第99話 断罪③(ピア視点)



 やっぱりココレット・ブロッサムは、王太子とオークハルト殿下両方の婚約者候補だったらしい。

 しくじった!

 ゴブ様がココレット・ブロッサムは『オークハルト殿下の婚約者候補』だと言っていたから、それ以上の情報は調べていなかった。

 私が操る手駒たちは、私が聞いたことしか答えられない。つまり私が「ココレット・ブロッサムは王太子の婚約者候補か?」や「ココレット・ブロッサムはオークハルト殿下だけの婚約者候補か?」とハッキリ尋ねなければ答えが返ってこない。自主的に彼女の情報を流してはくれないのだ。


 ……いや、私の最終目的はゴブ様をココレット・ブロッサムから引き剥がし、ポルタニア皇国へ強制送還させることよ。

 この女が王太子の婚約者候補であろうと、私のやることは変わらないわ。


 あまりの衝撃的事実に狼狽えたけれど、私はその場で深く呼吸をする。

 冷静さを取り戻してココレット・ブロッサムをよく見れば……この女、本格的にヤバくないか?

 超絶不細工の肩に頭を擦り付け、「早く結婚したいですね、エル様!」と頬を染めながらはにかんでいる。

 権力か? 金か? いや、あんな美人ならどんな金持ちも落とせるだろうから、やっぱり権力だろうか?

 あんなに可愛い顔して不細工に媚を売れるなんて、ココレット・ブロッサムはとてつもない野心家だったらしい。彼女の底知れなさに私の体は恐怖し、知らず知らずのうちに後ずさりをしていた。

 

 目の前でいちゃつき始めた顔面格差カップルに、ゴブ様はまた叫び出した。


「この化け物クリーチャーめっ!! 女神にいったいどのような術をかけた!? 女神の精神を操るなど、悪魔のすることだぞっ!!」


 私の力を使って色んな人間を操ってきたせいだろう。ゴブ様はココレット・ブロッサムも精神を操られていると結論付けたらしい。

 私のような力を持っている人間がそれほど多く居るとも思わないけれど、ゴブ様の言うことも一理あるような気がしてしまう。

 だってあんな美人があんな不細工にしなだれかかるなんて、やっぱり変だ。ココレット・ブロッサムが見た目より権力やお金を狙っているのなら、それこそオークハルト殿下に嫁げばいいのだから。そうすればあんな不細工は世継ぎが作れず廃太子一直線だもの。

 そうよね、そうよ、あんな地上に舞い降りた女神レベルの美人が、そんな権力やお金なんて俗物に惑わされるはずがない。王太子に精神を操られているって方がまだ納得できるわ。


「ラファエル・シャリオット! 僕と決闘しろ! 僕が勝ったあかつきには女神であらせられるココレット・ブロッサム侯爵令嬢を解放するんだ!」


 ゴブ様はそう言って白い手袋を投げつけた。

 不細工王太子は足元に落ちた手袋にギョロっとした視線を向け、眉間にシワを寄せた。うえぇ、その表情筋の動きを見ただけで吐き気が込み上げてくるわ。


「貴方に王族の自覚はないのですか、ゴブリンクス第二皇子?」


 不愉快だと言わんばかりの声で、不細工は言う。


「王族の手は国と民のためにあるものです。私欲のために自らの手を汚すような真似をするなど、貴方には王族の自覚が無さすぎます。そんな貴方に私と決闘する資格はありませんよ」

「き、貴様……不細工のくせに……っ!」


 ゴブ様は怒りに顔を真っ赤にさせて、不細工を睨んだ。

 不細工の腕の中ではココレット・ブロッサムが「はぅぅ……さすエル……」と甘い溜め息を吐いている。どうやらだいぶん精神がやられているらしい。敵ながら憐れな女だわ……。

 不細工王太子にまるで本気の恋にでも落ちているかのようなココレット・ブロッサムの様子に、ゴブ様がまた叫ぶ。


「こんなふうに女神の精神をめちゃくちゃに操って、貴様には情けと言うものがないのか!? ああ、女神よ、貴方の使徒であるこのゴブリンクスが、今貴方をお助け致します……!」


「いい加減にしてくださいませ、ゴブリンクス殿下!!!」


 そこに割り込んだのは黒髪ドリル女だった。

 ドリル女はけしからん巨乳を揺らしながら不細工王太子をかばうように前に出ると、ゴブ様を睨み付ける。


「ココレット様はラファエル殿下に操られてなどおりませんわ! あの子は昔からラファエル殿下をお慕いしていらっしゃるのです!」

「なにを訳が分からんことを言っているんだ、おまえ……」

「いいからご覧なさい、ココレット様のお顔を!」


 ドリル女が指差すので、ついじっくりココレット・ブロッサムの顔を見てしまう。

 艶々の白い肌に、春に芽吹いた若葉のようなペリドット色の瞳、睫毛は影を作るほどに長く、紅を差した唇は鮮やかだ。神の寵愛を一身に受けたその顔は、人間離れしていた。


「美しい……」


 ゴブ様がうっとりと呟く。悔しいが納得せざるをえない。

 黒髪ドリル女は頷いた。


「そう、ココレット様は美しい、美しすぎるのです! 考えてみてもください、この顔を毎日鏡で見続けたココレット様のお気持ちを! 彼女にとってこの世界には自分以上に美しい存在などいない、ーーーつまり彼女には全世界の人間が不細工にしか見えないのですわ!」

「な、なんだと……!?」

「畏れなさい、ココレット様を! 彼女はゴブリンクス殿下であろうとオークハルト殿下であろうと、わたくしのことだって、きっと不細工にしか見えていないのです! ラファエル殿下と大差ないと思っていらっしゃるのよ!」


 そうだったのね、ココレット・ブロッサム……!!


 黒髪ドリル女の説明でようやく納得したわ!

 彼女にとっては自分以外全員不細工。ガチでヤバい不細工の王太子と、儚げで美しすぎるゴブ様の違いも分からないほど、自分の絶世の美貌に慣れているんだわ……!

 そうよね、あんな美貌で生まれたら、そういった弊害が生まれるわけだわ。

 どんな人間でも不細工に見えるなら、その中でも金と権力と性格がいい男を選ぶに決まってる。この国の王太子は不細工だけど、ゴブ様との決闘を受けないくらいには王族として真っ当だったものね。なるほど……。


 私がもう一度ココレット・ブロッサムに視線を向ければ、彼女は周囲の状況をまるで死んだ魚のような目で眺めていた。

 え? と瞼を擦ってからもう一度見直すが、彼女は王太子の肩に顔を埋めて顔を隠してしまった。

 今の表情はなんだったんだろう、錯覚かしら……? あんな美人があんなひどい表情をするはずがないし……。

 不細工王太子がココレット・ブロッサムの頭を撫で、「私はちゃんと分かっているからね、ココ」と慰めるように話しかけるのが、妙に気になった。


「さて、ゴブリンクス第二皇子」


 不細工は改まった声でゴブ様を呼ぶ。

 ゴブ様はというと、ココレット・ブロッサムの真実に涙し、その場に座り込んでしまっていた。


「貴方にはピア・アボット男爵令嬢を使い、オークハルト第二王子にハニートラップを仕掛けようとした容疑がかけられています」

「なんだとっ!?」

「あとは私に対する不敬罪などの余罪もありますね……ダグラス、ゴブリンクス第二皇子を捕らえよ」

「はいっ」


 これまた地獄から生まれたような不細工な騎士が、王太子の指示のもとゴブ様を捕らえた。

 ゴブ様は抵抗しようとしたが、騎士の屈強な力には敵わなかった。


「ドワーフィスター、レイモンド、例の書類を」

「承りました、ラファエル殿下」

「前を失礼いたしますっ」


 続いて黒髪ドリル女のめちゃイケな兄と、狐のお面を被った謎の従者が王太子の側に立つ。

 従者は持っていた書類を恭しく黒髪ドリル女の兄に渡すと、彼は癖のある艶やかな髭を撫でつけ、書類を読み上げた。


「そこに居るピア・アボット男爵令嬢は、ポルタニア皇国からのスパイであることが判明しました。彼女はアボット家の庶子ではありませんでした。

 アボット男爵を問い詰めたところ、ゴブリンクス第二皇子殿下から話を持ちかけられ、大量の金品と引き換えに彼女を受け入れたことを白状いたしました。アボット男爵は彼女が我が国のオークハルト第二王子殿下に差し向けられたハニートラップ要員であると告発しております。

 ピア・アボット容疑者、スパイ容疑で確保する。キミの言い分は取り調べで聞こう」


 私は狐のお面の従者に拘束された。

 傍ではゴブ様がまだ抵抗を試みようとしているが、不細工騎士にすべてねじ伏せられている。


 不細工王太子が再び口を開いた。


「それからゴブリンクス第二皇子、貴方は先程、私がココの精神を操っているなどと言っていましたね。あれは冗談ではなく、本気で仰っていたようだ」

「……なにが言いたいんだ」

「術とは魔術のことですか、ゴブリンクス第二皇子? 精神を操る魔術をご存知だから、そのように私におっしゃったのですか?」


 王太子の言葉にゴブ様はハッとしたように口を閉じるが、王太子は追求を止めない。


「最近ココの周囲でおかしなことを言う人間が何人か居ましてね。彼らは一様にココのことをピア・アボット男爵令嬢をいじめる犯人だと言うんですよ。ですがココの顔を見たとたん、正気に返ったように謝罪をするのです。自分が間違っていた、あなたがアボット嬢をいじめるはずがないと……まるで今まで操られていたかのように」

「な、なんのことやら、僕には分からないな……」

「魔術の件に関しても後程正式な手順で調べましょう」


 こうして私とゴブ様はシャリオット王国王宮へと引っ立てられることになった。


 ああ、ようやく終わったのだ。ゴブ様の初恋が。

 最後はゴブ様の自爆だったけれど、とにかく辿り着きたかった破滅に私はようやく辿り着いたのだ。


 まだ暴れようとするゴブ様を横目に見ながら、私は「ココレット・ブロッサム!」と彼女に声をかけた。


「ゴブ様の魅力も分からないアンタなんかにゴブ様を奪われなくて本当に良かったわ! ゴブ様はね、結局私のものなのよ!」


 私がそう言えば、ココレット・ブロッサムはスン……とした顔を一瞬したような気がした。

 けれどきっと気のせいね。私の美しい恋敵がそんな無様な表情をするはずがないもの。アンタのことは大ッ嫌いだけど、その美貌だけはこの私が認めてやっているんだから。

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