あくやくれいじょう
こがゆー
あくやくれいじょう
それは春もうららかな心地の良い昼下がりのことです。
その日、私は親しい友人であるモンドレー伯のエリー嬢をお招きして、お茶会を楽しんでおりました。美味しいお茶と焼き菓子を頂き、取り留めのない話題で談笑。しかしながら、楽しい時は瞬く間に過ぎて行きます。気付けば、エリーのお迎えの馬車がいらっしゃるお時間になりました。名残り惜し気に彼女を馬車まで送っているその時です。急に彼女の様子がおかしくなりました。
「......どうかなさいまして?」
あまりにも呆然と立ち尽くすものですから、心配になって声をおかけしました。いえ、彼女の奇想天外な言動には普段から慣れているつもりではあったのですが、流石に今回はいつもと大分違うように感じたのです。
ようやく彼女は動いたかと思えば、こう一言。
「悪役令嬢っ!?」
「なんですのっ、それっ!?」
不穏な言葉を口にしたかと思うと、何やら独り言を呟きながら馬車へ乗り込んでいきました。
「あの、もし、エリー?」
「ごめんなさい、また今度っ!!!」
そのまま帰ってしまわれました。
いつものことだと納得しようとしたものの、彼女のことを思うたびに不安になっていきます。あれ以来音沙汰も無いので、私はついに耐えきれず、一週間後、使いの者を遣ってエリーを再びお茶会にお誘いすることに致しました。
「それでエリー、先週は如何なさいまして?」
「ふっふっふっ、アンリエッタちゃん、私は気付いてしまったのだ!!」
「...何をですの?」
「それはですな、ここがっ、乙女ゲームのっ、世界だと言うことっ!!!!」
「……セバスチャン、お医者様を呼んでくださるかしら」
「はっ。既にマーシャが呼びに行っているかと。」
「それで、どういうことですの?」
「えっと、それはねぇ。」
エリーの発狂しながら語る、その要領を得ないお話を纏めると、
・急に見ず知らずの人の記憶が蘇ったこと
・この世界が、その記憶に存在した別世界で描写されるお遊戯の世界によく似ていること
・その世界では、私アンリエッタが厚顔無恥かつ悪逆非道な悪役令嬢として物語に登場するということ。
・最後は私が断罪されるということ。
「えっ。私、落ちぶれますの?」
「イエス!!」
その親指を立てる動作、よく分かりませんが無性に腹が立ちますわ。
「その真偽はさておき、我がノーストリア家に泥を塗るような所業はいただけませんわね。その未来は防げますの?」
「もちろん。だって私がいるんだもん。絶対アンリちゃんを不幸にさせないぜぇ。」
「……セバスチャン、程よい修道院を見繕ってくださるかしら」
「はっ。既にマーシャが探しに行っているかと。」
「ねえ、おかしくない!?なんでもう諦めムードなのっ!?え、なんで、私達親友じゃん?産まれたときからズッ友じゃん。かれこれ10年以上の付き合いなんだから信頼してよぉ!」
「ええ、私の唯一無二の幼馴染みですもの。もちろん信頼はしておりますよ。」
「アンリちゃん..........!」
「信用はしておりませんが。」
「アンリちゃんっ......?」
「それで、私は何を心掛ければ良いのです?」
「ええとね。確かアンリちゃんは王子さまと婚約してそこからだんだん悪役令嬢になるから、ええと、婚約しないとか?」
「……万が一王家から打診があった場合、我が家がお断りできるとでも?」
「だよねぇ。じゃあ、ええと、ええと、ヒロインに嫉妬しないとか?」
「そんな感情に頼るのではなく、もう少し現実的かつ具体的な方策は無いんですの?」
「うーん。無いなぁ....せいぜい男装ぐらいしか。」
「あら。」
彼女にしては珍しく、面白いアイデアをおっしゃるではありませんか。勿論最善策ではないでしょうけれども、興味本位から私はその案に乗ることに致しました。
「……セバスチャン、お父様にお取り次ぎ願えるかしら」
「はっ。既にマーシャが王宮へ向かってるかと。」
「いやさっきからアンリちゃんもセバスチャンもマーシャって人もおかしくない!?特にマーシャって人、何者な」 「お呼びですか?」
「うをぉあ!?ど、どなた?」
「お初にお目にかかります、エリーお嬢様。マーシャでございます。」
「今地面からヌッて生えてきたよねっ!ヌッて」
「ええ、それがなにか?」
「えぇ.....」
案の定、常日頃私を甘やかして下さいますお父様はあたふたした様子で屋敷まで戻って来ました。
「嗚呼、我が愛しのアンリエッタよ。マーシャから恐ろしい冗談を聞いた気がするのだがね、」
「お父様、私、男装してみたいですわ」
「なんっと言うことだ!!嗚呼、我が愛娘が汚らわしい男の格好になりたいなどっ、そんなことっ、」
「お父様……お願いします。どうしても、どうしても男装したいのです。」
涙混じりに訴えます。マーシャ仕込みの処世術を武器に、私はお父様を説得致しました。しかし、その努力も虚しく、お父様は断固として拒否。
「ならん。絶っっ対にならんっ!!」
素直に事情を話せるわけもなく、仕方がないので、奥の手を使うことにいたしました。
「私、お父様に憧れてて、お父様みたいな格好いい姿になってみたかっただけなのです……」
その一言で、難攻不落と謂われた要塞は呆気なく瓦解しました。
「うわぁ....アンリちゃんのお父さん、チョッロ。」
晴れて私は男装を。
落として見せます可憐な華。
「あの、エリー?あたかも私が呟いたかのように仰るのはやめて頂けまして?」
「やべっ、バレてら。」
週一の可愛いおめかしを条件に要望を通した私は、早速翌日から男装をすることに致しました。
「……セバスチャン、男装って何をすれば良いのかしら?」
「はっ。既にマーシャが準備を進めております。」
マーシャの手伝いもあり、私は見事な美少年に生まれ変わりました。
「いいわね。」
「お嬢様、せっかくですので言葉遣いもより相応しいものになさってはいかがです?」
最初の頃こそ慣れませんでしたが、数ヶ月続けているうちに男装もすっかり板について参りました。
「というわけでデートに誘ったわけだけど、結構変わったね、アンリちゃん。」
「ああ、そうかもしれない。言葉遣いも気を付けているし、どうかな?」
「正直めっちゃ推せる結婚して。」
「そうだな、考えとく。」
「あっ、その寄り添ってるように聞こえて実は歯牙にもかけてない感じのその言い方も大好き。」
益々言動が厄介になってきた親友を連れて、今日は下町を歩きます。こう見えて私、最近は行動範囲がかなり広がったのです。
「あ、イケメンのおにーちゃん!!こんにちは!」
「こんにちは、子猫ちゃん達。調子はどうだい?」
「おにーちゃんに会えたからめっちゃ元気!!」
「それは良かった。またね。」
「こんにちは、奥さま。本日もお美しいですね。こんだけ美しいと周りの花が可愛そうだ。」
「あら、リエくんじゃない。こんにちは。今日もお上手ね。」
「いえいえ、本心ですよ。奥さま」
「あらあら」
「よう、坊主。久しぶりだな。」
「お久しぶりです、コンポ爺さん」
「また女を引き連れ…いや、何も言わねえぞ、俺は。」
「アンリちゃん?」
「そこの嬢ちゃんもせいぜい頑張ってくれや。」
下町散策の結果、不思議なことにエリーはご機嫌斜めに。
「ねえ、アンリちゃんって、下町でナンパばっかりしてるの!?」
「そんなことないさ。ただ思ったことを口にしただけだよ。」
「それが良くないの!!アンリちゃんは私のアンリちゃんなのに。」
頬を膨らませている彼女は、正直可愛かったです。
しかしいつまでもそう
彼女の耳元に口を寄せて、こう一言。
「僕にとって唯一大事なのは、エリー、君だけだよ。」
するとなんてことでしょう。見る見るうちに彼女の頬が赤くなっていくではありませんか。
「かわいい」
「っもうっ!!」
数年後。とある学園では、ところ構わずイチャコラする裏山けしからんカップルがいたんだと。
「そういえば僕ってなんで男装するようになったんだっけ?」
「さあ?」
あくやくれいじょう こがゆー @kogayu
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