蹴りたいお腹

 寝たいときに寝る、食いたいときに食う、出したいときに出す。快適そのもののこの世界を自ら捨てたいと思うことになるなど、俺が俺であり始めた時には全く予想だにしなかった。


 快適を追求した先にあるのは幸福ではないと悟るまで数カ月もかからなかった。ああ退屈だ。俺を取り囲む壁に渾身の蹴りを入れて自由への渇望を訴える。


「ここから俺を出せ!」

 

 蹴りの威力が中途半端なのは、脚力の未発達ではなくておのれの内面の葛藤によるものだ。


「いや出すな、このままでいい!」

 

 どっちつかずの己に辟易する。ここにとどまっている限り、退屈が四六時中へばりついて離れないことはわかっている。


 ずいぶんと外が騒がしくなってきた。無理もない、臨月なのだ。ぼちぼち準備をしなければならない。


 心地が良いこの環境を決して手放したくはない。しかしここが自由とは縁遠い世界であることも事実。自由と引き換えに、この生温かい海にいとまを告げる。ああ、人生の不可逆性を恨む!

 

 ここから出してほしいのだが、出してほしくはない。でもやはりここにとどまるのは耐えがたい。


 いよいよその時が来た。名状しがたいむなしさと悲しさ、そして自由を手にする歓喜を号泣に込める。ああ、俺はこんなにも強く泣けるのか、こんなにも。

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