お代はいただかないお食事処

「お勘定を頼むよ」

「税込76万3800円になります」

「バカにたけぇじゃねぇか。ぼったくり店だったのか」

「お客様、需要と供給ですよ。珍味を味わっていただいたんですから」

「そらあ、たしかに珍味だったけどよ、いってぇおれぁ何を食わされていたんだ」

「ホモ・サピエンスでございます」

「なんだそれ」

「要するに人です」

「人だって? 俺は人を食ったのか?」

「はい、お客様はフルコースを召し上がられたので、人の全身をくまなく平らげたことになります。40代中年女性の」

「おれぁそんなうそには引っかからねえぞ。大体人の肉なんてどこで仕入れるってぇんだ」

「ふふ、拘置所の方に二、三コネがありましてね。あ、そうだお客さん、首をくくられた死刑囚の体は、その後どうなるかご存知ですか?」

「俺がそんなこと知るか。そらあ、火葬でもされて仏さんにでもなるんだろ。死人に罪はねぇからな」

「お客さん、食べるんですよ」

「何だって?」

「昔から人肉じんにくというのはね、需要はあったんですよ。ただね、供給が追いつかないんですよ。だって、食べるためとはいえ、殺せば立派な殺人罪ですからね。この国で昔から死刑があるのはね、その供給源を確保するためですよ。よく考えてください、お客さん。いくら重い罪を犯したってね、そいつを罰するために死刑を許容する社会だってことはですよ、国民がみんな飢えている証拠ですよ。人肉に。でなきゃ、公然と死刑が認められるわけないでしょうに」

「そんなこと言ったってよ、おれぁ、そんな大金持ってやいねぇぞ。大体表の看板にお代はいただかないと書いてあったじゃねぇか」

「ええ、そうですよ、お客様。もちろんお代はいただきません。今示した価格はあくまでお客様が食べたホモ・サピエンスの単なる仕入れ値でございます」

「死人とはいえ人間に値段をつけるお宅らはどうかと思うよ」

「何を言ってるんですか、お客さん。お客さんだって、自分の命を売って給料をもらって生活しているのではありませんか。ほら、時給いくらって。あんなの命の切り売り以外の何ものでもありませんよ。バラ売りか、まとめ売りかの違いですよ」

「そんな考え方をしたことはなかったな」

「ええ、ええ。命に値段はつけられないなんて言っている人ほど、平気で命の切り売りをするんだから、そもそもが人間と言う生き物は矛盾しているんですよ」

「ともかくよ、お代を払わなくていいんだろ。おれぁもう行くぜ」

「お客さま、それは許されません」

「どうしてさ」

「お代はいただかないと言ったんです。お代と言うのは、代わりとなるお金のことです。お代はいただきませんが、タダだとは言っておりません」

「そんなとんちんかんがあるかよ。いったい俺にどうしろってぇんだ?」

「もちろん、現物でお支払いいただきますよ」

「現物ったって、おれぁ、手ぶらだよ。あんたが何を望んでいるのか知らねえが、76万3800円に匹敵するものはなんにも持っていねえよ」

「いいえ、お客さまはお持ちです。安く見積もっても300万円、ひょっとしたら500万円を優に越えるかもしれない価値のあるものを」

「一体何のこった?」

「人肉を死刑執行所から仕入れていると言いましたが、もう一つ特別な仕入れ先と言うのがありましてね」

「………まさか」

「勘のいいお客さんで幸いです。つい先日のお客さんは、頭の方が鈍い方でね、しかたがないから懇切丁寧に一から説明してさしあげたところ、突然発狂してしまいましてね。すぐに麻酔で眠ってもらったのでよかったものの、怪我でもされたら傷ものになって価値が落ちてしまいますから。お体は大切にしていただきたいものです」

「し、しかし、警察が黙っていねえよ」

「お客さんは別のお客さんがお召し上がりになるんですから、証拠も何も残りはしません。死体は語るなんてことが探偵小説には書いてありますけどね。食べてしまえば饒舌じょうぜつに語る口も語りようがない。それにね、人肉市場と言うのは寡占市場ですから、羽振りもいいんです。買収だって簡単にできます。小うるさい人は、お店にお招きして、仕入れ品になってもらうだけですし」

「こうなったらお前を殺してでも俺はここから脱出してみせる」

「お客さま、それは無理な話です」

「なぜだ?」

「だって私はとうに死んでいるんですよ」

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