祝祭の皿
五色ひいらぎ
不揃のカボチャ
木箱に詰まったカボチャを、ひとつ手に取ってみる。大きさは掌に乗る程度だ、しかし沈み込むような重さは確かに伝わってきた。触ってみれば、ワックスを塗ったような肌は凹凸がありつつも滑らかで、ヘタの周りもきちんと固い。
箱の残りをざっと眺めてみても、少なくとも見てくれはどれも立派だ。大きさはばらばらで、掌に乗るくらいのものから人の頭くらいの大型のものまで、ずいぶん雑多に詰め込まれている。だが、ぱっと見で質の悪さがわかるようなものは、少なくとも箱の上側には積まれてねえ。
「さすがに、王宮同士の贈り物とくりゃあな……」
つい漏れた独り言に、思いがけず返事があった。
「食材段階での毒見が必要ですか、ラウル?」
後ろから聞こえた、相変わらず感情の乗っていない声に、振り向かず言葉だけを返す。
「別にそんなんじゃねーよ、レナート。さすがに質は確かだ、ってだけの話だ」
「なるほど。てっきりあなたも、政治的ななにがしかを読み取ったのかと思いましたよ」
「政治的な何かがあったとして、友好国にいきなり毒入りカボチャは贈ってこねえと思うぞ」
「万が一を考えるのが私の仕事ですから。確認が必要ならいつでも呼んでください」
後ろの声には相変わらず背を向けたまま、俺は手中のカボチャを箱に戻した。黒光りする大小のカボチャは、傷一つない立派なもので、中に何かが混ぜ込まれている可能性はまずないだろう。
だが、贈り主の素性を考えれば、このカボチャに何の意図も乗っていないなどということは考えられない。
このカボチャはつい昨日、隣国コンパーニョの王宮から、俺たちデリツィオーゾの王宮へ贈られてきたものだ。コンパーニョは伝統的な友好国で、収穫祭の時期には、両国の王族が一年交替で互いの王宮を訪問する習慣がある。今年はコンパーニョがこちらへやってくる番で、一週間後の収穫祭最終日に合わせて王宮を訪れる予定だ。
このカボチャの贈り主は、そのコンパーニョ王宮だ。
普通に考えれば、一週間後の訪問の手土産として持参すればよさそうなものを、なぜ今送ってきたのか。
俺は背後を振り向いた。厨房の入口には、国王付きの毒見人レナートが、緑色のベストを今日もかっちりと着込んで立っている。皮肉めいた薄笑いの向こう側に、どんな感情があるのかは相変わらず見通せない。
「で、レナート。あんたはこのカボチャ、どう見てる……政治的ななにがしか、とか言ってたが」
「あなたはどうお考えですか?」
質問に質問で返してくるかよ。心の中だけで舌打ちをしつつ、俺は思うところを答えた。
「単に友好の証、じゃねえのか。なにかの悪意があるなら、ここまで上等な食材を送ってよこすようなことはしねえだろ」
「確かに、これ単体ならそう考えてもよいかもしれませんが」
レナートは、カボチャの箱をぎろりと睨んだ。
「この贈り物には書簡も付いていましてね。内容は当たり障りのない機嫌伺の挨拶でしたが、最後に『収穫祭の食卓を楽しみにしています』と、結ばれていました」
聞いた瞬間、頭の芯がぱっと燃え上がった気がした。
なるほどな、そういうことか。
そのとき、俺の顔には何かが出たのだろう。レナートは切れ長の目をすっと細めて、満足げに笑った。
「挑戦状か……」
「国王陛下も同じ見解ですよ。この食材で何か驚くような料理を作ってみせよ、デリツィオーゾの名誉に賭けて――と、求めているのでしょう」
「上等じゃねーか」
あらためて、俺は箱の中のカボチャたちを見た。
質は間違いない。だが、大きさにばらつきがありすぎる。おそらく、雑多な品種の中から良いものだけをかき集めたのだろう。贈り主が何も考えていなかった――わけではないはずだ。おそらくこれも挑戦のうち。それぞれの特色を活かした皿を作れ、との。
「これだけ大きさにばらつきがあるなら、裏漉ししてピューレにするのが良いでしょうね」
俺の隣でカボチャの箱を眺めながら、レナートが言った。
「ピューレであれば、大きさや質に関わらず均一にできますから。あとはスープにするなり他の――」
「却下だ」
言えば、レナートは鼻白んだようだった。日頃は露骨な表情を見せないこいつが、目を丸くしているのは見てて面白え。
「そんな手は誰でも思いつく。このばらつきを活かしてこそ、驚きがあるってもんだろ」
「……あなたを、信じてよいのでしょうね」
日頃の仏頂面に戻ったレナートが、俺を見つめてくる。いつもながらの冷ややかな目には、しかし、ほんの少し炎めいたものが宿っているようにも見えた。
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」
「……そうですね。ならば、私からは何も言うことはありません。試作品を楽しみにしていますよ、天才料理人ラウル」
わかってんなら、それでいい。
レナートをにらみ返せば、口元には薄い笑みが浮かんでいる。もう一通の挑戦状を、その瞬間、俺は確かに受け取った。
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