第三章 戦火の始まり

3-1 ただいまとおかえり

「ふぅ、美味い……。ようやく帰って来た感じがするよ」

「うんうん!! 美味しいよアンリちゃん! 才能ありまくり! また作って!!」

「えへへ。ありがとうございます兄さん、シャーリーさん。おかわりはまだまだあるので沢山食べてください」

「うん!」

「ありがとう、アンリ」


 【夜】の帷が降りて数時間。他の客がいない【暴食亭】の一画でアンリが作った黄金色のスープを飲むリヴィとシャーリーと、そんな二人の様子をニコニコとして見つめるアンリがいた。

 暖かな視線を感じながらも二人はスープを口へと運んでいく。激闘の疲れからか、一口飲むだけでじんわりと心の芯まで温めてくれるスープにリヴィは自分の体がほぐれていくのを明確に感じていた。

 一方で、疲れを微塵も感じさせないシャーリーはバクバクと肉や野菜をまとめて頬張っている。熱さという概念はシャーリーには無いらしい。

 ――と、そこに呆れた表情をしながらミーシャが運んできた二つのパンを二人に差し出した。


「にしても、シャーリーと違ってボロボロじゃないかリヴィ。あんまり妹を心配させるんじゃないよ。一緒に飯作ってるとき、お前さんを気にしてか何回か調味料ミスりかけてたんだから」

「んむっ……!」

「お、おかみさん! そ、それは言わないでくださいよ!!」


 アンリが恥ずかしそうに両手を振るのを見て、事実だと分かったリヴィは表情を沈ませる。

 顔の傷や体に出来た傷は既に治療済みだが、裂けた服や破損したガントレット、主武器である槍がこの場にないことから満身創痍だったことは誰の目にも一目瞭然。

 帰って来た時、ただいまを言う前にアンリが慌てて駆け寄ってきたのだから彼女の心配はよっぽどのものだったのだろう。

 また余計な不安を与えたか、とリヴィはアンリに謝った。


「ごめんアンリ。そんなに心配させちゃって……」

「い、いえ! 私が勝手にそうなってただけですから! 兄さんは悪くありません! ただ、お二人のことは信じていたんですけどやっぱり……」

「ま、戦ってる家族を心配するくらいは普通じゃない? 今回の戦いは今まで二人がやって来たこととは全然違うやつだったんだし、なんてたって下級上位アルケティアまで出てきたからね。――おかみさん、スープおかわり!」

「ア、アルケティアが出たんですか!?」


 落ち込むリヴィと驚天動地と言わんばかりに目を丸くさせるアンリをよそに、豪快にスープを飲み干したシャーリーがミーシャに器を突きつける。

 ミーシャは器を受け取り、カウンターの向こうへと消えていった。

 それを見届けたシャーリーは、いまだ愕然とするアンリに向かって安心させるように微笑む。


「それでもアンリちゃん、あんまり心配しなくていいよ。実際、リヴィの実力はわたしから見てもかなり高い方だったからね! わたしも手伝ったとはいえアルケティアを一撃で破壊出来るわざを持ってる銅級ブロンズなんて他にいないよ! 銀級シルバーでも一握りいるかいないかでしょ!」

「【魂の咆哮ルギトゥス・フェルミリア】ですか……。確かに兄さんの奥義が通じたのであればまだ安心できますね……。兄さんの最大の弱点である破壊力が無くなったってことですから」

「あぁそうだな。ここで下級系隷機全てを破壊出来るって分かったのかなりでかい。そういう意味でも、今回の戦いは有意義なものになったな」

「逆転できる切り札をがあるのとないとじゃ生存確率が段違いだからね。一手の差だけど、その一手はかなり大きいよ!」


 ミーシャが持ってきたスープをまた食べながらシャーリーが快活に言う。真に一握りの存在である【暴虐姫ブラックサレナ】の言うことだ。その言葉には高い説得力があった。

 アンリそれを聞いてほっと胸を撫でおろす。


「まぁ切り札が確定したってことで多分俺はこれからも無茶はすると思う。だから、そこは先に謝っとくよ」

「そうですね。兄さんがこのまま止まるってことはないでしょう。なので、私も次からは信じて待っています! お二人とも、もっと美味しい料理を期待していてください!」

「おっ! それ最高だよアンリちゃん!!」


 ふんすっと両手を握って決意するアンリの頭を、やんややんやとシャーリーが囃し立てながら撫でる。わちゃわちゃと撫でられるその温かさにアンリは大きく笑みを浮かべた。

 そんな嬉しそうな二人を見て、リヴィもまた微笑む。

 こんな穏やかで暖かな時間、これまでの人生で三人ともが送ったことがない。だから、今それを味わって三人ははっきりと自覚した。

 この三人なら、また何度でも代え難いこの時間を送ることが出来ると――。


「――っとと、そうだそうだ。そろそろギルドへ報告しにいかないと」


 スープを飲み干し、口を拭うとシャーリーは支度を始める。【福音教】の存在を教えたこともあって、退治したことをギルドへ報告しに行かなければならないのだ。


「本当に任せていいのか?」

「うん。リヴィは疲れてるからね。あとの事はわたしに任せといて、リヴィはゆっくり休んでて。また【月霊祭】の時になったら落ち合お」

「なら遠慮なく。ありがとうな」

「うむうむ。アンリちゃんも動いても大丈夫そうだよね?」

「はい! おかげでゆっくり休めましたから! 万全です!」


 小さい腕で力こぶを作るアンリ。その腕には何も出来ていないが、元気な感じは伝わった。


「よしよし、なら存分に楽しめるね。クロークはおかみさんに渡してるから、それ受け取ったら後で噴水前に集合で!」

「ああ」

「はい!」


 そうして二人の返事を聞いたシャーリーはフードを被り、意気揚々と手を振りながらシャーリーは【暴食亭】を出ていった。


「じゃ、またね! おかみさんも! アンリちゃんスープ美味しかったよ!」




「これからどうしますか兄さん」

「……とりあえず寝る。もう眠気が限界だ、二時間後くらいに起こしてくれ」


 完食し自室に戻ってきた二人。

 リヴィは疲労と満腹で一気に瞼が重くなり、ぽすっとベッドに倒れ込んだ。気を抜けばすぐにでも意識は夢へと落ちるだろう。

 そんなリヴィを見て、妙案を思いついたとアンリは碧い瞳を輝かせた。


「よいしょ、よいしょ」

「アンリ……? なにを……」

「こうすれば男は喜ぶっておかみさんが言ってましたから!」


 眠りにつきそうなリヴィの顔に暖かくて柔らかい感触に包まれた。

 アンリがやったことは膝枕。

 そのままいつもと違って、リヴィの黒髪を優しく想いたっぷりに撫でていく。

 リヴィの身体がまた一つほぐれた。


「まったくおかみは何をアンリに言ってるんだか……」

「どうですか兄さん。気持ち良いですか?」

「…………嘘はつけないな。気持ち良いよ。暖かくて心が安まる」


 どこかに変態性や背徳感を覚えながらもこの安らぎには抗えないリヴィ。眠気は急激に勢いを増し、睡魔にももう抗えそうにない。

 そうなる前に、リヴィはアンリに伝えることにする。出来なかったあのやり取りを。

 ふふふ、と微笑むアンリの顔に手を添えて一言。

 アンリもその手に小さな手を重ねて言葉を待った。


「ただいま、アンリ」

「おかえりなさい。そしておやすみ——お兄ちゃん」

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