持たざるものを想定しない社会
「お客様! マスクを着用されていないようですが、当店ではマスクがないお客様のご利用はお断りしております」
「それはもちろんわかっているんだが、俺はそのマスクを持ってねえから、ここで買おうと思ったんだ」
「お客様、繰り返しになり恐縮ですが、当店ではマスクを着けていないお客様のご利用はご遠慮いただいております。何卒ご理解ください。大変ご面倒をおかけして申し訳ございませんが、ご自宅にマスクを取りに帰っていただき、着用したうえでご来店ください」
「だけども、家に一枚もねえんで、ここまでわざわざ買いに来たんだよ」
「他のお客様のご迷惑になりますのでルールはお守りください。当店はマスクを着けていないお客様には、ご利用いただけない決まりになっております」
「俺みたいな客はどうすればいいんだ? ねえもんはねえんだ」
「大変申し訳ございませんが、お客様のような方がいらっしゃるというのは存じ上げておりませんでしたので、いささか困惑しております。マスクはどなたの家にもあるものです」
「なんでそう言い切れるんだ? 現に俺の家にはねえんだ」
「ないはずはないと思いますが…マスクはどなたの家にもあるものですから」
「だから現に俺の家にはねえって言っているんだ。ほら、今ここで一枚売ってくれれば、それでいいじゃねえか。すぐに着けるからよ」
「ルールですから、お守りいただかなくてはなりません。どうか家まで取りに帰っていただきたく存じます」
「だから、家にはねえんだよ」
「マスクがない家などございません」
「いいか、よく聴け。実はこの店でもう十件目なんだ。みんなあんたと同じように答えやがる。マスクがないならマスクを着けて出直して来いってな。でもよ、ねえもんはねえんだよ。あんただって家のマスクを切らしてコンビニかスーパーまで買いに行ったことがあるだろう?」
「マスクはどなたの家にも、もちろん
「どうしてそこまで断言できるんだよ。あんたも、他の店の連中も、マスクを空気か何かと勘違いしていないか?」
「いまだに理解しかねますが、そこまでおっしゃるのであれば、一度役所にお問い合わせされてはいかがでしょうか?」
「役所もあんたと同じことを言うんだよ」
「でしたらやはり、私達を困らせるためにお客様がでたらめをおっしゃっているとしか考えられません」
「これじゃ
「お客様」
「なんか文句あるか?」
「マスクがないと法廷には入れません」
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