4-6 明日へ向かうその一歩

 夜空に出来上がり続ける炎の光球。

 それを尻目に、アンリはミーシャと共にこの場から去ろうとする。


「ミーシャさん! 今のうちに安全なところへ行きます!」

「へっ? もう片付いたんじゃないのかい!? ヒョロガキは気絶してるし、あの胡散臭い男だってあそこに……」


 三百六十度、絶え間なく生まれ続けては炸裂を繰り返す炎刃がそこにはある。

 傍目から見れば、絵本でしか見たことのない小さな【おひさま】にも見えるだろう。

 その中心にアルフェールがいるからこそ、ミーシャは決着が付いていると思っている。

 しかし、アンリはミーシャを不恰好ながらも横抱きに抱えて屋根へと飛び上がり、光球から勢いよく遠ざかっていく。


「うわっ!! ちょちょ、アンリ!?」

「残念ながら決着は付いていません。あの人、想像以上に力を持っているみたいです」


 歯噛みし、余剰の力が駆ける石の屋根に亀裂を生み出していく。


「……元々霊法は神に対抗する為に生み出されたもので、あの人の炎を霊力で潰すことは出来ても人間そのものを相手取ることにはとても不向きなんです。それでも、身体強化や武器化ならその物理現象から多少は有効ではありますが……」


 言葉を切り、憎々しげに視線を一瞬だけ未だ襲い続ける炎刃へと向ける。

 【一ノ章】で生み出される術はその全てが対神専用。それ以外には隷機を相手にする時の十分の一程度にしか力を発揮されないように出来ている。

 今打ち続けている炎刃だって、隷機やアンダー相手なら燃え尽きて着弾を終えている筈なのだ。


「だから、アルフェールはまだ生きているってことかい……?」

「はい」


 だからこそ、アンリは数で本来の力を補おうとした。積み重ねることで十分の一を十分の十にする様に。

 燃えなくても衝撃は残るから。

 普通の人間なら縦横無尽の衝撃だけで最悪死に至る。少なくとも今のアンリはそうするだけの覚悟しているし、最低でも気絶したら炎刃を終えるようには設定してあった。

 けれど、それが成されていないということはアルフェールが健在だという証左になる。

 それを余裕でこなせる力量を持っていることについても、だ。


「とにかく、足止め出来ているうちにギルドへと行きます!! 今のあそこなら比較的安全でしょうから!」


 【福音教】が放ったと思われる尖兵アンダーはほぼ狩り尽くされている。

 であれば、残る叛者レウィナたちは指示を貰いにギルドへと一旦向かう。戦える者か集まるそこは、現状どこよりも安全だ。

 壊れた街並みを無視して、屋根伝いで空を駆けていくと、煌びやかに光り輝く一画が見えた。

 ——ギルドだ。

 一息に跳躍。

 落下の衝撃を全て流し、音もなく着地。扉を勢いよく蹴り開けて中へと入った。

 霊法を使った騒ぎが起きた為か、中には既にギルド職員たちが先導し、アンリたちの戦闘音を聞きつけたのか叛者レウィナへの戦闘準備を呼びかけていた。

 その叛者たちは全員、慌ただしく入ってきたアンリ達を見て一瞬で眉を顰めて嫌悪が膨れ上がる。それはアンリの髪を見たからであり、今にも襲い掛かりそうな人もいるくらいだ。

 けれど今のアンリはそんなこと気にしないし、している余裕もない。

 ミーシャを下ろしたところで、殺気立つ叛者たちの前の奥からライラがバタバタとやって来た。


「アンリちゃん……!? どうしたの、危ないじゃない!?」

「状況を説明したいところですが、そんな悠長なことを言ってられる事態じゃありません。ライラさんたちギルドの人は怪我人や叛者の皆さんをここから出さないようにしてください」


 ミーシャを下ろし、彼女もと言ってライラに預ける。

 それらは、私が全てカタをつけると言わんばかりの強引な意志。

 それをライラも読み取りはしたが、それを善人で良識を持ったライラは容認できない。


「な、何を言っているの!? 君みたいな小さな子もここにいなきゃダメでしょ!?」


 その言葉の中に少しばかりの、【白忌子】だからって気にしなくていいの、という無意識の憐れみの含意をアンリは読み取った。

 本当に優しい人なんだとついで思う。嬉しく思うも、それに甘えるわけにはいかなかった。


「お気遣いありがとうございます。ですが敵が私を狙っている以上、皆さんに余計な負担をおかけするわけにはいきません」

「敵ってもしかして……!?」


 アンリが隷機ではなく敵と呼んだことで、何かに思い至ったかの様に目を見開いたライラ。

 【福音教】のことを知っているギルドならその一言だけで今起きている状況が理解できる。

 アンリは踵を返してギルドから立ち去ろうとした。


「後はよろしくお願いします」

「待ちなさい! 一人で—―」

「アンリ!」


 ライラが呼び止めるよりも早く、気骨あるミーシャの声がアンリの足を止めた。

 顔は向けない。

 それでも構わないと、ミーシャはその小さな背に向けて柔らかな笑みを浮かべて一言。


「いってらっしゃい」


 暖かな声はアンリの心を打った。

 こみあげてくる喜の感情。今まで送り出す側だったアンリが送り出される側になる。そこに寂しさは一つもなかった。

 それをこらえることもなく、口端を鋭く上げて言葉を返す。


「行ってきます!!」


 次の瞬間にはもうアンリはいない。

 小さく踏み抜かれた木の床を見て、ミーシャは呟いた。


「死ぬんじゃないよ」


⭐︎

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る