魔導狩人 ~異世界の限界ヲタク~

arm1475

魔導狩人 ~魔導界の限界オタク~

 魔導界〈ラヴィーン〉。そこはあらゆる世界の始まり、そしてあらゆる世界から放逐された人々の為の約束の地。


「ここは元の世界と時間軸が一致しないから!

 この世界へ飛ばされた過去の人間と遭遇する事が出来るとはいえ!

 まさか!

 あの!

 新撰組の!

 

 五稜郭の戦いで実は死んでいなくて!

 異世界転生でこっちの世界に来てて!

 魔王を倒した勇者で国王で!

 わたし、あの方と同じ空気を吸えるなんて!!

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「あの、落ち着いて、唾飛ばさないで」


 瑞原鞘はミヴロウ国の城下町にある茶屋で、テーブルを挟んだ向かいで奇声を上げる依頼人に戸惑っていた。

 今回の依頼人である八木あさぎは、鞘がいた時代より更に未来――令和と呼ばれる時代の日本からこの世界に紛れ込んできた20代の元派遣社員である。

 数年前に魔導界〈ラヴィーン〉こちらに紛れ込んだらしく、始めはこの奇妙な世界で苦労したそうだが、あさぎは元の時代の日本で流行していた、異界転生物の小説で描かれたシチュエーションのノウハウの知識を駆使して何とか切り抜け、成り上がった末にこの度、ミヴロウ国の城下町で茶屋を開店することとなった。

 内装は和風の和菓子茶屋だが、数名の女性だけで構成された店員の制服で採用されている、やや露出の高い西洋女中風の衣装による接客が皆に受けているらしい。鞘は良くは知らなかったが、なんでもと呼ばものらしく、21世紀を迎える少し前から電気街の秋葉原を中心に流行していた風俗を持ち込んだものらしい。


「……いやぁ、俺が知っている電気街の秋葉原が無くなっているのは正直ショックでしたが、未来の日本ってえらくとんがってんだなあ」

「でも私から観たらこっちの世界は流行の最先端なんだし、理想郷過ぎる!」


 そう言ってあさぎは鞘の隣に浮いているカタナの頬を指で摩った。


「剣と魔法の世界! 妖精が飛んでいる! 最高っしょ!」


 あさぎは鞘にサムズアップしてみせる。


「……正直言って、この世界に馴染んでいる日本人は初めて観ましたよ」

「そう? あとはSNSやコミケでもあればパーフェクトだったんだけどね」


 あさぎはケラケラ笑い、


「まーそれは兎も角、今回瑞原殿に依頼したい件はですね」

「あの、その件ですが」

「土方様に会わせて! お願い!」


 あさぎはウインクして媚びを売る。

 鞘は困った風に暫し仰ぎ、


「……最初にも言いましたが、俺は何でも屋では無くて、魔導器専門の問題解決を請け負ってまして」

「土方様とお知り合いなんでしょ? ねえ、ねぇ?」

「お願いだから人の話を聞いて」


 にこやかに言う鞘はだったが、少しキレていた。

 この世界に紛れた、何人かの21世紀初頭のたちに見られる傾向として認知はしていたが、これがオタクなのか、と鞘は呆れた。否、鞘自身もそのカテゴリーに属する人種のハズなのだが、ここまでコミュ障では無いとは自負していた。


「……そもそもあの人は今この国の国王で、そう簡単には面会なんて出来る訳が」

「ほう、ここが噂のか、そこいらの茶店と余り変わらんな」

「やっほー、鞘がここに来てると聞いてお父様と一緒に来ちゃった」

「何なんだお前ら親子わぁっ!!」


 何の前触れもなく突然来店して気さくに挨拶してきたミヴロウ国の国王と王女のユイ姫に鞘がキレた。


「だって久しぶりにミヴロウうちに来たって言うのに挨拶もしないからねぇ貴方」


 鞘がキレている理由を知らないユイ姫は、鞘の鼻先を指して意地悪そうに笑う。相変わらず鞘を困らせるのが好きな姫であった。


「だったらこっちから行くしかないじゃない、ねぇお父様……」

「なんだいお前さんこんな胸の谷間押っ広げた服着て接客とか風邪引かねぇか?」


 気がついたら父王は制服姿のあさぎの胸元をしげしげと見ていた。


「乳上……」

「ユイ姫、お前さん多分違うニュアンスで酷い事言ってるな?」


 ユイ姫の冷静に突っ込む鞘だったが、シフォウ王に胸元をしげしげと見つめられているあさぎの様子がおかしい事に気づいた。


「あの、あさぎさん、震えているようですが気分でも……」


 硬直して小刻みに震えているあさぎを見る鞘だったが、何故か心配する気にはならなかった。


「――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛!

 あ、あーらーきーひーろーひーこーぉぉぉぉぉっっっっ!」

「おい鞘、この娘何か頭に悪い病煩ってるのか?」


 心配そうに訊くシフォウ王に、鞘は肩をすくめてみせた。


   *   *   *   *   *


 十数分後。ようやく正気に返ったあさぎは、シフォウ王の前で土下座しながら慌てて詫びていた。


「ままままさか本当にお会い出来るとはおもおもおも思いませんでしたあああ」

「いやぁ俺は別に気にしてねぇさ」


 シフォウ王は不敵そうに笑う。


「城下で繁盛してる店があると聞いたら行ってみたくなだろう?」

「あああああ生とっしーと会話出来るなんて尊すぎて死ぬぅぅぅぅぅ」

「……おい鞘、俺たちの未来の日本人ってこんなんばっかりか?」

「俺もちょっと認めたくないのですが」


 鞘は苦笑いして答える。


「ところで王、見たところ護衛おつきも無いようですが」

のにそんなん要らんだろう?」


 そう言ってシフォウ王は腰に下げてる、〈魔皇〉との闘いから愛用している日本刀を鞘にちらつかせる。この世界に転生していた日本刀職人がこちらで打った内の一振りで、無銘ではあるが鞘も愛用している業物である。


「本当はあたし一人で来るつもりだったのに勝手についてきてね、娘の警護とか言って」

「この国最強の警護がついたのに何、贅沢言ってやがる」

「本当はサボりたかったんでしょ」

「うるせぇ」

「この親子は本当にもう……」


 シフォウ王とユイ姫親子の掛け合いに鞘は苦笑する。正直鞘にとっては悩みの種の親子であった。

 そうこうしているうち、鞘は隣にいたあさぎが興奮していることに気づく。


「とっしーに娘……しかも美少女……尊い……」

「カタナ、挙動不審な人間に効く薬か魔法は無いか」

「そんなの知らないです……」

「だよなー。それは兎も角、図らずも謁見出来たんだ、これで用は」

「ととととっししー! い、いえ、シフォウ王様、お願いがあります!」


 突然あさぎが懇願を始めた。


「今度この店でフェアやるんです! 新撰組のコスで!」

「コス」


 何の略称なのか鞘はだいたい判った。コスプレのことだろう。


「不躾ながら、新撰組という偉大なお名前を使用するその許可と、出来ましたら衣装周りの監修をお願い致しくきゅ」


 興奮のあまり最後に噛むあさきであった。


「ももももし問題がありましたらアああ諦めますのでででで」

「構わんよ」

「そうですかありがどうござい」


 あさぎはシフォウ王の顔を二度見した。


「……はい?」

「別に気にしないさ。好きなんだろ新撰組」

「は、はい」

「嬉しいねぇ、俺たちは嫌われモンだったが、未来じゃ女子供に好かれていたって本当なんだな」


 そう答えてシフォウ王はニッと笑ってみせる。

 それを見たあさぎは卒倒した。


「お、おい」


 慌てて抱き起こそうとした鞘の襟元を、あさぎは鷲掴みにしていきなり起き上がった。


「――わたし、正直無礼なこと言って手打ちされると思ってたのにっ!」

「すみません、顔、近いです」

「土方様のこのフレンドリーさ、何ですの? 素敵すぎて死んでしまう!!」

「まー、確かにこのギャップに俺も戸惑ったけど」

「確か後世の人間の創作が及んでんだろ、俺や他の新撰組の面子の人物像に」


 シフォウ王は頭をかきながら照れくさそうに言う。


「その辺りは諦めてくれや。俺は見ての通りの俺だ、それ以外の何者でも無い。それよりそろそろ何か茶でも出してくれないか、つまむモノでもあれば最高だが、タクアンねぇかタクアン」

「あ、ハイッ、直ぐに!!」


 あさぎは慌てて店員を呼んで王たちの席の準備を始めた。


「鞘、ここの店長観てるとお前さんとあった時のことを思い出すな」

「ぶっちゃけ、もうちょっと冷淡な人だと思ってましたからねぇ俺、ドラマや小説とは別人過ぎてもう」

「こっちへ迷い込んだ時はそんなモンだったぞ俺は。殿

「はあ」

「王とはああいう人間を指すもんだ。近藤さんもそうだったが、推せる人間がいるのは悪くねぇぞ」


 シフォウ王から自分の父親のことを聞かされるのは何度目だろうか。正直、鞘にも知らない、後に魔皇と呼ばれる男の側面に実感など無かった。

 鞘は今もシフォウ王に新撰組時代の信念を秘めている事を、建国した国の名前や編成したミブロウ騎士団からも窺えるのは判っていた。歳を重ね娘を設けたことで丸くなった事もあろう、しかし太刀筋は相変わらず苛烈であり、国の周辺で起きた問題では率先して現場に赴く辺り、国王と言うより闘うリーダーと呼ぶに値する人物である。

 この世界を救った〈英雄王〉が後に〈魔皇〉と呼ばれる男と知り合い、何が原因で袂を分かった末に友を討伐するに至ったのか、正直なところ鞘は関心は無いし、仇とも思ったことも無かった。ただ、流浪の末にこの異世界へ流転した浪士が再起した今の姿に、父がこの世界で成した事の価値が判るだけで充分であった。〈魔皇〉が遺した魔導器が起こす騒動を解決する仕事を、鞘は単なる贖罪とは思っていない。辿


「しかしこの国の連中は新撰組の頃の俺なんか関心無いだろうに、大丈夫か?」


 もっともな事をシフォウ王が訊いた。

 テーブルの上に置いたティーカップにお茶を注いでいたあさぎは頭を振ってみせる。


「だから、なんです」

「ん?」

「この国の人たちが土方様――いえ、シフォウ王を慕ってる人たちばかりだからこそ意味があるんですよ。かつて王とともに、信念に殉じた新撰組の人たちの生き様をこの国の民に知って欲しいからです! 推し活です推し活っ!」

「は、はぁ」


 嬉しそうに答えるあさぎに、シフォウ王はやや圧倒されているようにも鞘とユイ姫は見えて、顔を見合わせて苦笑した。


                 了

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