公爵令嬢の私が婚約破棄されて冥界に行ったら冥界の王に口説かれた件〜破滅して死んだ元婚約者が追ってきたがもう遅い!ざまぁみろ!〜

ぺんぺん

第1話

「クラナ・ドロシー公爵令嬢!お前との婚約を破棄する!!」


突如、学園のホールに響いた男性の声。

シベリウス・オルフェ。

私と婚約しているこのオルフェ王国の第一王子だ。

一方的に破棄された婚約…しかしそんなもの、許容できるわけもない。

なぜなら…


「お言葉ですがシベリウス殿下、私はエリュシオン王国の公爵令嬢として、両国の平和の象徴として、殿下と婚約関係にあります。なのでその婚約破棄、断らせて頂きます。」


丁寧に、気品溢れる美しい仕草しぐさで頭を下げる。


公爵令嬢たる者、どのような場面であっても頭を下げるなど権威に関わる行為は避けるべきだ、しかし今は違う。


オルフェ王国とエリュシオン王国が再び戦争におちいれば、それは私とシベリウス殿下の責任になる。


上に立つ者の立場として、責任ある立場として、けじめは重要だ。

このような屈辱くつじょくで平和を維持いじ出来るのなら、私は一向に構わないのだから。


しかし…


「お前はいつもそうだよな?その平和ばっかり見て、俺のことは何も見ていない…。」


すると、シベリウス殿下の背後から一人の茶髪の少女が出てきた。


「俺は見つけたんだ、真に俺の事を愛してくれる者に。この、リリートゥ・ランメリーに。」


リリートゥ・ランメリー。

この学園に似通う男爵令嬢だ。

身分が低いからか学園ではよくいじめられている姿を見かけた、しかしある日を境に虐めていた生徒は消え、リリートゥも虐められることは無くなった。



つまり…殿下の心を奪って権力で消したのね…。



「リリートゥ様。貴方は御自身がなさっている事をご理解していらっしゃいますか?」


「えぇ…していますわよ?ドロシー公爵令嬢。でもこれは貴方が悪いんですのよ?」


シベリウス殿下を奪った原因が…私にある?

私は今まで、シベリウス殿下に忠義ちゅうぎを尽くし、全力でサポートしてきた。


好かれてもらうために嫌いだった化粧も頑張って、アクセサリーだって好みに変えて…。


なのになぜ…?


何処に落ち度があったのか…。


「シベリウス殿下…私は、そんなに醜いですか?」


半泣きだ…今までの努力が水の泡みたいにはじけ消えゆくものだから、その儚さが…自分の心をえぐった。


そして…シベリウス殿下は、はっきりと言った。


「あぁ、お前は醜いよ。クラナ。本当に醜い…その妙に整った銀髪も、俺に媚びるように仕立てた美しい顔も。宝石のように輝く緑色の瞳も。全てが醜い…。」


心臓がうるさい…。

身体が震える…。


頭から血の気が引いていく。

寒い…。


そうか…魅力が足りなかったんだ、リリートゥに勝る魅力が私にはなかった…。

泡沫うたかたの夢にうつつを抜かして居ただけなのね…。

でも、だからって簡単には引き下がれない。

なぜなら、この婚約破棄が成立すれば、シベリウス殿下は戦争の火種として処罰される。

それだけは、なんとしてでも避けなければ…。


「シベリウス殿下…一旦…考え..させて下さい。」


声が無意識に震えている…おびえているんだ、恐怖しているんだ。

頑張れ私…。


「あぁ…を期待しているよ。」


初めて向けられた期待がこんなものだなんて、酷すぎますよ…神様。




◇◇◇




寮の自室に戻った。

装飾の美しい巨大な化粧鏡の前で、自分の顔を見つめる。

引きった笑みに、目元の赤み。


確かに見るにえない顔をしている…。


「ドロシー様、失礼します。」


扉をノックする音と共に聞こえてきたのは侍女じじょのアンナの声。


「えぇ…入っていいわよ。」


扉が開き、こちらに近づいてくる足音が聞こえる。

そして鏡にアンナの金髪が映った。

私は言う。


「ねぇアンナ…私、醜い?こんなに頑張ったのに…何も、認めてもらえなくて…。」


自分を押し殺して全て殿下の好みを演じてきた。

殿下が嫌うパーティも代わりに出て、好きでもない見知らぬ貴族達に色目を使われて…気持ち悪くても我慢して。

常に殿下の権威と名誉を尊重して、自分のことは後回しで…なのに。

こんなに尽くしたのに…なんでこんな仕打ちを…。


内に秘めた思いが溢れ出てきて、泣いた。

そんな私をアンナは優しく、我が子をいつくしむ母のように、一緒に泣いてなぐさめてくれる。


「クラナ様は頑張ってます…その努力は私が一番知ってますから。だから三日後、王が主催する社交パーティでうんと可愛い姿をお見せしましょう?それで殿下にこう言わせてやればいいんですよ…。お前が一番美しいって…。」


その言葉が、声が、悲しみに泥酔でいすいした心を浄化して行くように…心の奥底に染み渡って行った。


自然と涙が止まる。


もう泣いたりしない…アンナの言う通りだ。

自分に落ち度があったのなら改善すればいいだけの事。


まだ遅くない、社交パーティまで残り三日ある。


その間にドレスを選んで、メイクもどうするか決めて。

身体も沢山きよめて…美しい姿で殿下の前に出よう。



そうしたら…きっと心変わりするかもしれない。



「アンナ、一緒に頑張ってくださる?」


「もちろんです!」




◇◇◇




社交界の当日。


私は扉の前で緊張していた。

アンナは身分の関係で参加出来ない…だから一人で成功させないと行けない。


不安だった…。


この日の為に仕立てたドレスも、メイクも全て婚約破棄の時のように無駄に終わるかもしれないと…。


でも、小さな花も綺麗な薔薇ばらを演じれば咲く…。


誰かが言ったこの言葉、私は信じようと思う。

さぁ、勇気を出して行くぞ!私!


大きな扉を開ける。


中は黄金に輝く宝物の様に美しい装飾品で飾り立てられ、中央にある巨大なシャンデリアの存在感が印象的だった。


貴族達の視線が私に集まる。

周りからは「おぉ〜」や「美しい」など、賞賛する声が上がっていた。


いける…今日の私なら、きっと殿下だって!!


殿下の元へ歩み寄り話しかけようとした…。



バシャっ…!



気づいた時には、私はワインだらけになってた。

白いドレスは赤く染まってみにくくなり、可愛らしくセットした髪も乱れ、私の心までも…もう枯れた薔薇ばらの様に固くなった。


全て…無駄に終わった。


そして追い討ちをかけるように殿下は言う…。


「失せろ。今後一切俺に関わるな。」


あまりにも冷たい一言が、私を凍りつかせた。


動けない、足がすくんで言うことを聞いてくれない。

全身の震えが物語っている、お前はもう枯れたのだと。

殿下は言う。


「三日前はリリートゥの前だったし、大勢の生徒がいてお前の権威をおとしいれてしまうから言わなかったが…お前、リリートゥを虐めてたんだろ?」


「え?」


パチンっ…!


突然、殿下は私の頬を叩いた。

左頬が真っ赤に染まる。

ただ痛みを咀嚼そしゃくして、再び殿下に向き直る。


そして殿下は周りの動揺など関係なしと言わんばかりの大声で言った。


「俺はお前が大っ嫌いだ!俺の大好きなリリートゥを虐めて、そんなに権力が欲しいのか!?なぜ付きまとう!もう辞めてくれ!もう…俺に関わらないでくれ!目障りなんだ!!」


虐めて…ない。

私は、虐めてなんてない。

そもそも婚約破棄される日、初めて話したくらいなのに…なんで?


どうして…………………………私を信じてくれないの?



バァンっ…!



いきなり、部屋の扉が勢いよく開いた。


やってきたのは顔のよく似た三人の少女。

私をよくしたってくれる後輩の姉妹達だった。

彼女達はこのパーティに出席できるほどの身分でも年齢でもない、しかしここに居る…理由はすぐわかった。


「「「王様!話があります!!!」」」


三人の々そろった三重奏の声色が、会場全体に響いた。

騒ぎを聞き付けた王が、びしょ濡れの私を見て青ざめた。

そんな王様と、怒り狂うシベリウス殿下に向かって三人が震える手で一枚の書類を掲げた。


「クラナ様がリリートゥ様を虐めてるなんて狂言です!」


「ここに!学園の伯爵家の方々や、侯爵こうしゃく家の方々のサインだってあります!!」


「皆さんが、クラナ様はいい人だって!言ってます!!」


まだ幼い三人の子供が、私を助けに来てくれた…それだけで、私は…。


姉妹達の声に呼応して、書類にサインしたであろう侯爵の方々が同調してくれている。


それを聞いた王が、シベリウス殿下の頭を無理やりに下げ、同時に謝罪してきた。


「済まない…クラナ・ドロシー公爵こうしゃく令嬢…。我が愚息を許してやってくれないか…この通りだ。婚約破棄なんて言語道断だ。」


王…国の頂点とも言える存在が、私に頭を下げた。

王の心情は推して知るべしだ。


だから…申し出を受け入れない理由がない。

そもそも、それが目的だったのだから。


「はい、許しま…す…。」


突然、身体の自由が効かなくなった。



呼吸が苦しくなる…。



周りの音が聞こえない…。



寒い………………。



あぁ…死んでしまうのね、私。



せっかく…手に入れたのに…。




◇◇◇




「よく頑張ったね…。」


男性の洗練された低い低音の声が、私を眠りから覚ました。

目を開ける…。


視界に映ったのはパーティ会場の天井ではなかった。


あおい幻想的な空…。



ここは?




私の疑問に答えるように、先程の声の持ち主が言う。


「ここは冥界。あおき幻想のエリュシオンと呼ばれる、英雄…もしくは清き心を持つ魂が集まる楽園の平原。」


起き上がる、すると目の前に黒髪の男性がひざまづいていた。

整った艶艶つやつやしい黒髪に、眉目秀麗を体現したかのような瑠璃るり色の瞳のイケメンだ。


そして…その妖艶ようえんな唇から衝撃の一言が放たれた。



「クラナ・ドロシー。突然だかこの冥界の王ハデスは、君に婚約を申し出たい。」



冥界の王…つまり、神様だ。


神様が…私に婚約を申し出てきた…?


え?何それ、これ現実?夢?走馬灯?


ハデスは続けて言う。


「私は君が生まれてから歩んで来た人生を知っている。ずっと見ていた。哀れなクラナ…どうか君を幸せにしたい。せめて…この冥界では。」


私は自分が哀れだなんて一度も思った…こと…なんて…。


哀れだ…使われるだけ使い倒されて、壊れたら捨てられた…玩具みたいに。


あぁ…私って壊れた玩具みたい…もう、疲れちゃった…。


ハデスに言う。


「ごめんなさい。私もう休みたいの…貴方の婚約を受け入れることは…」


しかしハデスは慌てて言葉を遮った。


「分かっている。女性というのは男性と違い、じっくりとお互いを知ってから好きになるものだと。だから用意した。私についてまとめられたこの本を。」


「え?」


「是非読んで頂きたいっ…!」


顔を真っ赤にして、本を渡してくるハデス。

受け取ってしまった私にハデスは続けて言った。


「ずっと前から…好きだったんだ。」


生まれて初めて…誰かから向けられた好意だった。


この人は…私を本当に好きなの…?


また裏切られて捨てられるんじゃないの…?


そんな私の不安と疑問を吹き飛ばすように、さらに衝撃的な言葉をハデスは放った。


「俺は全部知っている。君の全てを。恥ずかしがってたホクロの位置まで全て。」


「え!?」


衝撃的すぎて…絶句した。


冥界の王はハデスは…私の全部を知ってた。

今彼が語ってるホクロの位置、全て当てはまっている。

もちろん誰にも教えたことなんて…。


ハデスはまだ語り足りないとばかりに喋っている。


「君の仕草…美しい銀髪、瞳。どれをとっても美しい。だからクラナ…俺は君が本当に、心の底から好きだ。今すぐ結婚したい程に…。」


だんだん顔が赤くなっていってるのが自分でもわかるほど、ずっと褒められ続けていた…。


冥界の王、ハデス。


初対面の男に一目惚れするほど…私は軽い女じゃないと思いたい…。


でもこんなに褒めちぎられたら…私、私…。



「その…例えば、結婚したら…私をどうするんですか?」



何を聞いているんですか私は…。

こんな質問ただの痴女じゃない!!


ハデスは答えた。


「王妃として即位してもらい、私と幸せな家庭を気づいて欲しい。もちろん子供も何人か欲しい。そして、君は私の王妃になった暁として、神に昇格することになる。だが、君は繊細せんさいな女性だ、故に少し期間を設けることにした。」


刹那の静寂しじま、ハデスは覚悟を決めたかのように息を飲んで言った。


「私が、この冥界を案内する間に君を落とせなかった場合は、君をこのエリュシオンで生活させよう。だが落とせた場合は、私と共に冥界を治めてもらいたい。どうだ…?」


どこをどうとっても、私に不利のないように考えられた条件。


落とされても、落とされなくても幸せな生活を保証された条件。


私は人を愛することを知らない…だから、知りたい。


愛とは…何か。


「わかりました…その条件、飲みましょう。」




◇◇◇




冥界を歩く…どこまでも広がった碧い世界は幻想的で…物語に出てくる妖精の都のように美しかった。

暫くすると見えたのは、美しく咲く色とりどりの華々しい薔薇の庭園。


私の大好きな…薔薇の庭園だ。


ハデスが少し頬を赤らめて言った。


「クラナの好きな薔薇をたくさん用意したんだ。ガーデニングは私が毎日やってた。君が薔薇を好きだと言った五歳の時から。」


「そ…そこまでご存知なのですね…。」


ちょっと引いたが、私のためにわざわざ毎日手入れをして作った庭園からは、薔薇に対する愛情がひしひしと伝わってきた。


極めつけはこの一言…。


「君をイメージして作った、君の美しさにはかなわなかったが…。」


顔がまた赤く染まるのを感じた…。


くさいセリフだ…なのに、実際に言われるとこんなにも嬉しくて…恥ずかしいだなんて知らなかったっ…!


「クラナ…少しは照れてくれたようだね。」


「照れてなんてっ…!」


「嘘だ…君は嘘をつく時、髪をくるくると指で弄る癖があるからね。」


「っ…!」


全て、見透かされている。

私のツボも、照れ隠しも全部。

きっとハデスは真っ赤な私を見て…

──あと一押し!

こう思ってるに違いない。


その通り…あと一押しで私…。


「クラナ、俺は愛おしい君と…この先ずっと、共にありたい。」


言われてしまった‥そんな、ずるい言葉を…いとも簡単に。


あぁ…私ってちょろい女だなぁ…。


「ちょっと待ったぁ!!」


突然、シベリウス殿下の声が庭園に響いた。

何故ここにいるのか、そんなの簡単だ。

私の母国、エリュシオン王国との戦争に敗北したのだ。


でも…もう、どうでもいい。


むしろ破滅してざまぁみろ!


あれ?でもハデスは言ってた、ここは清き心を持つ魂が集まる楽園…シベリウス殿下は私を殺したのに何故ここに?


「俺が呼んだ。思った以上に早かったがな。」


ハデス様が!?なぜ!?


シベリウス殿下が震える声で言ってくる。


「お…おい。お前、そんなやつにもう落とされちまったのか?なぁ…もう一度やり直さないか?リリートゥとはもう別れたんだ!!もうなんともないんだ!!だからぁ!!」


「私は…もう貴方の事なんてなんとも思ってません…むしろ、にくんでいますっ…!」


言ってやった、ずっと言いたかったことを。

少し心が晴れた…。


近寄ろうとしたシベリウス殿下の足元から女性の手らしきものが現れ、殿下の足を掴んだ。

そして…


「お…おい!やめてくれ!リリートゥ!そっちは嫌だァ!地獄は嫌だぁああ!こんなはずじゃ…。」


あっという間に、地面に飲み込まれて行った。




ハデスが何事も無かったかのような平然とした声で言う。




「クラナ、君は俺が守る…。今のは、その証明だ。」


あぁ…本当に私は、彼のことが好きになってしまいそうです…。

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