第92話 ポルタニア皇国の狙い



 まず一番に、盗み聞きしたことを謝罪すれば、サラヴィア様はころころと笑った。


「気にしなくていいよ。この庭園は人気がないからと、人払いを頼まなかったのはわらわだからね」


 そう言ってサラヴィア様はわたしに紅茶とお茶菓子を勧めてくれた。有り難く一口飲めば、チャイのようなスパイスの香りが口から鼻孔へと広がった。


「さて、なにからココに話そうかなぁ」


 顎に人差し指を当て、少し考えてからサラヴィア様は口を開いた。


「まずはわらわが生まれ育った、ポルタニア皇国について話そうか。あの国がシャリオット王国とは異なる美的価値観を持っていることは、妃教育でも習っているだろう?」

「はい……。ゴブリンクス殿下のような御方が、儚げで美しいと、されているとか……」

「うんうん。それでこっちではわらわのオークや国王陛下のような御方が最上の美とされていて、その価値観の違いから何度も戦が繰り返されてきた歴史がある」

「はい……」


 サラヴィア様の真剣な口調を聞きながら、わたしはテーブルの見えない角度でドレスの上から太ももをつねる。


 駄目よ、ココレット! ここで笑ったり白目を剥いたりしたら絶対に駄目!

 どんなに戦争の真実不細工頂上決戦が虚しくても、これはわたしが転生した世界の大事な歴史!

 神妙な顔をするのよ!

 わたしは女優だから(暗示)!!


 この世界から戦争不細工頂上決戦なんてなくなればいいのに、という悲しさいっぱいの表情をわたしが完璧に作れば、サラヴィア様は「ココは優しい子だね」と微笑みかけてくれた。


「わらわはね、ポルタニア皇国の皇女に生まれながらも、皇族を憎んでいたんだ」

「サラヴィア様……?」

「ポルタニア皇国では美醜の差別だけではなく、男尊女卑が深く根を張っていてね。父上や皇子達から散々な目に遭わされてきた。わらわの母上も、他の妃や皇女達も、女というだけで下に見られていたよ」


 美醜差別の上、さらに男尊女卑ってことは、つまりゴブリン男至上主義ってこと……? うわぁぁぁ~……地獄じゃない……。


「わらわはそんな父上や兄達を、心の底から軽蔑した。そしてある日思ったんだ。わらわ自身が理想的な紳士のお手本を見せてやろう、そうすれば国にまともな男が増えるかもしれない、と」

「それでサラヴィア様は男装を始めたのですか?」

「ああ。だが思惑通りには行かなかったけどね。皇族はわらわのことをイカれていると判断した。

 そして当時、ベルガ辺境伯爵領との間で起きた争いに敗戦したポルタニア皇国は、わらわをシャリオット王国への賠償の一部として嫁がせることにしたのさ。イカれている皇女なら敵国でどんな扱いになろうと構わないからね」

「まぁ、そんな……」

「だけど皮肉なことに、嫁いできたシャリオット王国の方がずいぶんまともだったよ。美的価値観は違ったけれど、女性が尊重されていたからね」


 サラヴィア様はそう言って、悔しげに笑った。


 ガゼボの周囲には人気はないが野鳥達の愛らしい声が響き、夏の頃とは違う優しい陽の光が庭園に差し込んでいた。紅や黄色や橙色に染まり始めた秋の植物達がより一層鮮やかだ。

 シャリオット王国より南部に位置する暑い気候のポルタニア皇国とはきっと生える植物も違うだろう。サラヴィア様はポルタニア皇国とはまるで違うはずの庭園を、成し遂げたかった夢を諦めた者だけが浮かべる柔らかい眼差しで見つめていた。


「……ポルタニア皇国は、わらわのオークを傀儡にしようとしている」


 苦いものを飲み込んだように、サラヴィア様が吐き出す。

 先程ゴブリンが話していた話題に、ようやく辿り着いたようだ。オーク様を駒だとのたまい、サラヴィア様へ高圧的に皇帝の命令だと押し付けようとしていた……。


「ポルタニア皇国の血を引くオークを王太子に就けて、シャリオット王国を事実上の属国にするつもりなのだ」

「オーク様を王太子に……? 王太子であらせられるのはエル様です。ポルタニア皇国はどうやってエル様を排除なさるおつもりなのですか?」

「第一王子殿下のことなど端から頭にないさ、あの連中は。あの御方にはお顔にハンデがあるから、求心力などないと侮っているのだよ」

「なんて酷い……っ! エル様は確かに万人に好かれるお姿ではありませんが、王太子として努力を重ね、少しずつ周囲の者達と信頼を深めて来ましたわ! 今では陛下に信頼されて、たくさんの執務をこなしております! そんなエル様のことを馬鹿にするなんて、許せないわ……!」

「ああ、ポルタニア皇国は実に愚かな考えをしている。わらわが居た頃も、居なくなってからも、なにも変わらない……」


 呪われろゴブリン……! ゴブリンが来世も同じ姿で生まれますよーに。もちろん日本にねッ!!

 日本に生まれたゴブリンがちっとも女子にモテず、四苦八苦しながらファッション雑誌を読んだり、美容院で「格好良くしてください!」と叫んだり、ヒップホップに挑戦したりバンドを組んだりする姿を思い浮かべて、わたしは少しだけ溜飲を下げる。


「オークがいつも楽しそうに第一王子殿下のことを話してくれるよ。あの御方と直接関わったことはないが、大層難しい育ちをされていらっしゃる。なのにオークのことをきちんと兄弟として接してくれて、わらわはいつも感謝していたのだ」

「サラヴィア様……!」

「オークが第一王子殿下の補佐として外交の仕事に就きたいと言ったときは、わらわも驚いたよ。わらわはあの子が可愛くてね、つい甘やかして育ててしまった。周囲の者達もあの子の美しさに骨抜きになってしまい、甘ったれた考え方をする子になってしまったのだが……。第一王子殿下が、きちんとオークを王子として育ててくれたのだろう」


 サラヴィア様は母としての表情をしていた。


「わらわが出来ることは、甥っ子を追い払って皇帝陛下お兄様の命令を拒絶することくらいだが。微力ながら第一王子殿下のお力になれたらと思うよ」

「本当にありがとうございます、サラヴィア様……! こんなに心強いことはありませんわ!」


 心から礼を言い、深く頭を下げれば、サラヴィア様はフハハと笑った。


「正妃気取りの君を見ているのは面白いよ、ココ」


 そのあとサラヴィア様とゆっくりとお茶をし、デーモンズ学園でのオーク様の様子などを話した。

 頃合いを見て「ピア・アボット男爵令嬢がサラヴィア様とゴブリンクス殿下の後ろ楯を持ってお茶会に来たのはなぜか」尋ねると、サラヴィア様はあっけらかんと答えた。


「あの日は特にしつこく、皇帝の命令に従えと甥っ子がうるさくてね。その上、令嬢を一人お茶会に潜り込ませたいと言うから、追い返すためにサインを書いたんだ」


「お茶会で鉢合わせしたのかい?」と尋ねられ、「まぁ……」と曖昧にうなずいた。


 どうやらサラヴィア様はピアちゃんとは直接的な関わり合いはないみたいね。


 サラヴィア様との突発的なお茶会が終わると、わたしはすぐさまエル様の離宮へと駆け込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る