マオウ軍幹部ニート大公
雲本海月
第一章 新人のマオウ様
第1話 初キスの日 ①
今の俺は、人生で初めて女の子の唇の感触が分かっている。
まあ、もう二十八歳の俺にとってはおめでたいことだろう。
でも俺は「不味い」と心で叫んでいる。
理由は三つがある。
第一、 よくこの子を見てください。
小さな体。貧相な胸。幼きが出る顔。
制服を着ているから多分中学生として認識されるが、それを外す時よく小学生だと誤解される。
この子、こんなことをしているけど、年齢はまだ……いえ、丁度今日で十八歳になったからセーフ?
ちなみに、この子ってこんな見た目だけど、実際には中学生ではない。当然小学生でもない。今年高校卒業する予定の大学生の予備軍だ。
それでも不味い。小中高大のことを置いて、第二の問題。
この子は俺の妹であり、俺と同じ苗字を共有する家族だ。
ほら。流石に不味いだろう?
そして三つ目の理由。
それは前の世間的なことと違い、単に個人的な理由だ。
客観的に見ても、俺の妹は優秀だ。
まずは成績だ。
今日は大学に合格したことを知った。
大学と言えば、この国に一番の大学は二つがあるけど、どっちも一番だと公認される。
そして妹が入る予定のは、その中の一つだ。
あとは財力だ。
運の要素もあったとは言え、妹はこの歳でもう十億円レベルの資産を持つ身だ。
そして容姿。
国際バレエ大会で賞を取った実績を持つバレリーナとして、その綺麗な姿でよく学校の男子たちの目を奪う。
妹が通う高校は国レベルの上流階級と極少ない特待生しか入れない学校だけど、我が妹はそこにも結構人気があるようだ。
全校の生徒とその家族たちの前で告られたこともあった。
そしてあの盛大な告白をしてくれた先輩の男子は確か……この国の軍事産業と金融にかなり影響する財閥の御曹司だったっけ?
そういうわけで、俺は上流階級の義弟が出来る日がもう遠くないと確信していた。
そうなると、義兄の俺にも少しだけ援助してくれるんだろう。
つまり、頑張らなくても楽な生活を手に入れる!
だから、これは本当に不味い。
未来の義弟は彼女の初キスが自分じゃなきゃ怒って、縁談がなくなる可能性が無視できない。
そうなると、妹の約束された幸せの未来が失われる。ついでに俺への援助も。
それはダメだ。
どうすればいいか分からなくて、脳が上手く働かない。
そのせいで、部屋に見覚えのない、変な大きな紋章が光っている幻覚も目に入った。
周囲の光景も一気に変わって、いつの間にか暗い森の中になった。
「遥か彼方から来てくださった救世主様、どうか我々を導いてくださ……あっ、もしかして、お邪魔でしたのかしら?」
月の光を借りて、妹と同じくらい身長の金髪ゴスロリが目に入った。
頭を下げ、何かを頼んでくれているようだ。
彼女は少し顔を上げたら、目に入った光景は多分ちょっと予想外だろう。
そのせいで、片目に
――――――――
俺の名は
そう、あらとだ。しんじんじゃない。にいとでもない。
まあ、実際ニートだったのは確かだけど。でも俺の妹、
「クラスメイトの家庭教師になってほしい」って。
ちなみに、舞央が通っている高校は星見学園というエリート学校……いや、もうエリートのレベルじゃないと思う。
一言でいえば上流階級の学園だ。我が家みたいな普通の家柄はもう絶滅危惧種だ。
でも家柄だけならあの学園に入らない。生徒本人の優秀さも必要だ。
特例として、家柄がない特待生もあるけど、その線はとても難しい。
その学園の中等部に舞央を送った俺には良く分かる。
でも舞央の優秀さのおかげで何とかできた。
そういうわけで、この学園の生徒として、俺の雇い主、
父親が大病院の院長で、亡くなった母親が宝石商だった。
ちなみにその母親が会社の株を全部娘に残したので、祈里は親だけじゃなく、本人も少なくても数十億円レベルの資産家だ。
多分その原因で、俺の給料はいつも親の方じゃなく、祈里本人から貰う。
初めて十歳下の女の子からそのちょっと厚い封筒を貰った時、ずっと働きたくなかった俺も流石に働く気が湧いてきた。
そしてこの仕事の素晴らしさはお金のことだけじゃない。
ニートをやめたから、もう親に「仕事を捜しなさい」なんて言われることがない。
同時に何故か知らないが、母さんにお見合いに行かされることもなくなった。
とにかく変な圧力が減ったので楽だ。
それと仕事の為に、俺は星見学園の周辺、具体的に言うと舞央が住んでいるそこそこ広い一軒家に引っ越した。
結果、毎日舞央の姿が目に入って、自然に心情が良くなる。
でも、こんな素晴らしい仕事は今日までだ。
祈里は念願通り、この国の一番目の大学に合格した。めでたし、めでたし。
そして今日のお昼は二人でお祝いって約束した。
あれ?
もしかして、この後俺はまたニートに戻った?
これからまた別の仕事を……ああ、嫌だ。働きたくない。
こんな素晴らしい仕事の後、別の仕事をやらせるなんてもう無理。
そもそも俺は働くことが好きじゃない。
昔ある面接の時、「君にとっての理想な生活状態はどうなるか、少し説明してもらえる?」と聞かれて、俺は素直に「何もしなくてもお金が一杯ある」と答えた。
だからもし祈里みたいな、何十億円や百億円の資産を持つ美少女に養われたら、俺は絶対文句を言わない。
逆玉っていいじゃない。一人で頑張るなんてもう無理だ。ヒモになりたい。
はー。
勇気を出して、祈里に少し頼んだらどうなるんだろう……
まあ、そんな馬鹿なこと考えはさておき、まだ祈里にこの後の集合場所を聞いていないな。
サプライズとは言え、そろそろもう聞かなきゃ不味い時間だ。
俺は祈里にこれからの集合場所を聞く為にスマホに手を伸ばした。
丁度メッセージを送ろう時、スマホが鳴った。
来電の名前は……えっ? 祈里の父さん?
同時に、外、黒塗りの車が目に入った。
――――――――
祈里の父さんは俺を祈里の所に送るって。
これは聞いていなかったよ、祈里。
「娘の願いを叶ってくれて、ありがとうございます」
祈里の父さんが運転しながら言った。
「いえ。これは全部祈里自身のお陰です。元々勉強というものは殆ど自分自身しか出来ないことですから」
「仕事が忙しくて、娘の状況はよく把握していたと言えませんが、二年の時よく欠席したあの子がこんな成績を取ったのは、きっと先生のお陰だと思います」
ばかな。
絶対祈里の頭が良すぎた結果だ。
そもそも、あの学園の課程は……
「それに、星見学園の課程が普通の高校レベルを随分超えたと聞きました。あの子も中々補習の先生が見つからなくて、もう留年の準備をしたんですよ」
だからこそ、全部祈里の頭がいいのは原因だろう?
よくあんな無茶苦茶な課程を学んだな。
舞央の事情もちょっと分かったかた、仕事を受けた時多少心の準備をしていたんだが、本番になった時結構きつかった。
だから、この成績は祈里の自身のお陰だ。俺じゃなく。
「そして勉強のことだけじゃなく、父親に相応しくない私の代わりにあの子を一人にさせないことも、心から感謝します」
父親に相応しくないのはないだろう。
わざわざ娘と一緒に住む為にこの辺に引っ越したと聞いた。
仕事の原因で家に不在な日が多いけど。
父親としてはダメなことと言えば一つがあるけど。
それは毎回俺と祈里を二人きりにさせたことだ。
お陰で俺は生徒の親に会わず済んで楽だったけど、父親としてはどうだろう。
少なくとも、俺は舞央がそれなりに若い男子教師と二人きりで同じ部屋に居ると聞いたらきっと不安になる。
それにしても、こんなに感謝されて、何だか気まずい。
後のお祝い会も一緒だろう。どうしよう。
やっぱり普段会わない人と一緒にいると緊張する。
「いえ、その……」
「あっ。そしてこれ。少しのお礼ですが、受け取ってください」
これは……高そうなスーツだ。
多分餞別みたいなものかな?
「ありがとうございます」
素直に受け取った。
「あー、そして……先生はもう知っていると思いますが、一応言っておきます」
「はい」
「妻はレアな病気で、結構若い頃に無くなったんです。私はずっとその病気を研究していて、結局間に合わなかったんですが」
それは初耳だ。
「あの子は違います。遺伝とはいえ、深刻になる前にもう治療を受けて、完全に治りました。絶対普通の人間みたいに健康な人生が過ごせると、私は医者のプライドをかけて誓います」
この人はこの国の医学の権威だと聞いたから、この誓もかなり本気だろう。
「あっ、もう着いたんですね。このビルの一番上です」
海の傍に凄いビルが目に入った。
どこかの店で一緒にお祝いって聞いたが、こんな所は聞いてなかったよ。
「では、私はこれで」
あれ?
一緒じゃないの?
そう言えば、確かにお祝いの約束は「二人の」だったけど……
「応援しますぞ。先生」
手を振って、何か応援してくれたようだが、一体何かさっぱり分からない。
やっぱり、俺はこの人が苦手かもしれない。
スーツを持って、俺はそのビルに入って、最上層にたどり着いた。
そこに入るんだろう。どう見ても。
「すみません。更衣室はあちらです」
でも扉の前に止められた。
「えっ?」
何を言っているのか全然理解できない。
……が、周囲を見ると、みんなスーツやドレス姿だ。
なるほど。これはあれだよね。正装をしないと入らない場所。
もう初めての経験じゃないけど、慣れないことだから悟るまで少し時間が掛かった。
そして手に持っているスーツを見た。
偶然じゃないよね。これ。
少しため息を吐いて、俺は着替えて中に入った。
中に入ったら……あっ、いた。
舞央の程ではないが、高校生として少し小柄な祈里は手を振ってくれている
今日はいつも見慣れた制服ではなく、普段の私服でもない。その繊細な腰と少し控えめな胸を包んでいるのは白を主調とした礼服だ。それと合わせたのは細めな足を包んでいる白ニーソと色んなアクセサリー。栗色の髪はいつものハーフアップ。
「お似合いですよ。せんせい」
この海が見える席に着いたら直ぐ褒められた。
いや、俺は全然美男子じゃないって自覚しているけど……
「祈里の父さんがくれたものだからな」
もし似合うと思われたら、きっとこの高級品のせいだ。
ちなみに、俺は生徒の名前を呼ぶ習慣がないが、「神崎」と呼ぶと雇い主が怒るからこうなった。
「あっ、実はあれ、私が選んだものですよ」
「えっ? つまり、これは祈里からの……」
「いいえ。確かにお父さんからのお礼ですよ。でもお父さんは先生のことが殆ど知らないから、結局私に手伝わせてくれたんですね」
「なるほど」
似合う原因が少し分かった。
「でも何でサイズまでピッタリなのか?」
「毎日先生のことを見ていますから、印象を想像するくらい簡単ですよ。それと、舞央から具体的な数値を聞きましたね」
舞央は一年前受験生になったまで真剣にバレエをやっていて、常に自分の体の数値を監視していた。
ついでに俺のも。
「祈里もかなり似合うよ」
褒められたらまずは褒め返す。
俺はともかく、女の子は綺麗だと言われたら無条件に喜ぶらしい。
「本当に?」
「本当だ」
「一年前と同じ格好なのに?」
「一年前と同じくらい綺麗だ」
今の祈里は初対面の時と同じ格好だ。
あの時は星見学園高等部の学園祭の一部として、全校生徒と生徒の家族が参加するパーティだった。
ちなみに、あの頃も同じく、正装しないと入場出来なかった。
本来ならば俺はそういうのが苦手だけど……一年の時舞央が俺のせいで参加しなかったから、二年の時またあんなことにならないように、俺は久しぶりずっと籠った部屋から出た。
「やっぱり先生は女の子の心が分かっていませんね。ここは『一年前よりも綺麗になった』でしょう?」
「いや、だって本当に一年前と同じだから」
「一年分の成長があるのに?」
「うん。確かにこの一年は、あの変態学校の二年分の課程学んだ。それといくつの大学の入学試験の準備……」
「私が言ったのはそっちじゃなく。体ですよ、体!」
祈里は中指に長手袋を掛けた右手でその控えめな胸を叩いている。
「ええ……」
「ええって何よ!」
「もう生物学の時に学んだと思うが、女の子はこの歳で成長が止まったのもおかしいことじゃないよ。それと、叩いても成長しないぞ」
「せんせん?」
唇を尖らせた祈里に少し睨まれた。
「あー、ごめん。それより祈里は何か欲しいものがあるの? ほら、入学祝い的な」
「え? 先生からですか?」
「まあ、そうなるよな」
よし。目に見える程祈里は機嫌が直った。
お金を使うのはちょっと汚いかもしれないけど、元々祈里から貰った給料だし、そのお金で祈里の機嫌が直ったら誰にも文句を言われる筋合いがないはずだ。
向こうの祈里はガラスを持ち上げ、中にあった金色の飲み物を一気に飲み干した。
そして左手の甲を見せてくれた。
「じゃせんせい。ここにあったもの、覚えていますか?」
「ああ。当然だ」
随分昔の話が持ち出された。
「こんな時代で婚約者がいる高校生なんて滅多にいないから」
今の祈里は一年前の時と同じ格好だ。
でも唯一の違う所がある。
すんなりとした薬指に、あの時輝いていた指輪はもうない。
「実はうちの学校には結構多いですよ。でもまあ、もう婚約指輪までに進んだのはちょっと珍しいですけど」
上流階級の家庭が子供をこの星見学園に送る理由は教育の為だけではない。
結婚相手を探す目的も兼ねる人が多いって、以前聞いたことがある。
一年一度の学園祭の最後で、全校生徒とその家族たちのパーティを行うのも、主にその為の社交場らしい。
「実は私、婚約のことが嫌いじゃありませんでしたよ?
祈里は左手をひっくり返して、視線を手の甲に固定した。
「でもまさか、私の目の前で、そして全校の生徒とその家族の目の前で、別の女の子に告白して、うちの店で買った指輪を持ってプロポーズしましたね」
本当に凄い人ですね、と苦笑している祈里。
あの時の祈里が無声で涙を流す顔は今でも忘れない。
舞央は祈里をその場から連れ出そうとしたが、祈里は体に力が入れなくなって、結局俺がその縮んだ体を抱き上げて舞央と一緒にそこから離れた。
あれから一年の間に、祈里とこの話題に一度も触れなかった。
でも今、祈里本人がそれを語っている。
これも少し乗り越えたってことかな?
「無理にあいつを褒めなくてもいいよ」
「無理ではなく、本当に凄いと思いますよ。例えば、先生もあんな風に、この場で指輪を持って私にプロポーズしてくれる勇気がありますか?」
「いや、それは流石に」
「まあ、先生の場合じゃ、先ずはあんな値段の指輪を買うことで躊躇しますね」
「……そうですね」
この学園の生徒が俺と違う世界の住民だと、俺は痛感した。
「でもご心配なく。これから先生に年末のボーナスをあげますから」
毎回の給料の時のように、祈里は封筒くれた。
「あれ? 先生ってその顔、もしかしてガッカリしました?」
「いや……」
封筒の感触は普段と違って、中が結構薄い。
でもこんな計画外の収入に文句を言う筋合いがない。
「ここで開けてもいいですよ。というより今直ぐ開けてください」
「じゃ」
開けたら、中身は紙一枚。しかも諭吉じゃない。
そこに短く書いたのは……
bc1qmwgqnhdehhdvt0f38pxx3qapa88yumpfqjyscc → bc1qv5s42c49wcecdavh520srjv6gfvs3pm0j7g8ca 10BTC
これは……分かる。
ビットコインのアドレスだ。しかも後ろのアドレスは結構見覚えがある。
おいおい、まさか……
直ぐスマホを取って、久しぶりに俺のビットコイン財布を確認して……
やっぱり。
最新の記録は今朝。ビットコイン十枚が入った。
次は半年前。あの日は確か、祈里はビットコインの話題に興味を示したから、俺は少し説明してあげた。
その時の俺は説明しながら祈里に新しいビットコイン財布を作り上げ、千円くらいの価値のビットコインを送った。
でもまさか、あの時小銭を受けたあのアドレスからビットコイン十枚が来たなんて。
「どう? これくらいなら、先生を失望させないと思いますけど……」
値段がいつも変わっているけど、十枚って最近の値段で、一億円はないけど、数千万円なら絶対あるはずだ……
「おーい。先生?」
「あっ、ごめん。何か言った?」
危ない。ビットコインに魅了される所だった。
「だから、最近うちの店もビットコインで買い物ができるようになりましたって。つまり、このボーナスが直接に使えますよ」
「はー」
「そしてそのくらいのボーナスで買えないアクセサリーがないと思いますよ? だから好きなだけ選んでもいいですよ」
祈里はまたガラスの中の飲み物を一気に飲んだ。
「顔が赤いぞ。もしかしてさっき飲んだのはアルコールだった?」
「違います。先生はアルコールなしですから、そんなものがここにあるわけがないでしょう。そもそも私の年齢で……」
じゃ何でそんなに赤い顔をしているの? と聞いたら意地悪なことになるんだろう。
というか、さっきから俺の顔も熱いと明らかに感じている。
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