影の獣

@mizuiro0430

影の獣は何を思う

少年は警察官になるのが夢だった。大人になったら家族や友だちを守るんだ、といつも言っていた。

春のよく晴れた日。暑すぎず、寒すぎず、心地よいそよ風が吹いていた。外で遊ぶのにちょうど良い天気だった。その日も少年は友人と公園で遊んでいた。

よく遊んでさあ帰ろう、という時にガサガサ、と少年の背後の草むらで音がした。少年は確認しようと振り向いた。瞬間。

「え」

黒い獣が少年に向かって牙を剥き、襲いかかって来ていた。そこで少年の意識は途切れた。


誰かがキャーと悲鳴をあげた。その視線の先には、黒い獣。黒い獣が人を襲っていた。襲われている人は何とか逃げようとじたばたしていたがしばらくすると動かなくなった。黒い獣は手当たり次第に人を襲い始めた。人々はキャーキャーワーワー叫びながら逃げ惑う。それも、30分ほど経てば静かになった。黒い獣は1人、帰路に着く。その獣に影はない。


ガチャガチャと玄関のドアが開く音がする。

「あら、おかえりなさい。遅かったわ、ね」

女は玄関から入ってきた人物-息子-を見てそのまま固まった。

「どうしたの?!そんなに血まみれで!」

女は走って息子に近づく。息子は女を特に気にした様子もなくただぼーっとしているように見えた。女はそんな息子の様子に気づかず怪我がないか確認していた。息子に怪我がないことを確認して冷静になると今度はこの血は誰のものか聞き始めた。それでも息子は何も反応しない。女はそこでようやく息子の様子がおかしい事に気がついた。息子の顔を覗き込む。一瞬、息子が違う生き物に見えた。そんなはずはない、と女は震える声で再度尋ねる。

「ねえ、ほんとにどうしたの?この血は、何?」

息子は何も答えず、笑顔を向けた。影が息子を覆い黒い獣になった。そして女に襲いかかった。


気がつくと少年は自分の部屋に居た。血まみれで。少年には黒い獣に襲いかかられてからの記憶がない。訳が分からず、誰かいないか家の中を探し始めた。まずは、自分の部屋がある2階から。両親の寝室。物置。リビング。そして、玄関。玄関には女が倒れていた。母親だ。急いで駆け寄り様子を見るも、息をしておらず、体はすでに冷たくなっている。何故、母親がこのような状態になっているか分からない。少年は混乱していた。今朝だって、一緒に朝ごはんを食べて、いってらっしゃい、と声をかけてくれた母親が死んでいるだなんて、信じられなかった。少年は呆然と立ち尽くしていると、玄関が開いた。父親が帰ってきたようだった。ゆっくりと父親を見る。父親はいつものようにただいま、ということはなく、引きつった声をあげた。

「ヒッ」

少年はどうして父親がそのような反応したのかはわからなかったが、母親の状況を説明するのが先だ、と父親に近づこうとした。

「来るな!バケモノ!」

少年は普段、滅多に怒鳴ることのない父親の大声に驚いた。少年はわけがわからなかった。

「×××××」

少年はおとうさん、と呼ぼうとしたが己の口から出たのは聞き取ることのできないよく分からない音だった。

「×××××」

「×××」

「×××」

何度試してもよくわからない音しか出ない。その間も、父親はなにか怒鳴っていた。少年はとりあえず自分だと、父親の息子なのだとわかってもらおうと顔をあげる。視界に鏡が写った。鏡に少年は写っていなかった。写っていたのは、黒い獣だった。


少年は、黒い獣は、家を飛び出した。行くあてもなく、走り続けた。辺りはすっかり暗くなり、少年は公園に入る。いつの間にか人間の姿に戻っていた。少年は走っている途中で聞こえた会話が気になっていた。

「商店街で黒い獣が暴れたんだって。知ってる?」

「知ってる。逃げ遅れた人はみんな死んじゃったんでしょ?」

「そうそう。しかも××公園でも小学生くらいの子供が一人、似たような死に方してたらしいよ」

「怖いね」

「ね」

少年は公園で黒い獣に襲われたところからの記憶が無い。会話にでてきた公園は少年がその日遊びに行っていた公園だった。それに、その公園からの帰りにいつも街中を通る。そしてこの2つの場所で死んでいた人達は黒い獣に襲われて死んだと思われる。少年は、自分が殺ってしまったんだと思った。黒い獣のせいで友人に、よく行く商店街の人達に、母親まで殺してしまったと気づいた少年は泣くこともせず、ただその場に座り込んだ。


次の日。少年は騒がしい鳥の鳴き声で目が覚めた。座り込んでそのまま眠ってしまったらしかった。少年は××公園と商店街、家の様子を順番に見に行くことにした。××公園も商店街も封鎖されていて中に入ることは出来なかった。少年にはどちらの場所も少し血が着いている点と人がいないという点を除けばいつもと同じように感じた。そこから直接家に行かず、少し遠回りをして友人の家も覗いていくことにした。少年は友人が死んでしまったことを信じたくなかったのだ。いつものように気が抜けた笑顔を向けてくれることを願いながら友人の家に向かった。その思いもむなしく、友人の家では友人の通夜をしている最中だった。衝動的に走り出した。走って、走って、家にたどり着いた少年の家では友人の家と同じように母親の通夜をしていた。少年は泣いていた。声も出さず、ただ静かに涙を流していた。少年が涙を流すたび、少年を覆うように影が動いた。少年の涙が止まる頃には影はすっぽりと少年を覆い、その形さえ変えて黒い獣になっていた。


黒い獣に感情はない。ただ生きるために行動する。黒い獣は次の獲物を求めて歩き出した。

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