第96話 上手くいかない学園生活(ピア視点)



 私はゴブ様の命令通り、さっさとオークハルト殿下を落とすことに決めた。私の力を持ってすれば、一国の王子であろうと私の思うがままだ。簡単にあの女からオークハルト殿下を奪えるだろうと、私は高をくくっていた。


 けれどオークハルト殿下には、私の力が通用しなかった。

 その片鱗は最初から見えていた。私が自己紹介しようと、躓いた振りで抱きつこうと、気安い態度で接近しようと、オークハルト殿下は王族としての態度を崩すことはなかったのだ。ほかの男たちなら簡単に私の虜になって、なんでも言うことを聞くのに。 


「すまんな、アボット嬢。君が王都に来たばかりだと言うことはわかっているが、俺も第二王子として忙しい身だ。街の案内はほかの者に頼んでくれ」


 田舎から出てきたばかりだから城下の案内をして欲しい、オークハルト殿下のおすすめの店に行きたい、と私が甘えてねだってみても、殿下はするりとかわしてしまう。


 しかも、思い通りにならないのはオークハルト殿下だけじゃなかった。


 黒髪ドリル女が「貴方、頭が足りなすぎますわっ! 第二王子であらせられるオークハルト殿下に街案内って、不敬すぎますわよ!!」と喚き、銀髪無表情女が「うわぁ……」と引いている。

 ほかの高位貴族である生徒達も呆れた表情や不快感を表した眼差しで私を見てくる。

 なんで? なんでこんなに私の力が効かないの?


 かと言って、この学園の生徒全員に私の力が効かないわけではなかった。

 同じ寮の下位貴族たちは男も女も簡単に私のしもべになった。

 思う通りにいかないのは特進科と淑女科、経営科の生徒のほとんどのようだった。

 一学期中原因を調べてみたけれど、分からずじまいだった。





「おい、ピア。なぜ未だオークの奴を落とせないんだ? 早く女神をあいつから解放しろよ」

「……わたしだって分かってますよぉ」


 私だって早くこんな仕事終わらせてしまいたい。眉根を寄せるゴブ様の横顔を見ながら、吐き出したい気持ちを無理矢理飲み込む。

 なんで私の能力がこんなに効きづらいのか。他国だから? 人種の違い? まったく分からなくて苛立ちが積もる。

 だいたいゴブ様もゴブ様だ。

 私の好意を知りながらこんなことを言うなんて、冷酷な人。でもそんなところも好きなんだけど。

 ゴブ様だってココレット・ブロッサムをちっとも落とせていないくせに。それどころか初恋に苦しむただの少年みたいに、ただあの女を見つめているだけなのだ。あの女とランチを共にしたときなんて、胸が一杯で食事も出来ない様子だったし。

 ゴブ様にメロメロになるあの女を見るのも絶対に嫌だけれど、ゴブ様が恋する純朴美少年に成り下がるのもムカつく。


「これはボクと叔母上サラヴィア連名の紹介状だ。これで大抵のお茶会に顔を出せる。夏期休暇中も休まずちゃんとオークを落としてくるんだ」

「はぁーい、ゴブ様」


 こうなったら仕方がない。

 オークハルト殿下を従わせられないのなら、面倒だけど搦め手でいくしかない。

 要はココレット・ブロッサムをオークハルト殿下の婚約者候補から引きずり下ろせばいいわけだ。あの厄介な女さえ引きずり下ろせれば、残りの候補者なんかに負ける私じゃないもの。

 私の使える駒は、私の虜になった普通科の生徒たちと、経営科の一部の生徒だ。数は少ないけれど使い方次第で、ココレット・ブロッサムの足を引っ張ることが出来るだろう。


 私は夏期休暇を利用していろんなお茶会に顔を出し、ココレット・ブロッサムの悪い噂を流していった。もちろんオークハルト殿下とココレット・ブロッサムに会えるお茶会では二人を引き裂こうと努力した。

 けれどココレット・ブロッサムは私が仕掛ける様々な罠を掻い潜っていく。

 ある時は私に飲み物を掛けさせようとしたし、母の形見設定の安物のペンダントを踏ませようとしたりしてみた。

 迂闊なあの女はあっさり罠に引っ掛かったーーーように見せかけて状況を打破していく。

 いや、絶対に飲み物を私の方に飛ばしたし、ペンダントも踏み潰したはずなんだけども! それなのに気がつけば飲み物は蒸発しているし、ペンダントは元通りに戻って私の首に掛けられていたりする。

 なんなのこの女!

 この女も私みたいになんらかの不思議な力を持っているわけ!?

 ちっともちっとも上手くいかない!!


 私の苛々はピークに達し、段々眠ることができなくなってきた。疲労は蓄積され、食欲は減り、私はどんどんどんどん可笑しくなっていく。

 もうこんなこと止めたい。ポルタニア皇国に帰ってまたゴブ様の侍女ごっこをしていたい。早く終わりにしてしまいたい。





 二学期が始まると、私はもはや自暴自棄という状態で力を使い続けた。


「わたし、ブロッサム様に苛められているの」

「ブロッサム様はワグナー様に指示を出されているみたいで。わたしがオーク様に優しくされているからって、そんな影で人を動かすなんてあんまりだわ……」

「きっとわたしがいけないのね。本当はオーク様からのご寵愛を受けるべきなのはブロッサム様のはずだったのに……」


 私が潤んだ瞳で悲しげにそう言えば、手駒達は私が期待した通りココレット・ブロッサムを糾弾しに向かって行った。

 けれど私の手駒達はーーーあの女の顔を見た瞬間に、私の力の効力が強制的に消えてしまうのだった。

 あれほど私の指示に従っていたのに、ココレット・ブロッサムが困り顔をするだけで、


「ブロッサム様のお心を乱してしまい大変申し訳ありません! この身も心も魂もブロッサム様に捧げます!」

「僕が間違えておりました! あなたこそが地上に舞い降りたただ唯一の女神……!」

「清らかなブロッサム嬢がいじめなどするはずがありません。むしろお望みならボクがピアを討ちます!」


 などと手のひらを返していく。


 なによこれ、なによこれ、なんなのよあの女……!!

 再度私の能力が効いた男子生徒もいたけれど、この調子で手駒を奪われてはジリ貧だ。

 私のバックにゴブ様が居るとはいえ、このままではブロッサム侯爵家から抗議されてもおかしくない。

 そのときはこの国からトンズラするだけだけれど、ゴブ様の命令をこの私が完遂出来ないなんて、私のプライドに関わるわ……!!


 そうやって次の一手に頭を悩ませる私に、ゴブ様は声を掛けてきた。


「おい、ピア! 来週の放課後に、学園内で大きなお茶会が開かれるそうだ。女神が参加すると聞いたから、皇族の権力で押し掛けるぞ! まったく、この僕を最初から招待しないだなんて、この国の連中は愚鈍ばかりだな」

「……」


 ふんぞり返りながら言うゴブ様にイライラする。

 私の好意を利用するばかり。顔が良いからとっても愛しているけれど、ゴブ様が皇族じゃなくてただの平民だったら、私にこんな風に命令ばかり出来ないくせに。

 ……あーあ、私のところ平民まで落ちてこないかなぁ、ゴブ様。

 そうしたらゴブ様はココレット・ブロッサムになんかちょっかいかけることも出来ずに、私だけのものになるのに。


「分かったか、ピア。当日は予定を空けておけよ」

「……はぁい、ゴブ様」


 私だけのゴブ様になってくれたら、うんと可愛がってあげるのになぁ。

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