第91話 囲んだ食卓

 全員が席につくと、同じタイミングで手を合わせる。



「「いただきます」」



 色付きのそうめんを取り合う早希ちゃんと誠君のお父さんに対し、瑛里華さんと誠君は静かに食事を進めていて、相変わらずだなと思わず苦笑してしまった。



「あっ、そういえば二人はどこかデート行かないの?」


「それそれ!聞きたかったっ!」


「え、いや、あの」


 

 麺を啜っていたかと思えば、急に方向転換をしてこちらに詰め寄ってくる二人に思わずしどろもどろにしか返せない。

 そして、助けを求めるように誠君の方を見ると、彼は少し考えた後口を開いた。



「特に行きたいところがないなら…………最近できた、ブックカフェとかはどうだ?」


「ブックカフェ?」


「ああ。名前の通り、本の読めるカフェだな」

 

 

 中学を卒業してから、――いや、茜ちゃんと伊織ちゃんと会えなくなってから、あまり休日に何処かに行くことはしなくなった。

 だから、そういった情報を集めることもなくなったし、そんな場所が出来ていることすら知らなかった。


 でも、誠君も流行りものとか、新しいものにそれほど興味はないと思っていたけど違ったのだろうか。



「あーっ!それ私が貸した本に載ってたやつでしょ」


「そうだな。助かったよ」


「ふーん。珍しいと思ったら、やっぱりそういうことだったんだ!ひゅーひゅー、お熱いね~」



 ニタニタというのが相応しいような表情を浮かべながら、早希ちゃんが誠君の脇を小突いている。

 彼は、それをうっとうしそうに払いのけながらも、特に言い返すつもりはないようだった。


 

「どうだ?ちょっと行ってみたいんだが」



 その言葉に、相変わらず、優しい人だと、素敵な人だと胸が温かくなる。

 きっと、その場所を決めたのは、私が本が好きで、興味を惹かれるのがわかっているからだろう。


 それに、あくまで自分を主体にして、私に気を遣わせないようにしているのが、心なんて読まなくても手に取るようにわかってしまった。

 


「……………………うん。私も行きたい」


「そうか」



 わずかに感じる安堵した雰囲気に、愛おしさがこみ上げてくる。

 何よりも、私を優先してくれているのが、大事にしてくれているのが伝わってくるから。



「いいねーラブラブで。なぁ、母さん?」


「…………あんまり、揶揄っちゃダメよ?」

 


 自分の世界に入り込みそうになった瞬間、聞こえてきた声に我に返る。

 そして、タガが外れようとしていた理性に、思わず恥ずかしさがこみ上げ、唇を噛みしめた。



「でも、やっぱりデートと言えば待ち合わせからだよね~。漫画でもそう決まってるし」


「さすがは我が娘!わかっているじゃないか。あの待った、今来たとこの掛け合いが最高なんだよなー」



 勝手に盛り上がっていく二人に、瑛里華さんと誠君は我関せずといったように無視を続けている。

 しかし、彼らにとってもターゲットはあくまで私のようで、その爛爛と輝く瞳に捉えられてしまった。

 


「「透ちゃんは、そういうのに憧れはない?」」



 でも、不思議なことに、そこには強引さは一切ない。

 あくまで私の気持ちを問いかける、そんな優しさが垣間見えて少しも嫌な気持ちになることはなかった。



「…………ある、かもしれないですね」



 それが普通のものとは違っても、別に気にしなくてもいいと今ではわかっている。

 けれど、確かにそれには心が惹かれてしまう。

 

 まるでカップルのような、その掛け合いには、強く。



「「だってさ?」」



 揶揄うような視線が誠君の方を向くも、彼は少しも照れた様子もなく、静かに頷いた。

 


「透が、それをしたいなら」



 迷いのない一言に、こちらの方が逆に照れてきてしまう。

 こんなところまで発揮される、そのブレない芯の真っ直ぐさに、高鳴る鼓動を抑えることができない。

 私がすごく好きな、そんな部分だから、余計に。



「………………ありがとう」


「気にしなくていい。透が幸せなら、それだけで俺は嬉しいよ」



 優しい笑みに、また頭がぼーっとしていくのを、足をつねって無理やり引き戻す。


 これ以上はさすがに限界だ。

 二人の時ならまだしも、今は自分の気持ちを抑えなければいけないので、私は戦略撤退を選ぶほかない。



「そっ、そういえば!早希ちゃんは宿題やったの!?まだだったら手伝うけど」


「え!?ほんとっ!?やった!」


「答えは教えられないから、ヒントまでだけどね?」


「ううん。それで十分!透ちゃん、すごい頭いいってお兄ちゃん言ってたし」

 


 全く脈絡なく出された会話に瑛里華さんが苦笑しているのが横目に見える。

 それでも、彼女は何も言うつもりは無いようで、むしろ話題を変えるのに協力してくれるようだった。



「そうね。もしよかったら見てあげてくれる?あくまで、自分に考えさせる方向で」


「はいっ!」



 そして、私は満面の笑みでそう返事をする。


 私のことを分かってくれる人たちがいる。

 輪の中に入れてくれる人たちがいる。


 それが何よりも、嬉しかったから。

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