第103話 私は、俺は、ここにいる
映画の後、寄りかかってどこうとしない透に付き合って、取り留めも無い話をポツリポツリとし続けていると、それなりに時間が経ってしまっていることに気づいた。
「もう、こんな時間か。なんか、あっという間に過ぎてくな」
「………………もう、帰っちゃうの?」
時間的には、夕食がいるかいらないかを母さんに伝える瀬戸際だろう。
正直、どちらでもいいといえばそうなのだが、明日も会うということを考えれば、透の負担にならないよう帰った方がよい気もしてくる。
「んー……明日も会うからな。透は、別にまだいても気にならないか?」
「…………私は、泊まってくれても問題はないよ」
「いや、さすがにそれは怒られるからやめておく」
「えー」
もしそうなれば、親父はまだしも、母さんはあまりいい顔をしないだろう。
それでも、自分達で決めたことだというならば、限度を超えない限り許してくれるとは思うが。
(……いや。ただ俺が嫌なだけか。せめて、筋だけは通してからにしたい)
最低でも、おばあさんに直接話をして、納得してもらわなければ嫌だ。
あの人がどれだけ、透を大事にしているか、それを知っていて生半可なことをするなんてことは俺にはできない。
(……両親のいない子供を、ここまで真っ直ぐ育てるということは、どれだけ大変なんだろう)
たとえ遥さんがいたにしても、家に帰れば二人きりだ。
たくさんのことに悩んできただろうし、性格を考えるに誰にも言わずにそれをやり遂げてきたことは想像に難くない。
なら、俺は手間暇かけて守り続けられたその宝物を、預かっているのだということを忘れるわけにはいかなかった。
「…………でも、夜飯は一緒に食べるか」
「やったっ!何食べたい?」
「透は?」
「んー、誠君」
「はいはい」
そう言ってじゃれついてくる透にされるがままにして、何を食べたいか考える。
とはいえ、ほとんど動いていないこともあって、それほどお腹が減っているというわけでもなかった。
(俺がそうなら、透はもっとかもな)
燃費の悪い自分ですらそうなのだ。
あまり食べる方ではない透がお腹を空かしているとは考えづらい。
(………………だったら簡単だし、量も選べるし、乾麺系か?)
一昨日食べたそうめんを除くなら、パスタとかだろうか。
そう思い、一度聞いてみることにする。
「パスタとかはどうだ?」
「うん、いいけど。出来合いのものでいいならソースもあった気がするし」
「じゃあ、パスタで決まりだな」
「…………ちなみに、パスタに決めた理由は?」
下から覗き込まれる上目遣いの瞳。
僅かに上気したその頬に、なんとなく言って欲しいことが伝わってくる。
(これは、また透のお気に入りリストが増えたってことか)
半分こ、いい塩梅……。
それらと似たような分類に括られてしまったのは恐らく間違いがないだろう。
まぁ、それならそれで、悪いことではないのだが。
(……早希とか親父のいるところで聞かれるのは嫌だな。絶対、面倒くさいことになるし)
家の中では気をつけようと、そんなことを頭の片隅に思う。
「それだけ、一緒にいられるから…………ってことでどうでしょう?」
「うむ、よろしい」
「ははっ。ありがとう」
どうやら、正解したご褒美は、頭突きだったらしい。
擦り付けられるようにして何度もぶつかってくるそれは、痛くはないものの少しだけくすぐったい。
というより、こうも頻度高くそれをされると、本当に剥げてしまわないかと心配になってしまう。
「それ、ほんと禿げるから気をつけろよ?」
「………………マーキングだから、これ」
「……はぁ。してどうするんだよ、そんなの」
「つまり、誠君は私のもの。そういうことです」
そこまで疑われる様な事をした覚えはないが、何か気になるところでもあったのだろうか。
いや、もしかしたらそれはあまり関係ないのかもしれない。
恐らくこれは、透の性格だ。
(…………別に、透以外を好きになることなんて、無い気がするけどな)
不確定な未来に、そう言い切れるだけの根拠を示せてと言われても無理だが、確信はある。
そもそも、何度か告白されたことはあったが、一番最初に来る感情が、面倒くさいだったのだ。
こんな気持ちを抱いたことすら、最初は驚いたくらいだった。
「まぁ、いいんだけどさ。俺は、透以外を好きになることはないと思うよ」
「っ……………………」
髪を漉くようにして、その頭を撫でると、一瞬びくっと反応した透の頭頂部が角度を変え始め、やがて近すぎるほどの距離まで顔を近づけてきた。
「……………………キス、していい?」
「へ?あっ…………」
こちらが答える間もなく、触れた感触。
二度目となるそれは、いつになく甘い香りを漂わせていて、頭がくらくらとするような気さえしてくる。
「ふふっ。変な顔」
「…………元からだよ」
「あははっ。そういう意味じゃないってば」
肩に乗せられた頭、背中に回された腕、煩いくらいに鳴る互いの鼓動。
「…………私、誠君に会えて本当によかった」
「…………俺もだよ」
そして、俺達はもう一度唇を触れあわせた。
そっと、それでいて強く。
まるで、お互いの存在を、確かめ合うように。
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