第1話 漏れ出した暗号

 新道は自宅のトレーニングルームで自らの筋肉を追い込んでいた。筋トレに熱中するようになったのは、事故で下半身が不自由になってからだ。

 チェストプレス、ラットプルダウン、フレンチプレス。上半身を中心に鍛え上げていく。一通りを終えると鏡を見ながら、うっとりとする。ここ1年で全てのスーツのジャケットを一つ大きものにした。上椀部や胸部には筋肉が隆々と漲り、今にも飛び跳ねてしまいそうだ。しばらく、ベンチプレスはやっていないが、100kgをそろそろ狙えるのではないか。新道は達成感に頬を緩めている。ただ、下半身に目をやると事故のせいとはいえ、鍛えることができずにほっそりとした太ももがあるだけだった。

 出勤前のルーティーンを終わらせると、シャワーを浴びスーツに着替える。ビジネで誌で「トップはダークネイビーのスーツを着ている」と見てから濃紺のものを選ぶようになった。白いシャツに紺色のネクタイをあわせ、車椅子に乗り込む。あと数分で迎えの車がやってくる。


 新道を乗せた公用車が区庁の職員用駐車場に止まった。車椅子に乗り換え、区庁の職員用出入り口に車輪を向けた。その瞬間、週刊誌の記者は電動車椅子の進行を遮るように立ちはだかった。

 「何者だ君は」

 慌てて車椅子を止め、新道は記者を睨みつける。

 記者は名刺を出し、丁寧な挨拶をしてきた。

 「週刊ショック!です。湾央区の地下では大型コンピューターが隠されており、海流発電の電気を使って暗号を作成していることと言われていますが、本当ですか?」

 「無礼ですね。ちゃんと事務を通してください」

 「それは世界で類を見ないほどの量の暗号を生み出していること、そして暗号を自分の利益供与者に横流ししている。その張本人が新道区長と言われています。事実ですね?」

 「今、話せることはありません。後日、タイミングを見てご説明申し上げます。詳細はそのときにでも」人を待たせておりますでと新道。コメントを取ろうとする記者にうんざりし、区長室へと向かった。


 「この度の不手際は誠に申し訳・・」

 「この記事について説明できますか? 新道先生」

 新道の謝罪を遮るように、平佐はタブレットの記事を拡大した。

 「暗号資産が漏れだしたのは本当ですか? これはとんでもないことになりますよ」

 平佐はソファから身を乗り出した。

 「湾央の地下でで新堂君が何をやっているか。今は問わないでおきましょう。新関東都 知事に推薦していることはお忘れなきようお願いします。」

 数日前に白髪染めをしたのだろう、黒髪がLEDの灯りに反射している。

 「平佐先生のご推挙が都知事への就任につながっているのは、承知しております」 平佐の落ち着きを促すよう静かに語りかけた。

 「普段からチテイのヤツら”懇意”にしているそうだね。そいつらに横流しをしたわけではないですね?」

 「滅相もない。原因究明のため手はすでに打っておりますのでご安心下さい。数週間で犯人をあげてみせます」解決策は打ってない。

 「治安維持部隊の招集はいつでも可能です。これが燃え上がれば、新関東都の知事就任が既定路線から離れいく可能性は持っていて下さいね」

 「この度の不手際は誠に申し訳ございません。区長退任までに必ず、解決いたしますのでご安心を」このままだと、とかげの尻尾切りか。

 「ありがとう。新道特別区長。これからも期待しています」

 平佐は新道の言質を取り安心して区長室を後にした。

 つまり、全て精算して次の選挙戦に挑もうってことか。いかにも人民党の幹部があやりそうなことだ。新道はパソコンの電源が立ち上がるまでのモニターを眺めながら、呟いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る