第34話 蓮見 透 四章⑦
頭の理解が追い付き始め、こちら側に強く踏み込んでくるようなその視線に動揺する。
目を合わせていられず、視線を彷徨わせた後、じっと地面を見つめる。
「……………………言えないよ」
嫌われるのが分かってて、そんなこと言えるわけない。
私は、誠君みたいに強くないから。
「こんなこと言ったら、さすがの誠君だって、絶対に私のこと拒絶するもん」
当たり前だ。心を勝手に覗いてくる女と好きで付き合う人なんかいない。
だって、言葉にしないということは、相手に知られたくないことも多いから。それを盗み見られたい人などいない。
「それに、とんでもなく非現実的で、頭がおかしい女だって思うに決まってる」
当たり前だ。そんなの、創作の中でしか聞いたことない。
だって、そうでなければ、人の気持ちがわからないことで悩む人がこんなに世間で溢れるわけがない。
「だったら、言わない方がいいじゃない!そう思って、無理してでも、帰ろうと思ってたのに!!」
言っても、何も得られない。失うくらいなら、自分から捨てたほうがいい。
そう自分に言い聞かせて動かない足を無理やり動かしてたのに。
なぜ、彼がそんな残酷なことを言うのだろう。貴方のことが本当に好きだから、嫌われたくないから、頑張って諦めたのに。
「拒絶なんかしない。例え、それがどんなことであっても」
なんで、なんで、そんな優しいことを、言われたら、思われたら、言いたくなってしまう。
鍵を掛けていられなくなる。
「でも、そんなの…………」
「一つだけ聞かせてくれ」
更に言い募ろうとした私の言葉に被せるようにして、彼が強い口調でそれを上書きする。
失った言葉に固まる私に、彼は以前と同じようにそれを尋ねた。
「透は、どうしたい?」
変わった関係と、それでもなお変わらない言葉。本当に、羨ましいくらい、真っ直ぐで、包み込むように温かくて。
だからこそ、そんなブレない彼だからこそ、その言葉は私に突き刺さった。絶対に裏切らない、それがはっきりと分かるから。
「前にも、言ったはずだ。透がやりたいことをすればいいって。もしそれが、言いたくないってことなら俺はその意志を尊重する」
ずっと、周りの声に合わせて生きてきた。でも、彼は私のしたいことを何よりも尊重してくれる。
「だけど、そうじゃないなら。本当は言いたいって思うなら話してくれ。何でも聞くし、拒絶もしないから」
いつまで経っても、変わらず、彼はズルい。
本当に求めている言葉を、これ以上無いほど嬉しい言葉を、私に与えてくれる。
やっぱり、諦めるなんてできない。だって、こんなにも誠君のことが大好きだから。
何度も何度も、私を助けて、最も深い所にある闇ごと掬い上げてくれる、そんな優しい彼が、もうどうしようもないくらいに大好きだから。
私は、彼の胸に頭を押し付けながら、自分の秘密を、ポツリポツリと、ゆっくり話していった。
沈殿した恐怖、嫉妬、悲しみ、怒り、それらをごちゃまぜにしながら。
「だから!!だから…………優しい誠君だって、早希ちゃん達だって絶対に私のことを拒絶すると思って、私は!」
高ぶっていった心が、理不尽な強い言葉を彼にぶつける。
だけど、それに対しての彼の答えは、やっぱりいつも通りの優しさだった。
そっと抱きしめられ、頭に添わせられた手に体が無意識に跳ねる。
「大丈夫、大丈夫だから」
その宥めるような、あやすような彼の声は、ずっと自分が求めていたもので、私は声をあげて泣いた。
どれだけそうしていただろうか、縋りつくように涙を流し続けた私は、泣き止んだ後もそのぐちゃぐちゃな顔を見られたくなくて彼の胸に顔を隠す。
「………………ありがとう、聞いてくれて」
そして、その体温も、匂いすらも独り占めできるようにギュッと抱き着く。
「いいさ。これくらい」
ずっと悩んでいたのがなんだったのかというくらいに拍子抜けな彼の態度。
私は、それに呆れるとともに、この上ないほどの居心地の良さを感じた。
「これくらい、か。やっぱり、すごいね、誠君は」
「そうか?」
「そうだよ。気持ち悪いとか、気味が悪いとか、心を読まれて嫌だとかそういうことは思わないの?」
受け入れてくれたのは分かってる。それでも、まだ底に残っている恐怖を、勇気を出して、尋ねる。
「自分が欲しいと思って手に入れたもんじゃないんだろ?」
「…………うん。でも、実際に読んでるのは私の意志なの」
望まない力でも、使っているのは私だ。最早癖になっているとはいえ、それは変わらない。
「それでもだよ。だって、自分で好んでそれを使うようなやつは、こんなに泣かないだろ?本当は消し去れるものなら、消し去りたい。違うか?」
確かに、出来るものならそうしたい。こんな力、無いに越したことないから。
「…………うん。私は、普通の女の子になれるものならなりたい」
今みたいな容姿や、頭や、器用さやそういったものが一切無くてもいい。
普通の女の子として、普通に人を好きになって、普通の幸せを手に入れられるのが私の昔からの一番の願いだったから。
「なら、仕方ないさ。むしろ、透も被害者みたいなもんだ」
考えてもみなかったその言葉に、一瞬呼吸すらも忘れてしまう。
あまりにも衝撃的で、常識が根底から覆ってしまうようなそんな言葉だったから。
「…………………………………………被害者?私が?」
「俺は、そう思うよ」
「本当に?本当に、そう思うの?」
「本当の、本当に、そう思うよ」
誰かが受け入れてくれることをずっと夢見ていた。それと同時にあり得ないと諦めていた。
拒絶されないだけでも幸せだったのに、どうやら彼はそのずっと先のものを私にくれるらしい。
私は、溺死してしまいそうなほどの幸福感の中で、再び涙を流し始めた。
時折聞こえていた車の音や人の声がめっきり聞こえなくなった頃、髪が撫でられる感覚を堪能していた私に、誠君が再び声をかけてきた。
「一回、俺の家に戻らないか?」
バスがもう無いのはなんとなくわかる。だけど、冷静になった今では私がどれだけ迷惑をかけていたのかが分かったのでかなり気まずかった。
「…………顔合わせづらいかも」
「大丈夫だって、たぶんうちの家族はみんな気にしてないから」
「本当に?」
「保証する。心なんて読めなくても、家族のことくらいは、手に取るように分かるさ。それに、もしさっきの話を伝えたいなら、俺はその隣にいるよ」
隣にいる。それだけのことがこの上なく嬉しい。それに、誰に反対されてもという彼の心の内の覚悟が私には何よりも心強かった。
「…………ありがとう。嬉しい」
「そりゃ、よかった。じゃあ、これで前弁当忘れた時の借りは返したってことにしといてくれるか?」
そのあまりにも釣り合わない交渉に思わず私は笑い出してしまう。
「あははははっ。いいよ、もうとっくに返してると思うけど」
相変わらず、面白い人だ。そして、とっても素敵な人。
「一食一飯の恩っていうだろ。それくらい大事なのさ」
「一宿一飯でしょ?」
「なら、前泊まったから、それで釣りは無しだ」
私に、引け目を感じさせないようにするそのさり気ない優しさに、最初会った時からの思い出が次々に蘇ってくる。
下心も無く重い荷物を運んでくれたこと、富樫先生に嫌がらせされそうなときにさり気なく庇ってくれたこと、面倒くさい私を家に誘ってくれたこと、そして、誰にも言えなかった秘密を受け止めてくれたこと。
出会ってからそれほど時が経ったわけじゃない。だけど、もう、彼無しでは生きていけないほどに私の心は奪われていた。
「………………………………私、誠君に会えて、本当によかった」
そして、来た道を戻る最中、私は彼の背中に張り付いてまた隠し事をしていた。
でも、それは今までのように鬱屈とした暗いものなんかではない。
だって、泣いてグチャグチャの顔と、抑えられないにやけ顔を見られたくなかっただけ、ただそれだけなのだから。
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