可愛いVTUBERと同棲することになりましたが、ボクは男です

橘トヲル

第1章

第1話 美少女VTUBER形代リョウ、だが男だ


「こんばんはマスターの皆さん。毎週金曜恒例のASMR配信やって行きますね。今日は雑談メインですよ」


 画面上で可愛い女の子がにこりと微笑む。ピンクの長い髪がさらりとこぼれ落ちた。衣服も髪色に合わせたピンクと白を基調としたフリルをふんだんに使った物だ。画面に映る上半身は、手首も首元も衣装で隠れており露出は過度に少ないと言っていい。

 そんなVTUBER形代リョウの配信が始まって、コメントが盛り上がり始める。


ななき『はじまたー!』

リルケ『リョウちゃんのこそこそ声ホント助かる』

るる二式『初めて生で聞ける!』

くぬぎ杉『うぉう耳の傍でささやかれてる感じがするぅ』

ミスタートローネ『初見です。こんばんは』


「あ、初見さんいらっしゃーい。人形系VTUBER形代リョウです。今日の配信は雑談メインのASMRだよー。イヤホンで聞くといい感じだよ。ゆっくり聞いていってね」


 その言葉にコメント欄が一気に加速する。同接数はおよそ500人。普段通りならまだまだ増加するだろう。リョウがひそかに気合いを入れると笑顔が深まる。


金糸雀『今日の配信は何時までの予定?』


「今日はですねー25時くらいまでかな? みんなは何か予定とかあるのかな?」


 コメント欄をスクロールさせながら見ていると、各々が色々な予定を書いてくれている。翌日が土曜ということもあって皆色々あるようだった。


おきた『明日は夢の国に行ってくる!』

秋雨『友達と久しぶりにゲーセンかなー』

るる二式『明日は3カ月ぶりに休みです! そのおかげで来ることが出来ました!』

リング零八『【悲報】ワイ将今日も明日も明後日も休みの模様【自宅警備員】』


「あはは……社畜ニキは普通に労基に相談した方がいいと思うよ。あとニートニキはハロワ行ってもろて」


くぬぎ杉『リョウちゃんの声で腰のあたりがぞくぞくするぅ』

リング零八『【宣言】働いたら負けだと思っている。仕事したら配信リアタイできなくなるし【受諾】』


「あー、それもそうかぁ。それは確かにボクも困るなぁ。じゃあ――仕事しないで毎回配信聞きに来てね」


 左右の耳から交互に囁くように喋る。最後の方は、出来るだけ甘えるような声で、だ。

 その言葉にコメント欄が爆速で流れ始める。スクロールしなければとても肉眼では追えないような速度だ。


リルケ『¥500:お休み代』

リング零八『【無事】世界のすべてに感謝【脂肪】』


「リルケさんスパチャありがとう! はーい、リング零八さんが無事おデブになったところで耳掻き始めまーす」


《九曜ななせ》『ふうぉぉぉ、きたぁぁぁぁぁぁ!』

たつまき扇風機『おっ、ななせちゃん来た?』

ミスタートローネ『え? 本物? WORLD.LINKの?』

リルケ『初見の方々に教えてやる。心して聞け……奴はガチのマスターだ』


 どこから目線なのかよくわからないが、九曜ななせはVTUBER事務所『あすとらる』のグループ『WORLD.LINK』に所属するタレントの一人だ。よく『リンク』と略されている。デビューは半年ほど前だが、どうやらそれ以前からずっと配信を聞きに来てくれていたらしい。

本人が言うには、ガチ恋勢らしい。


「あ、ななせさんいらっしゃーい。今日の大戦争グレイトマン面白かったよ!」


 ついさっきまで彼女は古今東西の偉人が異能力で戦う対戦格闘ゲームをファンと繰り広げていた。その直後の登場である。


「配信お疲れさま。ゆっくり癒されて行ってね」


リング零八『【無事】こんなん聞いたら【尊4】』

《九曜ななせ》『全力で癒されます!』


 もはや何がしたいのかよくわからないが配信を楽しんでくれていることだけはよくわかった。


「それじゃ始めるよー」


 カリカリ、カリカリ。

 耳かきで耳の中を擦る音が静かに聞こえ始める。心なしかコメントが流れる速度が遅くなったような気がするが、気のせいではないだろう。目を閉じて、音に集中しているリスナーが増えたのだ。リョウはそのことを意識して、より声を細めた。


「それにしてもさぁ? ななせさんもそうだけど結構知り合いのVTUBERさんからASMR聞いたよって言われるんだよね。正直自分でもここまでいろんな人に聞いてもらえるようになるとは思ってなかったなー」


鹿犬『最初の頃は同接ほとんどいなかったもんね。ASMRでバズったんだよね?』

るんるん『今チャンネル登録者数37万人だっけ。かなり遠いところまで来たねぇ』

たつまき扇風機『個人Vの中では多い方だよね?』

ぽちゃん『まぁあれだけコラボ企画やってればね』

ななき『リョウちゃんはこの3年頑張りました!』


「皆ありがとう。でもボクはまだまだやるからね。毎週ちゃんと聞きに来てよね」


《九曜ななせ》『これがないと眠れない体になりました。必ず聞きに来ます! なんならリョウちゃんに結婚して欲しい』


るる二式『おおっと、これは責任を取るべきでは?』

ミスタートローネ『うちのななせがすみません。この子こういう病気なんです』


 コメント欄の盛り上がりが一気に加速する。ななせはかなり頻繁に、というよりも金曜定例のASMR放送には必ず現れるのだが、コメントでこういう絡み方をしてくるのは珍しい。普段は配信の空気を壊さないようにしてくれているのかコメントも最初の方にあたりさわりのない物を数回くらいなのだ。だが今日は二回目で既にぶっ飛んでいる。


「うーん、結婚は困るけど今度コラボ企画でもしようか。ななせちゃんとはまだしたことなかったね。あとで連絡するねー」


リルケ『おお! 配信上でコラボが決まるとは』

くぬぎ杉『むしろこれまでななせとコラボがなかったのが不思議』

ミスタートローネ『ななせはあれだからな……』

リング零八『【惨劇】レディーキラー推して参る【不可避】』

《九曜ななせ》『いやっふぅぅぅぅぅぅぅぅ美少女とコラボだぁぁぁぁぁぁぁ!』


 九曜ななせ。半年前にデビューしたばかりの新人VTUBER。企業勢であり、チャンネル登録者数はわずか半年で既に20万人を越している。

 そして無類の女好きとしても知られていた。


たつまき扇風機『もうこのままオフコラボでもしちゃえば?』

ミスタートローネ『そんなことしたらリョウちゃんが大人の階段を昇ってしまう』

ぽちゃん『なんで形代リョウってオフコラボしないんだろうな?』

るる二式『今から全裸待機します!』


 コメントが流れていく中、リョウはAMSR配信をつづけた。


   ◇


「ふぅ……」


 リョウは配信を閉じたPCの前で大きく息を吐き出した。

 時刻は深夜一時を回ったところ。おおむね予定通りの時間に配信を終わらせたと言える。

 しかし同業者界隈はこれからがむしろ活動時間帯と言ってもいい人間が多い。

 少なくともリョウの知り合いには昼過ぎに起きて夕方から深夜に配信をする――一般的な人間的生活とはズレた生活をしている者が何人かいる。

 それゆえにこんな時間だと言うのに友人のVTUBERたちから連絡がくる。

 すごくよかった、とか今夜はよく眠れそうなどという暖かい声ばかりで、リョウは返信をしながらPCをシャットダウンさせた。

 リョウは基本的に早寝早起きを心掛けている。体調管理の基本はやはり生活習慣からだと思うからだ。

 しかしこの金曜日だけは例外。翌日土曜は休みの人が多く、深夜帯がゴールデンタイムと化すためこの日だけは深夜帯までASMR放送を行う。

 必然、


「ふぁふ……眠い」


 あくびを噛み殺しながら防音室から出て洗面所へと向かう。

 リョウが住んでいるこの家は両親が建てたマイホームだ。一階奥にある防音室から廊下を通って洗面所へと向かう。金曜日だけは夜更かしするとは言っても、朝は普通に起きているので、終われば知り合いからの連絡に返信して歯を磨いて寝るだけだ。

 洗面所の明かりをつけて鏡の前に立つ。

 背中まである黒髪を首元で2つに結わえて前に流した少女が立っている。

 外見から見て年齢は恐らく十代半ばから後半に見えるだろう。目鼻立ちも整っており髪もよく手入れされ艶やかだ。

 それが形代リョウとして配信をしている自分――古澤玲だった。

 金曜日のこの日は特にこうして鏡の前でぼんやりしてしまうことが最近増えた。

 それはきっと――


「ん?」


 ポケットの中に入れていたスマホが着信音を鳴らしていた。深夜も過ぎた時間だ。普通なら変な電話を思い浮かべるだろうが、掛けてくる心当たりは幾らでもあった。

 発信者の名前を見て一つため息をついて通話ボタンをタップする。


「もしもし」

「あっはっはっは! おめーの今日の配信よかったぜェ!?」


 スピーカーから聞こえて来たのは男の大きな笑い声。だがリョウはそうなるだろうことを予期して耳から離していたので鼓膜は無事だった。


「うるさいなぁ。今何時だとおもってんのさ篠木君」

「悪りー悪りー」


 全然悪く思っていない声だ。高校時代からの悪友だけあって遠慮など微塵もない。リョウとしても遠慮などする気もなかったが。


「それよりよー、今度ウチで大型オフコラボすることになったからよぉ、お前俺と一緒に出てくんね?」

「え? 『鎬』君のチャンネルでってこと?」

「ちーがう違う! ウチの箱でだよ。『リンク』主催でってコト」

「っ」


 高校からの悪友篠木幸平はVTUBERだ。配信者としての名前は鎬カタナ。そして人気VTUBER事務所『あすとらる』のVTUBERグループ『WORLD.LINK』所属の、である。ついさっき配信に来てくれていた九曜ななせとは同僚であり先輩に当たる。

 そんな鎬からの誘いにリョウは数秒躊躇ってから口を開いた。


「ごめん、せっかくだけどオフコラボはやっぱり」

「あー、まぁそーだよなぁ。俺だけとかならともかく他にも人がいるとお前は出てきづらいよな」

「ゴメン」

「いーって。ダメ元で聞いてみただけだって。それよりお前のそういうの、そのうち何とかできたらいーな」

「うん、ありがと」

「あ、あとやっぱ配信でも通話でも女の声にしか聞こえねーわ。お前ホントに男?」


 キシシシ、という笑い声にピシリとこめかみに力が籠る。


「男としてデビューするつもりだったのに、女の子のアバターを用意してくれたのはどこの誰だったかな?」

「キシシシ、だってお前からアバターの作成を頼まれた時にそれ以外思い浮かばなくなっちまったんだからしかたねーだろ」


 篠木――鎬はリョウがVTUBERを始めようとしたときには既にプロのイラストレーターとして活動しており、アバター作成でリョウが真っ先に依頼をした相手だった。

 初めイメージなどを詰め込んだ発注書を出した時は、殊勝にも頷いて見せていたこの男だったが出てきたアバターは女の子。聞いてみれば送った発注書のファイルは開いてすらいなかった。


「その上、男のアバターを再度作るなら料金は十倍とか言い出すし」

「いいじゃねーか。『女の子のそのアバターならタダでくれてやる』って言ったらホイホイ頷いたのは誰だよ」

「うっさいよ! 話がそれだけなら切るからね!」


 そう言いながら電話をぶった切る。

 正直VTUBERとしての体がタダで手に入ってしまったのはとてもうれしかった。配信に必要な機材はどれも高価で、当時大学生だったリョウにとって首を縦に振らすには十分な暴力があった。

 ちなみに余った予算で、複数の衣装を発注したら秒で出て来た。

 文字通り『予算が余ったからいくつか衣装を作って欲しい』と連絡した直後にだ。どうやら人形という設定を生かすためにすでに作ってあったらしい。

 そんな鎬だが、今でも交流の続く良い友人だ。


「今度劇臭缶詰が好きだって放送でリークしてやろう」


 きっとファンから大量にプレゼントされることだろう。友人の困った顔を想像して溜飲を下げる。

 スマホをポケットに戻すと、鏡の中にはやっぱり十代の少女が映っていた。


「ボク、ホントに男なんだけどな……」


 そう言いながら思い出されるのは配信での言葉。


『癒されて行ってね』

『こしょこしょこしょ』

『う、一万円スパチャはずるいよ……じゃ、言うね? マスターのみんな、だーい好きだよ』


「うぎゃあああああああ! 何言ってんだボクはああああああああ」


 洗面所の床に膝をついて思わず絶叫する。

 だが声に出すのはそこまでに何とか抑え込んだ。ここは防音室じゃない。

 落ち着こう、そう思って深呼吸を繰り返す。

 感情が収まったころには眠気もどこかへ吹き飛んでいた。


「うーん、何かあったかな」


 歯磨きを諦め仕方なくリョウはキッチンへと向かった。

 冷蔵庫の中を開けると作り置きのおかずや食材が並べられている。

 月に一度は飲酒配信をすることもあってリョウはお酒のストックを作っているのだが、冷蔵庫にも戸棚の中にも酒がない。


「お酒、切らしてたっけ」


 そう言えば昨日入れ替えのつもりで少量しか残っていなかった瓶をいくつか開けてしまったのだった。

 こんな感情のままではとても眠れそうにない。思わずため息をこぼす。


「買いに行くかー」


 近くのコンビニまでは歩いて数分と言った距離だ。東京まで出るには数本の電車を乗り継がなければならない距離にあるこの町だが、コンビニまで車を出さなければいけないほどの距離ではないのは助かっている。

 二階の自室に戻ると財布を回収。服は……と考えて部屋着だが誰かと会うわけでもないと上着だけを羽織る。

 玄関の鍵を施錠して夜道に足を踏み出す。時刻はもうすぐ草木も眠る丑三つ時だ。都心から離れたこの町は深夜ともなれば人通りなど皆無だ。街灯もぽつぽつと遠く等間隔にあるだけで、異様な寂寥感に満たされてしまう。

 だがリョウはこの時間が嫌いではなかった。

 なんとなく世界から置いて行かれたような感覚に、心地よさすら覚える。誰も自分のことなど見る者などいない。そのことがリョウに開放感を与えてくれていた。

 だがそんな時間も数分歩いて駅前までたどり着く間の話だ。

 小さな駅舎がある駅前には目的地のコンビニの他、明け方までやっている飲み屋やラーメン屋が幾つかあり、人通りもゼロという訳ではなくなる。

 人の気配にどこかもったいなさを感じる反面安心感を覚えながらコンビニへと入る。

 店員のやる気のない挨拶が途中で固まるのを尻目に飲料コーナーへと向かう。

 いくつかの酒を無造作にカゴへと突っ込む。ストックを買い込むのは次にスーパーにでも言った時にしようと考えて量は抑えめだ。やはりコンビニの酒は高い。

 つまみもいくつかカゴに入れてカウンターへ持っていくとまるで幽霊にでも出会ったような目線を感じながら会計を済ませる。年齢確認を求められて免許証を出してようやくその視線が和らいだ。


(まぁ深夜に小中学生にしか見えない女の子がお酒とつまみばっかり買いに来たらそりゃ幽霊か何かと思うよね……)


 何度も経験したことではあるが、やはりこの外見では生きづらい。一度顔と年齢を覚えられると絶対忘れられない自信があったが、この店員と会ったのは初めてだった。

 会計を終えてそんなことを考えているとスマホがポケットの中で振動した。


「うん? え……!?」


 また鎬から連絡か、と思って取り出した画面に映っていたのは小さなポップアップだった。SNSの一つである『すれったー』にフォローしている人が投稿した旨を知らせるものだ。

 書き込んだのはついさっきまで配信にいた九曜ななせ。

 内容の頭が一瞬だけ目に入って呆然としたのだ。


「お客さん?」

「あ、す、すいません」


 店員のおじさんが困惑した顔でリョウのマイバッグを差し出していた。慌てて受け取ったリョウは軽く頭を下げてそそくさとコンビニを出る。背後から訝しむような視線を感じるが今はそんなことを気にしてはいられない。

 すぐにすれったーを起動させてコメントを読む。

 そこに書かれていた言葉を見て今度こそリョウは言葉を失った。

 コメントは九曜ななせのものだった。


九曜ななせ『みんなごめんね。ちょっと家庭の事情で急遽お休みをいただくことにしました。ホントについさっき決まったことでごめんね。どのくらい休むかはまだ決まってないの。でも、そんなに長くはならないつもりだから気楽に待っててほしいな』


 そんな言葉がつづられている。

 すれったーのリプ欄にはななせの事を心配するファンたちの声が幾つも書き込まれていた。

 かなり急なことにリョウは驚きを隠せなかった。

 一体何があったのか。

 気になるリョウではあったが、ななせとはまだほとんどつながりがない。連絡先すら知らなかった。もし何事もなければこのすれったーのDMでコラボの打診をしようと思っていた矢先の事だった。


「いったい何があったんだろう」


 理由なんてそれこそ幾らでも考えられた。

 配信業はたいていの場合個人事業主とかわりない。次第に配信頻度が減って、ある日突然配信しなくなることや、ある日突然終了日の連絡がすれったーに流れることだってある。むしろある日突然炎上して二度と配信しなくなるなんてケースも存在する。

 だが彼女はついさっきまで自分とのコラボを本気で喜んでいる様子だった。その直後にこんな発表をするなんてことありえるのだろうか。リプ欄でもそう言った書き込みはいくつも見えた。

 リョウのすれったーの方にもそう言う問い合わせ未満、独り言以上のコメントが幾つも寄せられている。

 落ち着いたら何らかの反応をすべきだろう。

 まだ直接のつながりはないとはいえ、配信上でコラボを匂わせてしまったのだ。そのくらいのことはしなければこっちにあらぬ火種が飛び込むこともありうる。

 そう自分を落ち着かせてリョウは歩き出した。

 だがその足がすぐに止まることになる。


「……人?」


 コンビニのすぐ隣、駅舎の中には待合所のような場所があり、ついさっきまで誰もいなかったそのベンチに誰かがうずくまっている。

 肩が激しく上下していて苦しそうだ。

 酔っぱらいか? とも思ったが、薄暗い駅舎内にいるその人物はシルエットからして女性の様だった。

 酒とつまみのつまったマイバッグを手に持ったまま一瞬思案して、リョウは上着のフードを目深にかぶった。こうしていれば人相が分からないだろうと思ったからだ。

 駅舎の中へと入る。若干の埃っぽさ。近づいたことで女性の様子がよく見えるようになる。

 肩口より上で切りそろえられた髪はひどく乱れている。着ている服はスウェットの上下にカーディガンというちょっとそこまでスタイル。しかしまだ春先ということもあって、その格好は少し寒そうに感じた。その上はいているのは踵を潰したスニーカーで、靴下を履いていない。

 そこまで見て、何となくリョウは目の前にいる女性がただの酔っ払いなどではないと感じ始めた。

 ポケットからスマホを取り出して、いつでも警察に電話できるように準備する。

 未だこちらに気が付く気配のない女性の背後数メートルまで近づいて、足を止めた。


「あの、大丈夫ですか?」


 リョウが声をかけると、女性はぴくりと肩を揺らして硬直した。


「?」


 じっと反応を待つが何も返事を返してこない。

 仕方なくもう一度声をかけてみることにする。


「あの、どうしました? 救急車か警察、呼びますか?」

「っ……」


 はっと息をのむ気配がして、女性が振り返った。

 整った顔立ちをしているが、顔色はあまりよくない。青白いと言っていいレベルだ。やはり体調がよくないのかもしれない。だがその目は一直線にリョウの事を見ていた。

 しかしそれきり何も口にしない。

 仕方なくもう一度口を開こうとした時だった。


「リョウちゃん?」


 透き通った綺麗な声だった。

 だが、内容はリョウの体を硬直させるに足るものだった。

 不覚にも「ひぐっ」と声をひきつらせて息が詰まってしまう。

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