4-8 突きつけられる己の無力

 ——それを目撃したのはリヴィたちが【光】が落ちたジャンブルへ戻ってすぐだった。


「あ、あ、あ……」


 一歩、二歩……とふらつきながらリヴィは前へと出る。

 双黒の視線はアルフェールに抱えられているアンリをずっと捉えていた。

 ぐったりとしていて、服は血染めにより酷く紅い。意識を失い、生気のないその顔は死んでいる様にしか見えない。

 いつも見せていたあの笑顔はそこにはない。

 ——……頭がどうにかなりそうだった。


「そん、な……。アンリちゃん……!」


 シャーリーが目を見開いて口を手で覆う。驚きとそして怒りで震える彼女の傍ら、頭が沸騰したリヴィはその様子に気付かない。


「あああああああ!! アンリ、アンリ!!」

「リヴィ! 落ち着いて!!!」


 光景を受け入れたくないと、リヴィは現実を否定したがった。それでも、アンリの姿は何も変わらない。

 最初に哀しみと絶望が濁流の様に押し寄せ、次にアンリを守れなかったことへの自分への怒り。

 最後に【福音教】への憎悪がリヴィの中を駆け巡った。


「アンリを……返せぇぇぇ!!」

『【深淵に仇なす魂の叫び。矮小なるこの身に無垢なる未来を脈動させ続け給へ。霊法一ノ章【駆動廻希エクタシス!!】』


 霊力の暴発も厭わない、染み込ませた感覚だけで行った超超高速詠唱。強化範囲を両脚に集中。最速最短でアンリを奪還する。

 瞋恚の炎を胸に、短剣二本を逆手で抜き取って突貫した。


「リヴィ!?」


 狙いはアルフェールの首元に一閃。それで死のうが避けようが構わない。

 体勢を崩せばその隙を狙ってアンリを奪いとる。


「貴方は……」


 アルフェールが迫るリヴィに気付く。だが、間合いまですぐそこ。この距離なら短剣が届く方が早い。

 右手の短剣を回して順手へ。少しでも早く間合いを詰める。

 地を踏みしめ、斬りかかる。


「その手を離せぇぇぇ!!」

「はぁ……」


 煩わし気にため息を吐き、哀れみの視線をアルフェールがぶつけてくる。奴はリヴィの殺意に何ら慌てていない。

 それならそれで構わない。

 ——油断したまま死ね。


【――――――】


 迫る刃を気にも留めず、理解出来ぬ言葉を発しながらおもむろに指を一つ突き付けてくる。

 それを知覚した時、リヴィの終わりが始まった。


「ガッ―――!!」


 何が起きたか、微塵も理解出来なかった。

 ヤツが指を下ろすと共に、リヴィの全身が一瞬にして斬り刻まれた。血潮は辺りを濡らし、アンリの顔にも付着する。

 意識外からの攻撃に加えて、全身への無数の深い傷に大量出血。更に、右腕はガントレットごと砕かれた。

 何も出来ぬまま、リヴィは地面に伏するのだった。


「無能で下賤な輩ではありますが、アンリ様のご親族という事で一応命までは取らないであげます。これ以上は邪魔なさらない様に。消してしまいますよ」

「このっ……!!」


 感情の籠らない瞳でアルフェールはリヴィを見下ろしてくる。抵抗すべく必死に力を入れ、赤く染まった手を伸ばすがそれは意味を成さなかった。

 べしゃりと指が沈み、もう一本も動かせない。

 そんなリヴィを見て、シャーリーが動こうとするがそれよりもシューレイの行動の方が早く終えてしまった。


「これでようやく醜い体を役立てる時がやってきました……! あぁ神様……、どうかこの体ご自由にお使いくださいませ――」


 天を仰ぎ、迎え入れる様に両の腕を広げるとシューレイは光に包まれた。

 それは先に見た存在全てを使い果たして行う召喚の儀。

 ただの信者であれだけの隷機ミニステラを生み出したのであれば、司祭となればどれほどのモノとなるのだろう。

 シューレイが消え去り、【月】を隠すように巨大な【異門サンピラー】が出来上がると、シャーリーの警戒心が最大にまで引き上がったのを感じた。

 よろよろと、天を見上げるとそこからゆっくりと降りてくる存在にリヴィの意識が潰されそうになった。

 下級系とは違って、体躯は少し小さいが内包する霊力は桁違い。三対六枚の翼をはためかせ、無い首の上には円環が浮かんでいる。


中級中位デュナメイア……!? しかも自らを贄にした中級なんて…! 六百年前の再現をするつもりなの……!?」


 六百年前。神によって人類が滅ぼされかけたその過去。

 それをさせない為に人類は【神よけの陣】の側に都市を敷いて外で狩っているというのに、この状況ではまるで意味がない。

 史上類を見ない上級にまで匹敵しそうな目の前の隷機ミニステラは、それを再現し得るだけの力を備えている。

 その上、【月】の下だというのにその存在感に衰えはまるで感じられなかった。

 人類の希望の一人。【暴虐姫ブラックサレナ】のシャーリーであっても苦戦は免れないだろう。

 まさに今。人と同じ大地に足を付くことを嫌うかの様に浮遊し続け、リヴィたちを見下していた。

 

「そうしたいところではありますが、こちらとしてももう些事にかかずらっている暇はないのです。お相手をしたければ、彼らにどうぞ」


 デュナメイアが【異門】に手を差し伸べると、その中から下級下位エンジェリア下級中位アークリアが一体ずつ現界。更に、数えるのも億劫なほどの尖兵アンダーが新たに湧き出てきた。

 そんな【神の遣い】はまたあちこちへと人を襲いにかかり、隷機は足止めの様にシャーリーの前に降り立った。


「やめ、ろ……!」


 阿鼻叫喚のジャンブル。逃げ遅れた者を集中的に狙っている。悲鳴が聞こえた次の瞬間にはその声が聞こえなくなっていた。

 ギルドももう手一杯。シャーリーが動こうにも、遅滞戦術を専念とする下級隷機に攻めあぐねている。

 まだ動けるのは、辛うじて体が繋がっているリヴィだけ。


「こ……の……! それ以上……やらせるか……!」


 なけなしの霊力を巡らせ、流れる血だけを止める。手に力が入らないのなら、血を止めた後に残っている左手に一点集中。

 動けないから手首だけを勢いよく動かし、短剣を射出。

 今出来るリヴィの渾身の一撃。


「無駄ですよ」


 それは戦闘態勢にも入っていないデュナメイアによる軽い霊力の放出だけであしらわれた。

 カランカランと、無常にも短剣は転がりリヴィの血で刃が赤く染まる。


「それでは、アンリ様は頂いていきます。無力なその身、せいぜい死なない様に引き籠っていてはどうですか?」

「ま……て……」


 リヴィに興味を示さなくなったアルフェールはアンリを抱えたままデュナメイアの手に乗り、どこかへと飛び去ろうとする。

 その時、だらりと落ちたアンリの手。それはまるで助けを求めているかの様。

 けれどそれを掴むことは叶わず、連れ去られていくアンリに対して何もすることは出来ずにリヴィは意識を沈めるのだった。

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