いい鬼、わるい鬼

 本当に悪い鬼と言うのは悪さをしない鬼である。悪さをしないからこそ悪いのである。狐につままれたような顔をしているそこの諸君、よく考えてみてほしい。あの桃太郎だって、鬼が悪さをしていたからこそ、鬼退治に向かう大義が得られ、英雄となることができたのではなかったか。


 仮に、鬼が誰にも迷惑をかけずに平和に暮らしていたとする。すると、どうだろう、鬼の脳天をぶちのめしたいというあの桃太郎の衝動は、一体何に差し向けられただろうか、犬・猿・雉の抑えきれないエナジーは、どこで発火していただろうか、想像しただけで冷汗ものだ。


 大体自ら進んで鬼退治に行こうなどと言うやからは、きびだんごを恵んでもらった程度でおいそれと家来となって命を落とすやもしれぬ戦場に同行してしまう輩は、サイコパス以外の何者でもないではないか。

 やつらは、平和な日常に吐き気を覚えていたのだ。血の海に飢えていたのだ、殺戮ころしを渇望していたのだ! やつらこそ、人間と動物の見た目をした魑魅魍魎モンスターだったのだ!


 しかし、桃太郎の功績はいつの時代も必ず英雄伝として語られてきた。決して狂人伝として語られることはなかったし、これからもないだろう。それはなぜか、諸君にはおわかりか? それはまぎれもなく、悪さをするいい鬼がいたおかげである。悪さをするいい鬼どもこそ、讃えられるべき殊勲者であり、語り継がれるべき真の英雄なのだ。

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