第116話 再会


 昔は一人でくぐっていた門を二人で話しながら通り過ぎる。 

 それが、無性に嬉しくて、ついつい強く誠君に抱きついてしまうと、陽だまりのような優しい笑顔が返ってきた。



「ははっ。そんなことしてたら、またおばあさんに呆れられるんじゃないか?」


「それでいいよ。むしろ、前よりもっと、呆れさせなきゃね」



 夏の時にはあり得なかったはずのこの距離が、誠君の出してくれた答えなのだ。

 それに、そのことを、おばあちゃんもはっきりと口では言わないけど応援してくれている。


(…………もしそうじゃないなら、またおいでなんて、死んでも言わない人だもんね)


 認めてくれた。それが素直に嬉しい。 

 ダメだと言われても、譲るつもりなんてなかったけれど、やっぱりおばあちゃんのことも大好きだから。



「まぁ、お手柔らかに頼むよ」


「え?」


「お手柔らかに――」


「え?」


「……もう、好きにしてくれ」


「ふふっ。誠君といる時は、ずっと好きにしてるよ」


 

 私が、ありのまま、自分をさらけ出せる居場所。

 いつだって、『透は、どうしたい?』と、そう尋ねてくれる人のその横では、ついついわがままも言ってしまうけれど。



「そっか」


「……そうだよ」



 それでも、返ってくるのはいつだって包み込むような優しさで、だから毎日もっと好きになっていく。

 


「……そろそろ、中入るか」


「ふふっ。そうだね」



 そして、私は帰ってきた。

 自分が一番大事にしている場所に、今度も誠君と二人で。










◆◆◆◆◆








「ただいま、おばあちゃん」


「こんばんは。今回も、ご厄介になります」



 灯油ストーブの特有のにおいが満たす部屋の中。

 夕食の準備をしていたらしいその背中に声をかけると、僅かに頭が動き、視線が向けられる。



「厄介だと思うんなら、なるべく手間はかけさせないことだ」 


「ははっ、努力します。それと、スリッパもありがとうございました。すごく、温かいです」



 玄関に並べて置いてあった二つの冬用のスリッパ。

 一つは真新しくて、それが誰のために用意された物かは明らかだ。

 ある意味、その素直じゃない言動と、態度が、おばあちゃんらしいのだろうとは思うけれど。

 


「そうかい。そりゃ、よかったね」


「はい。それと、雪かきでもなんでも、もしできることがあったら言ってください」


「……まぁ、いい心がけさね」


「ありがとうございます」



 どことなく苦笑するような笑みを見せ合う二人は、私が思っている以上にお互いの人となりを理解しているのだろうか。

 おばあちゃんは、やがてこちらに背を向けると、いつになく穏やかな口調で一言だけこちらに言葉を投げかけてくる。



「でもね……あんたは、ただ、自分にしかできないことをすればいい。己の領分は、ちゃんとわかっているだろう?」



 要領を得ない漠然とした言葉。

 どういうことだろうかと首を傾げる私に、しかし、誠君は何か思い当たるようなことがあったのだろう。

 深呼吸をするように長く息を吐いた後、強く頷き返すのが見えた。

 


「………………はい」


「なら、十分さ。及第点よりかは、ちょっとマシになったみたいだしね」



 その後に続く会話はなく、ただただ小気味の良い包丁の音が響く。

 恐らく、話は終わりだと、そういうことなのだろう。 

 でも、なんだか、私だけが置いてけぼりになってしまったようで少し寂しくなってしまった。



「今のって、どういう意味?」


「……………………まぁ、追試みたいなもんかな」


「追試?なんの?」

 

「内緒だ」 


「えー」



 少し照れたように顔を背けようとする誠君の顔を覗き込むようにグルグルと回って追いかける。

 普段はこちらが恥ずかしがるようなことをポンポンと言ってくるくせに、何故か、変なところで照れを見せるのだ、この人は。



「ねぇねぇ、教えてよー」


「……また、今度な」


「今度っていつ?」


「少なくとも、他の人がいるところでは嫌だ」


「じゃあ、二人きりならいいってこと?」



 広いとはいえ、そういった意図では作られていない台所。

 私達がああだこうだと言い合いながら歩き回っていると、さすがに邪魔だと思ったのだろう。

 ふと、おばあちゃんが怖い顔をしてこちらを睨みつけていることに気づいた。 



「あは、はは。あっち、行こっか誠君」


「あー、っと。そうだな。埃も立つし」



 爆発のほんの少し手前。

 経験則からそれを感じた私が、機嫌を窺う様な笑みを浮かべながら手を引くと、若干引き攣った顔の誠君が素直についてくる。

 


「……………………はぁ。あんた達は、まったく」


 

 しかし、どうやら、今日は機嫌がよかったようだ。

 今にも落ちそうだった雷は鳴りを潜め、しょうがないというようなため息に変わっていった。



「…………まぁ、なんだ。ゆっくりしていきな」



 そして、私達のお正月はこうやって始まった。

 なんだか、昔からそうしてきたみたいに、落ち着いていて。

 それでいて、毎日起きるのが楽しくなるような、そんな高揚感とともに。









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