第110話 顔面力>>>>>魅了の力



 聖女マニアなルナマリア様に、聖女に魅了の力があるという話を聞いたことがあるかお尋ねすると、無表情のままアイスブルーの瞳をキラキラと輝かせた。


「聖女様を一目見ただけで心惹かれたという話は、文献にも民話にも多く残っております。私は聖女様の徳に皆が惹かれたのだと思っておりましたが、『魅了の力』を持っていたという可能性も確かにあると思いますわ!」


 ルナマリア様もピアちゃんが聖女であるかどうか是非とも知りたいとおっしゃるので、事情聴取に付き合ってくださることになった。

 そういうわけで、わたしとルナマリア様とドワーフィスター様(と姿を隠して護衛してくれているシャドー)で、ピアちゃんのもとへと向かう。

 彼女はまだ騎士団の詰め所にある牢屋に居るとのことで、案内にダグラスもついてきてくれる。


 ピアちゃんが入れられた牢はとても簡素な部屋だった。

 質素な寝具に机と椅子があり、天井近くにある小さな窓には鉄格子が嵌められている。逃走防止と自殺防止のために、余計な物はひとつもなかった。


 ミニマリズムを極めたような部屋の中で、ピアちゃんは退屈そうに寝転がっていたが、牢屋に入ってきた私達に気付くと視線をこちらに向けた。


「あら?」


 ピアちゃんは顔をあげ、可笑しそうに唇の端を吊り上げる。牢の中では肌のお手入れどころか入浴すら最低限に制限されるので、彼女の髪や肌は荒れていたが、浮かべた微笑みには小悪魔っぽい愛らしさがまだ残っていた。


「今日は面白いお客が居るのね、ココレット・ブロッサム」

「ココレット様に敬称をつけてください」


 ダグラスがすぐさまピアちゃんに抗議する。

 だがピアちゃんはダグラスの顔を見ると「うぇぇっ」と顔をしかめた。


「アンタのキモイ顔、あたしに見せないでよっ。ブロッサム様って呼べばいいんでしょ」

「わかりゃあいいっスよ」

「ふんっ」


 ピアちゃんは寝具から起き上がると、そのまま胡座をかいてこちらと対峙した。

 学園で見せていた淑女らしさはまったくなく、下町のはすっぱな女という雰囲気である。


「氷のように鋭くクールな貴公子様にまた会えて嬉しいけれど、もうアンタの質問には飽きたわ。今日は他にもお客様がいらしてくれたんだから、少しは話の内容も変わるんでしょう?」


 挑発するように言うピアちゃんに、ドワーフィスター様が答える。


「アンタが下位貴族の連中を操っていた件だけど」

「だから、何度も言うけれど魔道具なんか持ってないわよ。魔術も魔法もやり方なんて知らない」

「アンタ、聖女の力を持っているのか?」


 ドワーフィスター様の言葉に、ピアちゃんはきょとんとエメラルドグリーンの瞳をまるくした。


「なにそれ、聖女? あたしが?」


 ドワーフィスター様の横からルナマリア様が半歩前に出て、キラッキラの瞳で「聖女とは」と口を開いた。


「聖女とは、ご自身の心身を代償に、他者に癒しの力をかけることが出来る女性のことを言います。癒しの力を行使する方法は様々で、歌を歌うことだったり、神に祈りを捧げることだったり、他者の患部に触れる接触方法だったりと、形には囚われません」

「聖女の説明がほしいわけじゃないわよ、おバカさん。あたしに聖女の力なんて清らかなものがあるわけないでしょ、って意味でなにそれって言っただけよ」

「そしてこれはココレット様の仮説ですが、癒しの力は聖女の能力の一部に過ぎず、ほかにも魅了の力を持っているのではないか、とのことです。文献や民話にも聖女に魅了される者が後を絶たないという描写が残っておりますの!」


 ピアちゃんのこちらを小馬鹿にする言葉にも態度にも怯まず、ルナマリア様は熱を込めて言い切った。ルナマリア様の中にあるのは、もしかしたら聖女かもしれない相手に対するオタクとしての好奇心のみのようである。


 ルナマリア様に若干引いているピアちゃんに、わたしからさらに説明を付け加える。


「アボット様はもしかすると、癒しの力を隠して魅了の力だけを使っている聖女か、癒しの力はほとんどないけれど魅了の力は使える聖女なのではないかと、わたしたちは考えております」

「……魅了の力ねぇ」


 ピアちゃんはしばらくぼんやりとした表情で天井を見上げた。

 それからまた視線を戻して、皮肉げに笑う。


「ま、もうどうでもいいから教えてあげるわ。聖女だか魅了の力だかなんだか知らないけれど、あたしは他人を操る力を持っているの」


 彼女の言葉に、魔術オタクと聖女オタクが横でざわめく。


「ポルタニア皇国ではどんな相手でもあたしに従わせることが出来たわ。でもね、このシャリオット王国に来てからはなぜか従わせられない人間が多くて困ったのよ。最初はオークハルト殿下を操るつもりだったのに、全然ダメで。操れたのは一部の下位貴族だけだった。それなのにブロッサム様に対面するとすぐに正気に返っちゃって、困ったもんよ」


 ドワーフィスター様は顎に手を当て、クールな表情で呟いた。


「ブロッサム嬢に会うと正気に戻るのか……。やはりピア・アボットの能力は他人を従わせる力というより魅了の力と考えた方が良さそうだな」

「なぜですか、ドワーフィスター様?」


 わたしが尋ねれば、彼は仮説を披露した。


「ブロッサム嬢の顔が美しいからだ」


 それは前世を思い出したときから知っているわ。顔だけチートだなって。


「ピア・アボットの魅了の力より、ブロッサム嬢の美しさの方が魅了としては強いのだろう。だからブロッサム嬢を見慣れているオークハルト殿下や上位貴族には、アボットの魅了の力が効かなかった。ブロッサム嬢と交流のない下位貴族だけが彼女の魅了に掛かったが、アンタの顔を見ると魅了が破れてしまったのでは?」

「きっとそうですわ! ココレット様の美しさの前にはアボット様の魅了の力も勝てなかったのですね!」


 な、なんですって……!?


 言われてみると、ピアちゃんをいじめるなと直談判に来た下位貴族達が、わたしと目が合ったとたんに手のひら返しした記憶があるわね……。

 あれはわたしの顔面力で彼らが正気に返ったから、あんな珍事が起こっていたのね。


 話を聞いていたピアちゃんも「そういうことだったのね、誰もアンタの顔に勝てるわけないじゃない……」と、がっくりと肩を落とした。


 ちなみにピアちゃんの代償はなんだったのか、その後の話し合いでわかったのは、メンタルが病んだということだった。


 魅了の力を使っていくうちに段々イライラしたり鬱っぽくなっていたみたい。

 ツェツィーリアのように聖女の能力が高ければ高いほど、代償も高いけれど、ピアちゃんのように聖女の能力が低ければ代償もそれくらいで済むのかもしれない。ーーーこれは大興奮のルナマリア様の仮説である。


 ドワーフィスター様は研究用のマウスを見つめるような瞳で、ピアちゃんを見つめていた。「この女、使えるな」とか怖いことをボソッと呟いたので、わたしはそっと横に視線を向けた。キリッとした表情で護衛に立っているダグラスは、いつも通りかっこよかった。


 そんなふうにしてこの日の聴取は終わった。

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