第43話 気難しい人
しばらくバスに揺られた後、聞いていた七つ目のバス停に着くと二人で降りる。
まだ日が長いとはいえ、既に周りは茜色に染まり、一日の終わりを感じさせていた。
「ほら、あそこにあるのが私の家だよ」
透が指した先には、立派な瓦屋根の家が建っていた。
風景と調和したとてもいい雰囲気の家ではあるが、周りと比較してもかなり大きく、なかなかの存在感を放っている。
「立派な家だな。地主さんとかなのか?」
「地主とかではないけど、ご先祖様を辿ってくと昔はそれなりの武家だったらしいよ」
「なるほどなー。あんまり縁がない話だけど、やっぱり世の中にはそういう家もあるんだな」
「まぁ、私もほとんど知らないんだけどね」
母さんは透の家族構成を聞いてから経済的に大丈夫なのかと気にしていたが、あれだけ立派な家を持ってるくらいなら問題なんて無いのかもしれない。
最悪、一人暮らしの部屋を引き払って住まわせてもいいとは言っていたんだが。
「そうなのか?でも、あれなら一人暮らしさせる余裕もありそうだから少し安心したよ」
「あははっ、そんなこと心配してんだ。でも、大丈夫。あのアパートも親戚が経営しててそれなりに安くしてもらってるから」
「そりゃすごい。華麗なる一族ってやつか」
「そんなにいいものじゃ無いよ?…………それに、私を引き取る時もそうだったみたいだけど、親戚間でもいろいろと見えてくるものがあるんだよね。お金が絡むと特に」
緩やかな坂を二人で話しながら歩く。
経済的に余裕がありそうなことはよかったが、どうやら、それはそれで問題もあるらしい。
あまりそこまでは考えていなかったので、考えが浅かったことに若干反省する。
「ごめんな?変なこと言って。そこまで考えてなかった」
「ふふっ。ぜんぜんいいよ、誠君のことならたぶん何でも許しちゃうから。あ、でも、ほら、あれはダメだからね?」
「あれ?」
「ほら、あの、誠君の家に行った時のあれ」
「ん?どれ?」
「だから!………………その、エッチな、本とか」
顔を真っ赤にして俯き、蚊の鳴くようなか細い声で透がそう言ってくる。
あの日だけでも既に腐るほど言い聞かされたが、どうやら透にとってはいまだ気が済まない案件らしい。
「ああ、それのことか。けど、その話はもういいだろ。けっきょく誤解だったんだし」
「でも、ダメなの。絶対ダメ!」
俺の腕をまるで非難するかのように強く握ってきて少し痛い。
完全に八つ当たりなんだが、言い返してもたぶん逆効果だろう。
「はいはい。わかったわかった」
「あー!どうでもいいとか思ってるでしょ?ぜんぜんどうでもよくないんだからね」
「はいはい。ほら、あれお前のばあちゃんだろ?驚いてるから説明してこいよ」
「あっ、ほんとだ。ちょっと行ってくる」
何か作業をしていたのか、屈んでいた老齢の女性がこちらに気づいて振り返ると、そのまま驚いた顔で固まっていた。
なんだろう。友達を連れて帰ることは伝えたと言っていたはずなのだが。
「ただいま、おばあちゃん!」
「あ、ああ。おかえり、透」
「ふふっ、どうしたの?私の顔忘れちゃった?」
「いや、だって透が男と、あんなに………………いや、いいさ。ほら、あんたもこっち来な」
こちらを見ながらそう言われ近づくと、品定めするかのような目でしばらく見られる。
まぁ、大事な孫娘にこんな地味な男がくっついていたら仕方が無いのかもしれない。
「なるほど、あんたが透の言ってた坊主か。どこにでもいそうなパッとしない顔だねぇ、どこのぼんくらかと思ったよ」
「ちょっと、おばあちゃん!誠君にひどいこと言わないで!!」
せっかくの里帰りだというのに透が不穏な空気を醸し出し始めたので、さすがに割って入る。
「まぁまぁ、本当のことだしな。そんなに怒るな」
「でも」
「いいんだ」
「…………わかった」
威嚇する猫のような透を何とかなだめ、落ち着いたのを見計らっておばあさんの方を向く。ピンと立った背筋に、釣り上がった目、それなりの年齢だろうに意志の強さをこの上ないほどに感じさせられる。
「はじめまして。透さんのクラスメイトの氷室 誠です。しばらくの間ご厄介になりますが、どうぞよろしくお願いします」
こちらは、泊めてもらう身なので慣れないながらも丁寧な態度になるように努める。
透に慕われているこの人が、悪い人だとはとても思えないし。
「……そんなに硬くならなくていいさね。取って食おうってわけじゃないんだ。ほら、さっさと家に入りな」
どうやら、聞いていた通り気難しい人のようだ。ちゃんと家に入れてくれるみたいなのでそこはほっとしたが。
「ごめんね?いつもはあそこまでじゃないんだけど。ほんと、どうしちゃったんだろ」
とても申し訳そうな顔で透が謝ってくるが、別にそれほど気になるような対応ではなかったと思う。というか、第一印象だけで言うならうちの母さんのが冷たい印象を与えるだろう。
それに、見ず知らずの高校生の男子を、孫娘の友達とはいえ女性だけの家に泊めてくれること自体あり難いことだ。
「いや、ぜんぜんいいから。最初の頃の透のが塩対応だったしな」
「あー、そうだったっけ?」
「覚えてないのか?」
「うん、あんまり」
「貴方は虫以下ですって感じだったぞ?はははっ、なんか思い出したら笑えてきた」
「もう!笑わないでよ。しょうがないでしょ!?いいから忘れて」
あまりに必死な様子にさらに笑えてきてしまう。
今の透は、あの時と比べるとまるで別人だ。それに、俺としてもつまらなそうな人だと思って距離を取っていた記憶がある。
ほんと、世の中どうなるかわからないものだ。
「はぁ、あんた達、ほんと仲が良いねぇ。怒る気も無くなっちまうよ」
そんなバカ話をしていると、どうやらおばあさんを待たせてしまっていたらしい。
彼女が玄関の方で呆れたようにこちらを見ていた。
「すいません。すぐ行きます」
「ああ、早くしておくれ。このくらいの歳になると時間は貴重なんだよ」
彼女は、不機嫌そうにそう言うと俺達に背を向けて家の中の方に歩いていく。
まるでいら立ったように、早い速度で。
だけど、どうしてだろうか。振り返る際に一瞬だけ見えたその横顔は優し気に笑っているようにも見えた。
もしかしたら、勘違いかもしれない。ただ自分がそう思いたいだけなのかもしれない。
でも俺は、なんとなく彼女が歓迎してくれているように勝手に感じていた。
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