近未来の…

舞後乃酒乱

近未来の推し(広告業)

 AR(拡張現実)技術、これが一般的になって何年だろうか。


 黎明期は、ケーブルにつながれたゴーグルと大量の周辺機器。そこからわずか数年で、ヘルメット型 → ゴーグル型 → 眼鏡型 と小型化が進み、また同時に多機能化しその過程で様々な機能が組み込まれ、ある時を境に旧来デバイスのスマホを一気に駆逐していった。最近では、体内埋め込み型デバイスという物も研究・開発されていると聞く。


 その影響は様々な分野に及ぶ。生産現場では、可視化によって生産効率の向上、品質の向上、作業事故の激減。世の中に「AR産業革命」なんて言葉も出回った。

 中でも一番影響を受けたのはメディア業界、その中でも特に広告業界の受けた影響は大きかった。旧態依然たる広告業の大手は軒並みダメージを受けた。


 広告の転換期と言えば、スマホ全盛の時代に産声を上げた、位置情報とリンクしたスポット広告の技術。


 そもそも広告というのは、基本的に消費者ターゲットの購買意欲を様々な手段で刺激して、購入行動を起こさせるのが目的である。それ以前に行われていた手法は、無差別に大量にばらまき繰り返し露出するという手法、あるいは人気の俳優・歌手を起用し、商品そのものよりもイメージを宣伝する…というのが主流であった。

 しかし時代と共に、時間帯あるいは年齢層と言ったカテゴリー別に消費者ターゲットの行動を推測し適宜露出する方法に進化・先鋭化していった。そして、前述の手法に行きつく。


 俺は、そんな時代の某広告代理店の営業マンだ。この時代でも相変わらず前時代的な業務形態だ。

 今日は、朝一で客先との広告の打ち合わせだ。マルチギアから響くアラーム音でベッドから起こされ、身支度を整え朝食も食べずに駅に向かう。もちろんマルチギアはかけている。


 アパートを出るとさっそくマルチギアの画面にルート指示が出る。この指示に従っている限り遅刻するなどと言う事はありえない。交通機関の運行情報もすべて考慮された、最適解の案内ルートだからだ。


「そういえば、AR産業革命の影響を最も受けなかったのが公共交通機関だなぁ。」


 そんなことを考えながら、無意識にギアの指示されたルートで駅に向かう。


 途中、大通りの交差点で信号待ち。もちろんこれもルートに考慮されている。


 突然、タイヤが出す大きなスキール音が聞こえ…進行方向とは異なる歩道を渡っている老人に車が突っ込む。跳ね飛ばされた老人はピクリとも動かない。




 ★★★★★★★★


『自動車保険なら! アルサ海上ダイレクト! 24時間、365日受付、万が一の事故の時でも安心です。』


 ★★★★★★★★


 このギアの難点、オプション契約をしないと不要な広告が表示されてしまうことだ。すぐに非表示のオプション契約をする。


 信号が変わり、時間通りに駅に到着。改札を抜け…もちろんギアに連動しているのでサクッと通過する、階段を降りるとすぐに電車がやってきたので乗り込む。


 いまの時代、満員電車などということはまずない。当然吊革につかまって片手でスマホ、あるいは1/4に畳んだ新聞などという姿も無い。そもそも、新聞自体がマニアか、公立図書館ぐらいしか購入していない。


 ギアが指定した車両の、指定したドア付近の席が空いているので、迷わず座る。目的の駅まで10駅、ちょっと遠いな、乗り換えが無いだけでもましだけど。



 目的の駅に到着。取引先のあるビルに向かう。ここからは地下道で行くルートをギアが示す。


 コーヒーショップの前を通る。巨乳+ミニスカートのウエイトレスが目の前に立つ、ばるんばるん揺れている。




 ★★★★★★★★


『グアテマラ産の最高級コーヒー豆を、店主がじっくりと自家焙煎した…』


 ★★★★★★★★


 即座に非表示のオプション契約をする。


 そう言えば、この前同僚がAR呼び込みに引っかかってとんでもない目に遭ったとか言ってたな。ARキャラで勝負する様な店なんて、その味は…だな。


 ギアの指示通りに取引先の受付に着く。設定どおり約束の時間30分前だ。ロビーの待ち合わせコーナーで担当課長が来るのを待っていると受付嬢が…。




 ★★★★★★★★


『特殊加工、精密加工、小ロットの生産から…』


 ★★★★★★★★


 担当課長が現れる。会議膣に…


「今日呼び出させていただいたのは、貴社に発注の広告の効果が今一つで……」


 おいおい。だから言っただろ。個人相手にあんな広告出しても効果ないと、用意してきてよかったよ…


「すみません、私どもの、誠に申し訳ありません。ですがこの結果に対して、テコ入れの案を本日お持ちしています。」


 何とか課長を説き伏せ、ターゲットの変更を承認してもらった。


 取引先を出ると、ギア経由で会社に報告、課長に決裁を貰う。他の案件進捗の状況をギアに転送して決裁の必要な案件は…無いな。大きな問題はなさそうだ。


 ちょうど昼の時間。せっかくここまで来たのだから、たまには外食もいいかな? 足は地下街のレストランの集まる一角に。AR呼び込みがあちこちにいるいる。



 ★★★★★★★★


『九州産、薩摩黒豚のとんかつセット、1200円でご提供!』


 ★★★★★★★★


『秘伝のスパイスで、めっちゃ美味しい! めっちゃ美味しいよ! いまならチキンも付けて!1000円!』


 ★★★★★★★★


『新蕎麦入荷しました、こだわりのつゆでお召し上がり下さい、定食は900円から~!』


 ★★★★★★★★


 気分的に蕎麦かな? サクッと食って帰ろう。



 うん。美味かった。新蕎麦というだけあって、心地よくプツリと切れる噛み応え、喉の奥に広がる新蕎麦の香り。何よりそれに合わせた「こだわりのつゆ」。これはリピートする価値がありそうだ。

 ギアから評価の星を送る。これで、この店も繁盛するといいな。でも、広告会社は他社だったから、いつか奪ってやる。


 そんなことを思いながら、市場調査という名目であちこちと。いや、ちゃんと市場調査なんだから…しかし、質の悪い広告が多いARキャラ頼みだけでなく、明らかに広告に偽り有ってのも多い。


 推し《けいやくさき》を見つけるには、市場調査ぶらつきが一番かな、そんなことを考えつつ業務時間も終了したので帰ることにした。


 駅に着く…が、ちょうど電車が行ってしまった後だ。次は20分後…予定があるわけでもないので気にはしていない。とりあえずベンチに座るか。


 ベンチに向かって歩き出すと…


 ★★★★★★★★


『疲れた時には、これ一本!赤べこエナジードリンク!』


 ★★★★★★★★


 ARの青と白のタイトな衣装を着たRQが目の前に出てくる。即座に非表示のオプション契約…え? 月額1980円だと! あほか! 

 スルーして、自販機の脇を通り過ぎる。その瞬間にARのRQも消える。


 ベンチに座りながら考える。自販機ごとに月額1980円なのか、飲料ごとに月額1980円なのか?自販機ごとだったら帰り道のすべての自販機で…あほらし。

 ドリンクごとでも…というレベル。まさかうちの会社絡んでないよな…。


 そうこうするうちに、電車が来た。乗る瞬間に視線が自販機を通り過ぎる。



 ★★★★★★★★


『疲れた時には、これ一本!赤べこエナジ・・・・・・


 ★★★★★★★★


発車と同時に消える。 うぜぇぇぇ!!!!


地元の駅に着き、自宅を目指して歩く、10分もかからない距離。



 ★★★★★★★★


『引越するなら♪ アールホームでアール♪』


 ★★★★★★★★


即座に非表示のオプション契約…1000円だと? 無視だ無視!


「あ? 晩飯買ってないなぁ…」



 ★★★★★★★★


『美味しいギョーザは大将!! 旨いラーメンも大将!!』


 ★★★★★★★★



即座に非表示のオプション契約…… なんだと…この金額…。ラーメン餃子セット何食分だよ!!!


思わずギアを外す。そして、歩き出そうと…… 




しまった。ギア外したら………アパートまでの道がわからん。

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近未来の… 舞後乃酒乱 @kakuQsertRp

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