攫って逃がして、殺せない!~喫茶さんずの渡し船~
みのる
第1話
鴨川は、三途の川とはよく言ったものだ。
私は京都の町にそれほど思い入れはないし、まして歴史とか民俗学とか、そういったものの理解が深いわけではない。
しかしこの川には生と死が渦巻いている。河原ではカップルが愛を成していれば、絶滅危惧種のオオサンショウウオはたまに打ちあがる。
俗な私でさえ、この川の生とか死とかへの係りを見つけ出せるのだから、この川は
なんかあるぞ、と言ったら、「道頓堀の方が人は死んでるし、鴨川のオオサンショウウオに、絶滅危惧種の在来種はほとんどいないよ」とか佐藤に突っ込まれたことは、思い出さないようにする。
…だが、この川を境に、京都の町はこの世を少し離れるのは事実だ。今度は私の俗かつ無知な推測ではない。
神宮の北、百万遍の学生街の端っこに、この街ではありふれた純喫茶が一件。
レトロとモダンという水と油、白と黒を混ぜ合わせ、京都の空気で冷やしたカフェオレを提供する客入りの悪い喫茶店、喫茶さんず。
今日もこの店に、渡し船の切符を買い求める客が一人。
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いかにも古そうな、木製の壁掛け時計が、一時間おきに鳴るよう設定された鐘を鳴らす。相応に年代物であるらしく、弱くなったゼンマイが精いっぱいに鳴らした音は今にも消えそうであった。
しかしそんな小さな音でも、今この空間に響く音色がそれだけなのだから、この空間を虚しくさせる。
「よーしリツカちゃん、今日はもうお店閉めよっか!」
「まだ午後の2時ですけど!?」
喫茶さんずの店主、
「だってお客さん来ないじゃん。今日ランチタイム3人だよ?カレー腐っちゃうしはやく賄いとして食べないと!」
「喫茶店なのにティータイム目前に店仕舞いするところがあるか!というかカレーは数時間で腐らん!自分が食べたいだけだろ!」
この若い女店主、渡里は相当食い意地を張ることを、アルバイトのリツカはよく知っていた。
そのせいで、喫茶さんずのランチメニューは量がアホみたいに多い。そのくせ、しっかりと適正料金を取るので、フードファイター以外来店しないのだ。
一度問い詰めたところ、本当に気付いていない顔をしていた。
「私は学生のみんなにおなかいっぱい食べてもらいたいだけなのに…よよよ」
と供述していたが、改善はされていない。
この渡里という女店主、言ってしまえば不思議ちゃんであった。歳もだいぶ若く、大学1年のリツカと5つも離れていない。そんな歳で、学生街で客入りの悪い喫茶店をやっている。変な人だ。
その店主はというと、もう勝手にブラインドを下げ始めていた。正直、渡里が変な人かどうかよりも、今月の稼ぎがこれ以上減ることの方が、貧乏学生のリツカには一大事だ。
リツカが諦めかけたそのとき、玄関の鈴が鳴る。
「すいません、やってますか?」
お客さんだ。リツカは救われた思いだった。
「すいません今日はもう店じまいです!」
「やってますよいらっしゃっせー!!!」
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「ってなんだ、
「あれ、リツカちゃんだ。意外~。」
リツカの救世主は、大学で同じ学部の沙羅であった。地元から上京し、知り合いがいない全くの新天地・京都で、最初に話しかけてくれたのが、沙羅と沙羅の高校時代の同級生であったツミキであった。
3人は緩やかに繋がっているので、3人一緒に遊ぶこともあれば、2人だけで授業を受けることもある。だが、基本的に放課後も誰かと誰かが2人以上で過ごしていて、沙羅は中心となることが多かった。そんな沙羅が珍しく一人であった。
「リツカちゃん、知り合いなの?」
渡里が一度閉めたブラインドを少し開けながら、聞いてくる。
「はい、学校の友達です。今日ツミキちゃんと一緒じゃないんだ」
「うん…そうなんだ。私も意外...。六花ちゃんがここで働いてたなんて」
「六花ちゃんは最近なんとなくバイト募集したらなんか応募してきたから採用しただけだよ。なんでウチなんだろうねウケる。」
余計なお世話だ。と口をつきかけたが、沙羅の手前ぐっと飲み込む。だって前のバイトブラックすぎて衝動的に辞めちゃったけどバイクの車検費用全然足りなくて急いでお金必要だっただけで~という話は、この話題になるたびにごまんとしていた。
「ところでお客様、ご注文は?」
吐露しそうになる色々な感情をどうにかして飲み込もうとしている間に、渡里が注文を取る。普段から割と物静かで、落ち着いている方の沙羅も、さすがに少し引いているのか、あまり元気がないように見える。というか今日は全体的にテンションが低い。
「鉄板ナポリタン大盛り、生卵付き…」
「タバスコは?」
「ボトルで…キープします。」
「え?食の趣味ヤバくない?」
流石に言及せずにはいられなかった。
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