Island Boys

chisa

俺達はコンセプトカフェに行ってみたいのだ

手負いの龍がゆっくりと立ち上がる。

翼が大きく広げられ、視界の光が遮られる。

巨大な龍は宙に浮くと、大きく息を吸い込む。洞窟内の空気がびりびりと震えた。

「来るぞ!炎のブレスだ!カゲ、頼む!」

炎龍ラーヴァブルートの口から、灼熱の溶岩が俺達四人の冒険者に向かって放たれる。

「任せろ!みんなは後ろへ!ファランクス!」

重戦士のカゲはそう言うと、身長ほどもある盾でブレスを遮断する。

カゲは四人の中では一番小さな少年だが、重戦士のファランクスは強力なガード技で俺達を溶岩から護る。

盾を持たない双剣士の俺と刀剣士のコウ、精霊術士のアキはカゲの後ろに退避し反撃のチャンスを伺う。

「アキ、俺とコウに氷エンチャ!」

アキは燃え上がるような緋色の髪の女性で、精霊を使役する魔法に長けている。

「了解。氷の輝きよ、我が盟友の剣に宿れ!エンチャント・アイスエッジ!」

アキが呪文を詠唱すると、俺とコウの武器に氷属性が付与される。

「炎龍よ、絶対零度の世界で凍てつくがいい!フィンブルヴェトル!」

続けざまにアキがラーヴァブルートに弱点である氷の魔法を撃つ。緋色の髪がふわりと風に舞った。 

「グアァァァ!!」

ラーヴァブルートが体勢を崩した瞬間俺とコウが飛び出し、氷の魔力を纏った剣を抜き放つ。

「迅雷風烈!」

コウは長身で、侍のような出で立ちをしている。

素早く岩場を駆け上がると、コウは手にした刀で片翼を切り落とす。

ラーヴァブルートは巨体を支えきれず地に落下した。

「いいぞコウ!グラン・クロス!」

その瞬間を逃さず俺の必殺剣がラーヴァブルートの巨軀を十字に斬り裂いた。

「グオォォォォォォォォ…!」

炎龍ラーヴァブルートの最後の咆哮が洞窟内に響き渡った。


「ご主人たまぁ、炎龍ラーヴァブルートの討伐お疲れさまですの♪きゅんきゅんにゃ~ん!」

ふわふわのピンク髪の猫耳ロリメイド、モモがモニターの中で嬉しそうに体を左右に揺らせて言う。これにてクエスト終了だ。

俺達がプレイしているのはJagd《ヤークト》というオンラインゲームで、炎龍ラーヴァブルートはJagd《ヤークト》の中ではハイランクのモンスターだ。

「カゲ、アキ、コウ、お疲れ!」

ボイスチャットで俺は三人の友人達に声をかける。

ここは日本のとある北の方にある島。俺達四人はこの島で生まれ育った幼馴染同士だ。

「やったな!蒼太そうたくんもお疲れ様。」

答えたのが精霊術師のあきだ。俺とは同学年で、今年の春大学に進学したので島を離れている。

ゲーム内では神秘的で美しい女性のアキだが、中身はれっきとした男だ。ボイスチャットで自作の呪文を披露してくれるちょっと痛い子である。

「ここまで来ると流石にゆるくないな~勝ててよかったな!」

そう言ったのは重戦士の影虎かげとらで、俺はカゲと呼んでいる。

ゲーム内では少年のキャラクターを使っているが、本人はかなりの巨漢で見た目はオッサンと言っても過言ではない。

俺とアキとは同学年で、高校卒業後は漁師見習いとして親父さんの手伝いをしている。

蒼兄そうにぃやっぱ強いなー、僕も見習わないとだ。」

俺と同じくアタッカーの刀剣士紅葉もみじは、高校一年生であきの弟だ。名前の読み方はモミジだが、俺はコウヨウのコウと呼んでいる。何でって、その方がカッコいいからだ。

カゲとは逆に、長身の男キャラクターを使っているコウはかなり小柄だ。人は自分に無いものを求めるものだからなぁ。

紅葉もみじくん、だが蒼太そうたくんはニートだぞ。ニートはオンラインゲーム内において最強の存在だが見習わないように。」

「俺はニートじゃないっつーの!」

そして俺、金髪碧眼の王子様然とした双剣士の蒼太そうた

まぁ、リアルの俺はごくごく平凡な日本人男子だけどな。

今年の春大学に受からなかった俺は浪人生をやってるだけで、決してニートではない。

受験生時代アキも一緒に夜な夜なゲームをしていたはずなのに、一人だけ大学に受かるなんて理不尽な話だ。

今は息抜きにゲームをしていたが、ちゃんと勉強だってしているんだぞ。

蒼太そうたは東京の大学狙いだっけかぁ~ワシもキャンパスライフというものは憧れるなぁ。」

のんびりした口調でカゲが言う。カゲはこのまま島で漁師として生きていくだろうからなぁ。

「まぁでも、今からでも親父さんに言えば大学くらい行かせてくれるんじゃないか?」

「えー、影兄かげにぃまで出ていっちゃったら寂しいよ。ずっと島にいていいよ!」

どちらかといえば実兄のアキよりカゲに懐いてるコウが言う。

コウは今はそう言うけど、自分も大人になったら島を出て行くんじゃないのかな。

「東京はいいぞ!東京はここには無いキラキラしたものが何でもあるんだ。大学に合格したら俺、彼女と毎日夢の国に遊びに行くんだ…」

蒼兄そうにぃ彼女いたっけ?」

「いない。あと夢の国は千葉だ。」

アキコウ兄弟がいらんツッコミをしてくる。

「そういえば東京にJagd《ヤークト》のコンセプトカフェができたらしいよ!」

「ほほう、コンセプトカフェとな。」

コウはこういう楽しそうな情報をいち早く見つけてくるのが得意だ。

「URL送るー、すっごい楽しそうだよ。」

URLを開くと、Jagd《ヤークト》でお馴染みのモンスターやキャラクターがモチーフの料理やスイーツが並ぶキラキラしたホームページが目に飛び込んできた。

「へぇ、これはすごいな!」

「行きたいねぇ。」

「行きたいなぁ。」

だが島から東京までは旅費にして数万円、もちろん日帰りでは行けない距離だ。

「遠いなぁ。」

「遠いねぇ。」

現実の壁を前に俺達は打ちひしがれる。

「行けなければ作ってしまえばいいのでは?」

それだ!アキの提案に全員が食いついた。

「それはやるしかないなぁ。」

「よーし、やるか!」


そうと決まれば、あっという間に話は進んでいった。

連休にアキが帰ってくるというので、それを待ってJagd《ヤークト》カフェ会をやることに決まった。

開催場所は俺の家だ。連休初日、ちょうど両親と妹が船で島外の映画館に行く予定になっていて、家には俺一人になるからだ。

ホームページのキラキラしたメニューの写真を見つつ、一人一品気に入った料理を再現する。

どの料理にするのかは当日までのお楽しみということで、内容が被らないように担当だけ大まかに決めておくことにした。

厳正なるあみだくじで、俺が主食部門、アキが卵料理部門、カゲが魚介料理部門、コウが肉料理部門に決定した。

あぁ、当日が楽しみだなぁ!


そして連休初日。

チャイムが鳴って玄関に行くと、一番乗りでやって来たのはカゲだった。

「おはよ〜。」

「おっす!上がれよ!」

カゲはクーラーボックスと巨大な鍋を担いでやって来た。

釣りの得意なカゲのことだ、朝から釣って来たのかもしれないな。

蒼太そうた、もし良かったら、これ海岸で拾った綺麗な貝殻なんだが、あ、あおいさんに…」

筋肉バッキバキの巨漢のカゲだが、いきなりモジモジして俺に貝殻を手渡してきた。あおいさんとは俺の母親だが、カゲの初恋の人で今でも憧れの人である。

母は若い頃東京でモデルをしていて、今でも若々しく綺麗だと島で評判だ。

冴えない親父がどうやって母と結婚できたのか、俺の家の最大の謎である。

「おぅ、たぶん喜ぶよ。ありがとな。」

「そ、そうか!それなら良かった〜。」

カゲはパッと顔を明るくする。

家には『カゲちゃんに貰った大事なものBOX』が存在し、カゲの持ってきた綺麗な石だのガラス玉だのがたくさん入っていた。

「あっ、影兄かげにぃ早いね!僕一番だと思ったのになぁ。」

次に、エコバッグを両手にぶら下げたコウがやってきた。

カゲとは対照的に小柄なコウは、声も高く顔つきもまだまだ幼い。今年高校に進学したが、中学一年生と言っても通用しそうだ。

「あれ、アキは一緒じゃないのか?」

「兄貴は今日島に着くから、その足で来るってー。あ、お肉入れるから冷蔵庫貸してね。」

パタパタとコウが台所に向かって行く。

「わぁ~、すごいね!」

台所へ行く途中、居間に入った瞬間コウが歓声を上げる。

家族が出かけた後、俺は今日のイベント会場である居間にプリントアウトしたJagd《ヤークト》の画像やモンスターのフィギュアを飾ってそれらしい雰囲気を作っていたのだ。

部屋から持ってきたPCからはJagd《ヤークト》のムービーが流れている。

「へへっ、いい感じだろ?」

「うんうん、もう最高だよ!」

俺達が盛り上がっていると、ピンポーン、とチャイムが鳴った。

「おっ、アキが来たな!」

俺は出迎えるために玄関に向かう。

「アキ!遅いじゃない……」

扉を開け放った俺は途中で言葉を失った。そこに立ってたのは外国人のお兄さんだったからだ。

「え、誰?ハロー?」

「やぁ、蒼太そうたくん。三ヵ月ぶりだな。私がいなくて寂しくて泣いてたんじゃないか?」

その声は紛れもなくアキのものだった。

「はぁ?泣くわけねーだろ!」

一緒に高校に通っていた頃は、目を覆い隠すほどボサボサと伸びた黒髪に瓶底メガネだったアキだが、目の前にいるお兄さんはオレンジベージュのウェーブがかったマッシュヘアで、眼鏡はかけていない。

ジャケットをおしゃれに着こなしていて、何ていうか今風のイケメンだ。

何大学デビューしちゃってるの?こんなの俺達の知っているアキじゃない。

と思ったが…

「あ、兄貴おかえり〜。」

「おぅあき、元気にやってるか?」

俺以外はアキの変化を全く気にしてないようだった。

え?何で?俺だけ知らないドッキリ企画なの?

アキは居間の装飾をぐるっと見渡して言った。

「素晴らしい凝りようだ。さすがニ…いや中ニ…いや蒼太そうたくんだな。」

「アキ、来年は東京の可愛い彼女を連れてきてギャフンと言わせてやるからな。」

「それ蒼兄そうにぃがギャフンって言うやつじゃない?」

コウが笑って言う。

「じゃあアキに可愛い彼女がいるとでも?」

え、いないよな?部屋に籠ってゲームばっかしてるような奴だぞ。

だがアキはさらりと言った。

「いるよ。」

「ぎゃふ…!」

危ない危ない。俺はすんでのところで言い止まった。

それにしても、マジかよ?俺達は彼女いない歴イコール年齢の親友だったはずだろ??

俺は急にアキが遠い世界に行ってしまったように感じた。

打ちのめされる俺を尻目に、カゲとコウはアキの彼女に興味津々のようだ。

「え、マジで?写真ある?」

「ああ、見るか?」

アキはスマホを取り出す。俺達は輪になってそれを見た。

「これが可愛くて清楚で巨乳な俺の彼女、聖良せいらちゃんだ。」

スマホ画面には牛の乳がででん!と写っていた。

「大学には可愛い子はたくさんいるが、聖良せいらちゃんは色、張り、ツヤどれをとっても最高の私の推し乳だ。」

アキはホクホクと聖良せいらちゃんの乳について語りだす。

「そ、そういえばあきは将来牧場主になりたいんだったなぁ。」

「うむ。牛達の乳を合法的に触りたい放題という夢の職業だからな。」

この変態っぷりは、間違いなく俺達の知ってるアキだ。俺はほっと胸を撫で下ろす。

「じゃあ全員揃ったところで、まずはウェルカムドリンクからだ。」


「おぉ、そんなおしゃれなものが!」

みんなが期待に満ちた目で俺を見る。

「体力回復系最上級アイテムのエリクシアだ!」

「ホームページで見たよ!青いドリンクが魔法で赤に変わるやつ!!」

俺は用意しておいた青いシュワシュワした液体の入ったフラスコをテーブルの上にドンッと置く。

そしてもう1本、赤いシュワシュワした液体の入ったフラスコを取り出す。

「いいか、この青いドリンクに赤いドリンクを混ぜると…魔法で紫のドリンクになるんだ!」

「………………」

しばらくの間が空いた後、コウが口を開いた。

「いやいやいや?待って?青に赤を混ぜると紫って普通じゃない??魔法じゃなくない??」

「落ち着け紅葉もみじくん。蒼太そうたくんが青と赤を混ぜて紫ということを知ってることが奇跡の魔法みたいなものだ。」

「ちょっとそれ俺のこと馬鹿にし過ぎじゃない?いいか、俺のエリクシアはJagd《ヤークト》カフェよりすごいぞ!」

俺はもう1本、黄色いシュワシュワした液体の入ったフラスコをどやぁ!と取り出す。

「Jagd《ヤークト》カフェのエリクシアは青から赤に変わるやつだけだが、俺のエリクシアは緑やオレンジにも変えることができるんだ!」

「………………」

またしばらくの間が空いた後、アキがふぅ~っと息をついた。

「わかったわかった、蒼太そうたくんはすごい。ところでこのフラスコ達はどこから持ってきたんだ?」

「あ?これ高校行って借りてきた。」

「よく借りれたなぁ。」

「うん、山ちゃんにJagd《ヤークト》カフェ会やりたいから貸して!って言ったら快く貸してくれたぞ。」

山ちゃんは俺とアキ、カゲの担任だったおじいちゃん先生だ。今は俺達の卒業と入れ替わりで入学したコウの担任をしている。

「山ちゃん絶対意味わかってないよね。」

「何の実験で使ったやつなんだ…?」

「まぁ、細かいことは気にせず乾杯しようぜ!みんな好きな色のエリクシアにしてくれ。魔法でな!」

アキは赤いエリクシアが入ったフラスコを手に取ると、しげしげと見つめて言った。

「これ、色は何でつけたんだ?絵の具か?」

「なんでだよ!?かき氷のシロップをソーダで割ったんだよ!ちゃんとした飲み物!てかエリクシアだから!!」

「なるほどな。」

アキは3種類のエリクシアを空のフラスコにどばっと入れる。綺麗な色のエリクシアが瞬く間に濁った色になった。

「ちょ、何でウン…チョコレート色にしちゃってるの??」

「チョコレートなら別に何も問題なかろう。」

「いやまぁそれはそうなんだけど!これじゃ回復薬なのにお腹壊しそうだろ!」

俺とアキが言い争っていると、そのウン…いやチョコレート色のエリクシアをカゲがぐびっと飲み干して言った。

「あ、これコーラの味がしてうまいぞ!」

「本当かよ!?」


とりあえず乾杯を終えた俺達は、奇妙な古めかしい壺が置かれていることに気がついた。なんだか妙に生臭い…

「なぁ、その壺何?誰が持ってきたんだ?」

「ああ、これはワシのだ。」

カゲはそういうと、壺をドンと机の上に置いた。

カゲは巨大な鍋を持って来ていたから、その中に入っていたのかもしれないな。

禍々しい雰囲気の壺の中から、ぬるりとした何かがうねうねと出てくる。

「ひっ!?な、何だこれはぁぁぁ!!!???」

「これはワシが捕らえてきた…クラーケンだ!」

カゲはおもむろに手を壺に突っ込むと、中から巨大なタコを引きずり出した。

さ、さすが漁師の息子だぜ。

「ワシが作るのはクラーケンのブルーオーシャンスープだ!」

「おおお!」

クラーケンのブルーオーシャンスープは青く澄んだ海のような美しいスープで、SNS映えするとのことでJagd《ヤークト》カフェの一二を争う人気のメニューだ。

盛り上がる俺達だったが、何故かカゲは苦痛に満ちた顔で言った。

「ワシの邪竜を封印せし右腕が疼いておるわ…」

見るとタコがカゲの右腕にうねうねと巻きついていた。これは結構痛いらしい。

「ここで力を開放するわけにはいかぬ…蒼太そうたよ、台所を借りるぞ。」

「カゲ、おまえの右腕の力なら必ずクラーケンに打ち勝てるはずだ。けっぱれ!」

イイ顔で親指をぐっと立てて頷くと、カゲは台所の方へ消えていった。と言っても居間の奥まったところに台所はあるので、姿は見えているのだが。

「フゥゥゥゥウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンン!」

カゲはベリベリッと右腕からタコを引き剥がし、包丁で胴体と脚の間を狙ってガスッと一突きにする。

「ふぅ…長く苦しい戦いであった。」

「よくやったぞカゲ!おまえこそ真のクラーケンスレイヤーだ!」

わいわいと俺達はカゲを讃えた。カゲの右腕には英雄の勲章のようにタコの吸盤跡が赤く点々と残されている。

「そしてクラーケンの手下のダンクレオステウス共も討伐しておいたぞ!」

「おおお!」

クーラーボックスから取り出されたのは、アブラコやホッケなどの魚達だ。

「まずは水にゼータング草を入れてダシを取るぞ。」

カゲは巨大な鍋に水と昆布を入れて火にかける。

昆布は海で拾ってきたものだろうから、実質材料費はかかっていないということか。やるな!

そしてカゲは釣ってきた魚のウロコとワタを手慣れた感じで取り除くと、そのまま鍋にドボン!と投入した。

「ご、豪快だなぁ!」

おとこの料理だ。」

次にタコを塩もみしてぬめりを取る。こちらも慣れた手つきだ。

タコもワタ部分を取り除いて綺麗に洗った後、そのまま鍋にドボン!と投入した。

おしゃれで洋風な感じのクラーケンのブルーオーシャンスープとはなんだかちょっと…すごく違う代物になってきた気がする。

「ねぇねぇ、クラーケンのブルーオーシャンスープって綺麗な青い色をしてるけどこの後どうするの?」

コウがカゲに訊く。俺もちょうどそこが気になっていたところだ。

「ふふふ…これだ!」

カゲが取り出した箱には、毎日元気な青汁と書かれていた。

「親父が愛用している青汁をこっそり持ってきたぞ!」

実質0円…い、いや論点はそこじゃない!!

「これを投入すれば青くなるぞ!」

「い、いやそれは青というか緑…う、うわぁぁぁぁぁやめろぉぉぉぉぉ!!!!」

「ぎゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

カゲは緑の粉末をドバドバと鍋の中に投入した。結果…

「うむ…おかしいな。」

鍋はブルーオーシャンではなく、アオコで一面緑になった淀んだ池のようになっていた…

「いやいやいや、おかしくないよ??やったことに対する当然の結果だよね???」

「落ち着け紅葉もみじくん。影虎かげとらくんの知能指数は蒼太そうたくんに勝るとも劣らない、脳まで筋肉というやつなんだ。」

「おいこら、何で俺を引き合いに出してんだよ。」

カゲはしょんぼりした顔で俺を見た。

蒼太そうたが作ったエリクシアの青いやつ…借りればよかったなぁ。」

「いや、それはそれで食べたくないから。」

緑の池の中でそのままの形のタコと魚がぐつぐつと煮立ってる。

まるで地獄絵図のような鍋としょんぼりしてるカゲを見て、俺はある一つの決断を下した。

「よし、ルールを一つ追加する。出された料理はどんなものであっても完食する。俺達の友情のために。」

「僕達の命はどうなるの…?」

「とりあえず記念写真を撮っておこうぜ!SNS映え…はともかく今日の記念として!さぁ笑顔笑顔!」 

パシャリ!

俺達は地獄のクラーケン鍋を囲んで記念撮影をした。笑顔はちょっぴり引きつっていたかもしれない。

さて…この後は実食タイムである!

料理用ハサミでタコと魚を切り分けて皿に盛り、その上に緑の汁をドバーッとかける。

おそるおそる口にする俺達。

「こ、これは…!」

「意外とイケる!?」

「見た目はドブのようだが、素材の良さがそれをカバーしているな!海鮮ダシの旨味が良く出ていて、青汁の苦味はあまり気にならないぞ。」

「うん、何だか健康になれそうな気がしてきたよ!」

カゲはほっとしたように笑顔で言った。

「そうか、そうか!隠し味にゼーグルケを入れておいたのが良かったかもしれんな!」

「ゼーグル…ケ?」

俺が鍋に突っ込んだ箸の先には、緑の液体を纏ったでろ~んとしたナマコがそのままの姿でつまみ上げられていた。

「闇鍋かよ!!」


「いやぁ、食った食った!」

「魚介食ったら肉食いたくなってきたなー。」

「おっ、もうメインディッシュ行っちゃう?」

「よし!じゃあ僕の出番だね!」

肉料理担当のコウが、持ってきた肉を取りに冷蔵庫に向かう。

「僕が作るのは漆黒龍フェアツヴァイフルンクのトマホークステーキだよ!」

「おおお!!!」

漆黒龍フェアツヴァイフルンクはドラゴン族の四天王の一角で、トップクラスのプレイヤーでも苦戦するほどの強敵だ。

モデリングも禍々しく雄々しくめちゃくちゃカッコいい。

俺もフィギュアを持っていて、今日の会を見守るようにウォールシェルフの上に鎮座している。

Jagd《ヤークト》カフェのトマホークステーキは実に重量1kgの巨大ステーキで、討伐にはパーティー必須と言われている。

男子なら一度は食べてみたいナンバーワンメニューだ。

紅葉もみじくんの手料理を食べれる日が来るなんて、感無量だ。」

兄バカのアキだけは別の意味で盛り上がっているようだ。

「スーパーにはトマホークステーキを作れそうな巨大な骨つき肉っていうのが無くてね、代わりにこれで作るよ!」

コウがドサドサと出してきたのは、1kg分のミンチ肉のパックだった。

「なるほど、このミンチ肉を整形してステーキにするって作戦だな!」

紅葉もみじくんは私に似て賢いな。」

「いや普通に誰もが思いつくと思うんだけど。じゃあ台所を借りるね!」

コウが台所に消えた後、俺はアキにこっそり聞いた。

「なぁ、コウって料理できるの?」

「いや、見たことはない。家庭科の調理実習でやってるくらいじゃないか?」

俺はアキとカゲのグループでやった調理実習の授業を思い出した。

俺達の班だけ謎の物体エックスが出来上がり、それを食った俺達は…俺はそこで思い出すのをやめた。

コウはミンチ肉1kgを全部フライパンの中にドバッと開けた。

「え、いきなりフライパンに開けちゃう?」

「だってボウルに入れたら洗い物増えて大変でしょ?」

なるほど、合理的だ。

「タマネギとかパン粉とか入れねーの?」

蒼兄そうにぃ何言ってるの?僕が作るのはハンバーグじゃなくて肉だよ肉。オール肉なの!」

華奢な容姿のコウだが言ってることは男前だ。カゲと同じ脳筋系かもしれない。

まぁでも、さっきの地獄のクラーケン池に比べたら全然マシなものが出てくるだろう。肉が食えるっていうだけでテンションは上がる。

コウはフライパンの上で肉をこねくり回して形をそれっぽく整え、火を付ける。ジュウッという肉の焼ける音と同時にいい匂いが部屋中に広がった。

「あー…これうまく引っくり返らないなぁー…まぁいいか。」

流石に肉の量が多すぎたのか、四苦八苦してるらしい。何だか焦げた匂いがしてきたが大丈夫だろうか?

「こんがり焼けたよー!あ、これお皿に移すの大変そうだからフライパンのままそっちに持っていくね。」

そしてテーブルの上にドン!と置かれたフライパンの上には…何だこれは…肉、なのか??

アキが俺の耳元で囁いた。

蒼太そうたくん、さっきのルールは生きてるな?出された料理はどんなものであっても完食する。」

「お、おぅ…」

「弟を傷つけるものは何人たりとも許さない。私はこの料理を完食するぞ!例え何が起きようとも!」

アキは使命感に燃えているようだ。俺はもう一度フライパンの上の物体を見た。

ボロボロに崩れた肉は真っ黒で、フライパンの上に滲み出た肉汁も真っ黒で毒々しい色をしている。何だよこの暗黒物質は…

暗黒物質の上には血糊のようなものがぶち撒けられていて、陰惨な雰囲気が醸し出されている。軽くホラーだ。

そして、トマホークステーキの骨部分を再現しようと思ったのか、犬の骨ガムがその黒い物体に刺さっていた…

さっきの地獄鍋といい、この地獄シリーズ続いちゃうの??

「さぁ、食べて食べてー!」

曇りのない笑顔でコウが言う。わ、わかった。俺達三人はみんなコウのお兄ちゃんみたいなものだからな…

とりあえずは記念撮影からだ。コウ以外の笑顔はまたもや引きつっている。

それでは実食…俺は意を決して、その黒い物体を口に運んだ。

「こ、これは…!」

「意外にも食べられる肉だ…!」

俺達は感涙した。ちゃんとした肉が食えるということに。

「少し焦げ部分はあるが普通にうまいな!じゃあ、この黒い汁は何…??」

「あー、これね!影兄かげにぃのクラーケンの墨!なげてあったから使わせてもらったんだー!漆黒龍っぽいでしょ?」

「この血…いや赤いソースも爽やかな酸味で肉に良く合っているな!」

「あ、それは家で採れたラズベリーで作ったソースだよ!」

「なるほどなるほど、これなら1kgでも一人で完食できそ…ウッ」

バクバク食べていたカゲの動きが止まった。

「あっ…!」

中の方まで食べ進むと肉は生焼け状態だった。肉が大きすぎて中まで火が通らなかったようだ。

「大丈夫だ、問題ない。私は全部食べるぞ。」

「おいカゲ、アキを止めろ!!こいつ死ぬぞ!!!」


アキが生肉を食べるのを何とか阻止し、肉を焼き直して俺達は漆黒龍フェアツヴァイフルンクのデスステーキを完食した。

あとは主食と卵料理だが、卵はデザートみたいなものだとカゲが言うので次は俺が主食を作ることになった。

蒼太そうたは何を作るんだ?」

「俺は…これだ!妖精郷フェーンドルフのフラワーガーデンパスタだ。」

妖精郷フェーンドルフのフラワーガーデンパスタは、ミモザパスタの上に色とりどりの花があしらわれていて、SNS映え間違い無しの一品だ。

前二作品の見た目があまりにもあれだったので、ここでいい写真を残しておきたいところだな。

「随分ファンシーなのを選んだな、女子が好きそうだ。」

残念ながらここに女子はいないけど…俺、来年東京で彼女ができたら、これを作って喜んでもらうんだ。

「よし、じゃあ作るぜ!」

まずはパスタを茹でる。パスタは妹のお気に入りのハートや星型のカラフルなやつを拝借させていただいた。

これでJagd《ヤークト》カフェのフラワーガーデンパスタよりも可愛さ度がアップしたぞ。

蒼兄そうにぃって意外と可愛いものが好きだよね。」

「ああ、昔から使ってる文房具はハローパピーちゃんやちょこちょこマカロンちゃんシリーズで統一されてたなぁ。」

別にいいだろ!ハローパピーちゃんやちょこちょこマカロンちゃんが好きでも!

パスタを茹であげ皿に移す。これは母が大事にしている何かの可愛い皿だ。

そして次にミモザ的なものをパスタにまぶす。

「あっ、それはまさか…」

「そのまさかだ。これは俺の大好物、おいしい棒だ!しかも三種の神器、コーンポタージュ味、バーベキュー味、明太子味だぜ!」

おいしい棒とは、子供のお小遣いでも買える人気のスナック菓子だ。味の種類も豊富にある。

そのおいしい棒を砕いてミモザ的にしてみたんだ。このアレンジがおいしくないわけがない。

「なんだか小学生の作る料理みたいだね。」

「うむ…」

そして次においしい棒のミモザパスタの上に白と紫の花を飾る。

「エディブルフラワーというやつだな。しかしそんなおしゃれなものがよく島で手に入ったな。」

「エディ…?何だそれ。これは道端で摘んできた花だ。」

「「「えっ!!??」」」

三人が仲良くハモって言う。

「おまえらなんて顔してるんだよ。ちゃんと洗ってあるから大丈夫だって。」

「いやいやいや、洗ったかどうかじゃなくて、その花は食べて大丈夫なやつなの?」

「大丈夫だろ?俺昔から腹減った時に食ってたし。」

「うさぎかよ!」

あ、もしかしてみんな花とか野菜とか苦手系なのかな?

「大丈夫。マヨネーズかけたら大体うまく食えるから。」

俺はマヨネーズをケーキに飾るクリームのように絞り出していく。

「完成だ!見ろよ、Jagd《ヤークト》カフェのより可愛くね?」

「お、おぅ。」

パシャリ!

めちゃめちゃいい写真が撮れた!

他三人の顔は何だか気まずそうにしているけど何でだろう?

「じゃあ早速食おうぜー!」

「う、うん。」

うまい!見た目も良くて味もいい。俺もしかして将来料理人に向いてるかもしれない。

「わぁー…おいしい棒おいしい~僕明太子味好きー。」

「マヨネーズもコクがあってまろやかな中に酸味が効いてておいしいなぁ~。」


楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていき、残すは卵料理枠だけとなった。

「ふっ、ついに私の出番か。」

眼鏡はしていないが眼鏡に手を当てるポーズで、カッコつけたアキが言った。いきなり張り切りだしたぞ。

アキはピクニックにでも行くのかというようなバスケットをテーブルの上に置いた。バスケットの蓋を開けるとそこには巨大な卵がゴロンと入っていた。

「でか!!」

「私が作るのは白銀の翼フレスベルグの卵のオムレツだ。」

「これって、ダチョウの卵??こんなものどこで手に入れたんだ?」

「大学にあるダチョウの飼育施設の中に落ちているのを拾ってきた。」

アキはしれっとして言う。

アキは畜産関連の大学に進学したので、大学には牛や豚もいるしダチョウもいるんだろう。だけど落ちてるっていうか、それは正しい場所に産み落とされたものじゃないんだろうか?

「それ勝手に持ってきて怒られないの?」

「私は学生で大学にお金を払っているし、ダチョウは大学のものだから実質私がお金で買ったと言って過言ではない。」

謎理論でアキは自分の正当性を主張した。

「今日はチーズオムレツにしてみようと思う。これは大学で作っているチーズとミルクだ。」

「おまえそれも拾ってきたんじゃないだろうな…」

「流石に落ちてはいなかったな。これは賞味期限切れで廃棄になるところを貰ってきたものだ。」

アキ以外の三人の顔が青ざめる。

「それ腹を壊すことない?」

「なに、火を通すから問題はないだろう。そういえば、大学で育てているコーンを畑から拾って食べてみたんだが、あれは人の食べるものではないな。牛はあれを食べて我々にミルクを与えてくださる、まさに女神だよ。」

俺はどこを突っ込めばいいのかわからなかったよ。

「じゃあ作るぞ。台所を借りる。」

そう言うとアキはまず卵を割るために、両手で卵を持つとシンクの角にガンガンと打ち付けた。だが、卵にはヒビ一つ入らない。

「なん…だと!?この私の力が通用しないとは…」

しばらく卵と戦っていたアキは、肩で息をしながらカゲに言った。

影虎かげとらくん、頼む。これはかなりの強敵のようだ。」

「おぅ、任せろ!」

アキが卵を動かないように抑え、カゲがゲンコツを振り下ろす。

「せいやぁぁぁぁぁ!!!!」

ドボゴォ!とカゲの拳は一撃で卵を砕いた。

「うわぁぁぁ、卵が!!卵がぁぁぁぁ!!」

砕かれた卵から白身と黄身が作業台の上に溢れ出し、アキは慌ててそれらを何とかボウルの中にかき集める。

「え、それ食うの?」

「火を通すから問題ない。」

その火を通せば大丈夫理論何なの?

アキはボウルに回収した卵から殻を丁寧に取り除く。

「卵にミルクと塩、胡椒を加えてよく混ぜるぞ。」

菜箸で大量の卵液を混ぜていたアキは、あっという間に力尽きた。

「ハァ、ハァ、な、なかなか混じらないな。影虎かげとらくん、後は頼んだ。」

もやしっ子過ぎるだろ。

「おぅ、任せろ!」

カゲがババババッとすごい勢いで混ぜると、あっという間にいい感じの卵液が出来上がった。

「それでは次にフライパンにバターを溶かし、卵液を流し入れるぞ。」

バターが溶ける匂いがふわっと広がり、流し込んだ卵液がじゅわっと音を立てる。

お腹は結構満たされているが、これは食欲をかきたてられるぞ。

「フライパンをトントンしながら半熟にしていくぞ。」

アキはフライパンをトントンして揺らそうとするが、大量の卵液が入っているのでフライパンがびくとも動かない。

「ハァ、ハァ、何たる重さだ。か、影虎かげとらくん、よろしく頼むぞ。」

「おぅ、任せろ!」

ねぇこれ、作ってるのもうカゲじゃない?

「いい感じに半熟になってきたな!それじゃあチーズを投入して形を整えて…完成だ!」

「おおお!!!」

お皿の上に乗せられた輝く黄金色のチーズオムレツは素晴らしい完成度だった。

「これは…何という奇跡!!」

「よし、では最後の仕上げだ。」

アキは持ってきたカバンの中から、ごそごそとピンクのゴスロリメイド服と猫耳カチューシャを取り出した。

「ほう、島の外ではめんこい服が売っているんだなぁ。」

「ああ、私の一ヵ月分のアルバイト代が吹っ飛んだよ。」

そんなにお高いものなんだな。

「ていうか、何でそんなもの買ってるんだよ?」

「Jagd《ヤークト》カフェでは、クエスト受注NPCの猫耳ロリメイド、モモに扮したウェイトレスがケチャップをかけてくれるらしいぞ。きゅんきゅんにゃ~ん!って言いながらな。」

「それは素晴らし…じゃなくて誰がそれをやるんだよ!」

ここには男しかいないじゃないか。

「………………」

しばらくの沈黙の後、年長組三人の視線がコウに集まった。

「え!?な、何?僕やだよ??」

「だが紅葉もみじくん、他の奴が着たら大惨事だぞ。それに紅葉もみじくんなら、そこいらの女子より可愛く着こなせるだろう。さぁ!さぁ!!」

「やだって言ってるじゃん!このバカ兄貴!変態!!」

アキはコウに拒絶されて、とても悲しそうな顔になった。よかった、変態と言われて喜ぶほど変態ではなかったんだな。

だが、こんな悲しいアキの顔を見るのはいつぶりだろうか。

そう、あれは小学校の遠足の日、好きな先生の前で犬のウン…かりんとうを踏んづけた時以来だ。

あの頃はまだ女の人が好きだったのに、いつから牛の乳にしか興味が無くなってしまったんだろう?

それはともかく、友人が悲しむ姿を見るのは忍びない。ここは俺が…

「ワシが着よう。」

カゲも同じように思ったのか、ゴスロリメイド服を手に取った。

「なに、機会があればこういうめんこい服を着てみたいと思ってたのさ。」

パチリと俺達に向かってカゲはウィンクした。

カッコいいんだかそうじゃないんだか、もう意味がわからない。

カゲはふわふわフリルのゴスロリメイド服に袖を通した。

隆々とした上腕二頭筋に耐えきれず、服はビリビリと痛ましく破けていく。カゲは四苦八苦しながら、何とかメイド服を着ることに成功した。

「ふぅ、ようやく着れたぞ。」

カゲの巨大な体をピチピチのメイド服が包み込んでいる。メイド服は今にもはじけとびそうだ。

「どうだ?ワシ…めんこいか?」

俺達は誰も答えることができなかった。

今日の地獄絵図パートⅢじゃねーかよ。これなら俺が着た方がまだマシだったんじゃないだろうか。

「うんうん、すっごく似合うよ!!可愛いよ!!!」

一瞬の沈黙の後、コウが大絶賛した。カゲが犠牲になったことに罪悪感を感じたのかもしれない。

「ほら、蒼兄そうにぃ!写真!!」

「え?撮るの?」

「オムレツだけ撮らないほうがおかしいでしょ!!ほら笑顔笑顔!!」

コウはスマホにセルカレンズを取り付け、パシャッと撮った。

「それでは本日のファイナルイベント、猫耳ロリ…ろり…マッチョメイドのモモがオムレツにケチャップをかけてくれるぞ!」

「ご主人たまぁ、きゅんきゅんにゃ~ん♡こ、こんな感じか…?」

カゲが恥じらって頬を染めながら野太い声で言う。

ケチャップが勢いあまってぶちゅぶちゅぶちゅ!と絞り出される。

「おいカゲ!何でウン…ソフトクリーム描いてんだよ!」

「すまん。ハートのつもりだったが手が震えてしまってなぁ。」

「せっかくだから、このオムレツをモモがご主人様に食べさせてあげるというのはどうだ?Jagd《ヤークト》カフェの上を行くサービスだぞ。」

アキが閃いた!というように提案する。

「どんな罰ゲームだよ。」

「わ、わかった。ご主人たまぁ、はい、あ〜ん♡」

カゲがスプーンにオムレツを掬って俺の口まで運んでくる。

その時だった。

俺達以外誰もいないはずなのに、パタン!と唐突に居間の扉が開かれた。

「ただいまぁ。そうちゃんがごはん食べてるか心配で先に帰ってきちゃったわ。お勉強は捗っているかしら?」

「げっ、母ちゃん!?」

そこには出かけていたはずの母が立っていた。

俺達は全員その場で固まった。

「あらあらあら、まぁまぁまぁ。お邪魔だったかしら?うふふ。」

母は一瞬ぽかんとしたが、すぐに平静を取り戻すと、そっと扉を閉じた。

こうして俺達のJagd《ヤークト》カフェ会は幕を閉じたのだった。


「カゲ、斬撃来るぞ!ガード!」

「お、おぅ。」

カゲが盾で攻撃を防ごうとするが、間に合わない!

闇沼の王、巨人グレンデルの持つ錆びた大剣がカゲに向かって振り下ろされる。見た目はボロボロの剣だが攻撃力は高く、直撃したら重戦士のカゲでも一撃で倒れるだろう。

「水の精霊ウンディーネよ、我が呼び声に来たりて動きを縛れ!ミストバインド!」

それを見たアキが精霊を召喚し、グレンデルの動きを鈍らせる。

「任せて!千紫万紅!」

コウが抜刀し逆袈裟に切り上げ、カゲに迫る腕を切断した。

「ナイスアシスト!カウンター行くぞ!」

俺の双剣がグレンデルの喉元を狙う。

「ハーモニック・コンコーダンス!!」

急所に連撃がクリティカルヒットし、巨人グレンデルは断末魔の咆哮と共に沼へと沈んでいった。

「おつかれ!イベント期間だけあって、お宝ザクザクだぜ!」

今日は武器強化の素材を求めて、みんなで狩りに来ていた。だが…

「ねぇねぇ、影兄かげにぃ何だか元気無くない?」

憧れのあおいさんにあの惨状を見られて、カゲは相当落ち込んでいた。

あの日あの後、カゲは魂が抜けてしまったように部屋の隅っこで頭を膝に埋めたまま動かなくなってしまったくらいだ。

「カゲ、大丈夫だ。おまえのあおいさんはあの後、カゲちゃん可愛かったわぁ、うふふ!って言ってたぞ。」

「そ、そうか!ならば良かった!」

パアァ、とカゲの声が明るくなる。良かった良かった。

でもこれでカゲが変な趣味に走ってしまったらどうしよう?

「そういえばねー、今度Jagd《ヤークト》の世界に入って実際にモンスターと戦う体験ができるっていうイベントをやるみたいなんだよ!」

「へぇ、それは面白そうだな!どこでやるんだ?」

「大阪にある映画のテーマパークだよ!」

大阪…東京より更に遠いじゃないか。

「行きたいねぇ。」

「行きたいなぁ。」

「じゃあ、やるしかないなぁ。」

「よーし、やるか!」

そして俺達は冒険の世界を現実にするため、再び奔走を始めるのであった。








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Island Boys chisa @c1215

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