第103話 シャドーの話
「シャドー! 蜂の巣にしてさしあげますわぁっ!」
シャドーが姿を表した途端、ヴィオレット様が侍女服の下から大きな銃を素早く取り出し発砲を始めた。……よくそんな場所に隠しておけたわね。戦闘系令嬢すごいわ。
銃の種類はよくわからないけれど、とにかく発砲音がすごい。思わず両耳を手で塞ぐけれど、鼓膜がおかしくなりそう。これ絶対に人が近くにいるところで撃ったらダメなやつじゃない?
しかも、シャドーは防御系の魔術か魔道具を使っているらしく、彼を囲うように光の壁が出現している。ヴィオレット様が撃った弾はすべて光の壁に阻まれ、シャドーにかすり傷ひとつ付けることはできなかった。
ヴィオレット様は弾切れになった銃を投げ捨て、袖からナイフを取り出すと、光の壁に向かって走り出した。
彼女が光の壁を切りつけようとする前に、エル様がヴィオレット様を止める。
「ベルガ嬢、それ以上の無駄はやめておきましょう」
「っ……! ですが、ラファエル殿下、この男を捕らえることができれば情報を得ることができるかもしれませんわぁ?」
「魔道具か魔術かは分かりませんが、このような力を持っている相手に挑むのはベルガ嬢といえ骨が折れますよ。……それに彼だって、争うためだけに一人でこの場に現れたとは思えませんが」
エル様がそう言ってシャドーに視線を向ければ、彼はパチパチと両手を叩いた。
「さすがは王太子殿下。オレのお嬢に妃になる覚悟を抱かせ、あいつに崇拝されるだけのことはある御方だね」
オレのお嬢、という言葉に鳥肌が立つ。なんだかわたしの従者気取りしてない?
シャドーは光の壁を消すと、エル様の前に移動し、深く跪いた。
「お初にお目にかかります、ラファエル王太子殿下。オレの名はシャドー、姓はヴァレンティーヌです」
ヴァレンティーヌという姓にハッとした。
それは正妃マリージュエル様のご実家、ヴァレンティーヌ公爵家のことできっと間違いないはず。
だとしたらシャドーは、エル様と血縁関係があったりするのかしら。
「……ヴァレンティーヌ公爵家とはどういうことですか? あの家には跡取りの長男と、すでに他家に嫁いだ長女しか子はいないはずですが……。庶子ということでしょうか?」
わたしと同じようにヴァレンティーヌ公爵家を思い浮かべたエル様が、訝しそうにシャドーを観察する。
「おや、王太子殿下とあろう御方が、ヴァレンティーヌ公爵家の家系図が真実そのままだとお考えに?」
シャドーはチャラい雰囲気ながらも、エル様に対しては敬う態度を見せた。
「……貴方はヴァレンティーヌ公爵家が国を欺いていたと言いたいのですか? 国に提出されている家系図は偽りだと」
「いやいや、陛下はご存知ですよ。……あれ? 代々の陛下はご存知のはずなんだけれど、今の陛下は覚えていてくれてるのかな? 仕事しないから忘れてるかもしれないですね」
「…………」
「あ、でも、ほら、マリージュエル様はご存知ですから! あの御方だって元王家の影だし!」
「母上が王家の影だった……?」
なんだか話の展開がとんでもなくなってきたんですけど。
エル様ももちろん、オーク様やルナマリア様やヴィオレット様も、シャドーの話に困惑している。
「ヴァレンティーヌ公爵家は表向きの要員も、裏の連中も、全員が王家の影なんですよ。全員公爵家の血はどこかしらから引いてますしね。そのなかで適性に分かれて任務を受け持っているんです。オレは護衛や諜報関係だし、ヴァレンティーヌ公爵は領地経営に向いているから公爵をやってるだけ。マリージュエル様も妃の素質があるから嫁がせることにしたけど、別に初めっから『ヴァレンティーヌ公爵家の娘』だったわけじゃない」
つまりマリージュエル様は公爵家の直系ではなく、傍系からの養女ということだろうか。
けれどそれ自体は隠す必要もないことだ。
我が家の跡取りであるレイモンドだって遠縁から養子に貰ったし、ピアちゃんだって前回は男爵家から侯爵家の養女になってオーク様に嫁いだと聞く。まぁピアちゃんは男爵家の庶子ですらなかったので、貴族の血は欠片も流れてないらしいけれど。
直系でなくとも公爵家の血を引いている者たちが養子縁組を繰り返して集団になっているのが『ヴァレンティーヌ公爵家』なのだとしたら、それも貴族の青き血を守る方法の一つだろう。
適性ごとに任務に分かれているなら、家族経営の会社みたいなイメージだろうか。それもそれでありなんじゃないかしら。
「……あなたの言うことが正しいかどうかは、後程調べれば分かるでしょう。……それで、」
そう言ってエル様はひとつ溜め息を吐く。
「なぜこの場に王家の影であるあなたが現れたのですか、シャドー? ただヴァレンティーヌ公爵家の成り立ちを説明に来ただけのはずがありませんよね?」
姿勢を正し、シャドーはじっとエル様を見上げた。そこにはこの世界の人が醜い相手に向ける不快感はまるで滲んでいなかった。
「オレはラファエル殿下にご助力を仰ぎに参りました」
不快感の代わりに彼の表情に浮かぶのは、焦りや苦しみ、憂いといったものだった。
「オレの師であり、友であり、家族であるあいつを止めることが出来るのは、もはやあなただけです。あいつはあなたを心の底から崇拝しています……!」
……いったい、誰の話をしているのだろうか。
ただシャドーの悲壮感溢れる声音から、彼の言う『あいつ』が彼にとってとても大切な人であることだけは伝わってくる。
「王家の影、裏部隊のリーダーである『ルシファー』を救えるのはあなただけです! 同じ境遇であり、崇拝するあなたなら、きっとあいつも話を聞いてくれるはずだっ!」
話の全容はまだまだ見えない。
だけど、わたしの中で警報が鳴り始める。
「どうかあいつを救ってください! あなたと同じように醜く生まれ、もがき苦しむルシファーを……!」
緊急事態発生、緊急事態発生、高レベルイケメンを感知致しました!
ココレット、ただちにイケメンの確保準備をしてくださいーーー!!!
わたしの中のイケメン警報が大音量で鳴り響いた。
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