第91話 密会



 本日は週末。学園が休日なので朝から登城して妃教育をみっちりと受ける。

 ルナマリア様は立て続きの事件に疲れて、本日の妃教育は欠席している。

 もともと四人しかいない婚約者候補が一人お休みになるだけで、部屋がすごく寂しく感じる。ミスティア様もルナマリア様が心配らしく、黒髪縦ロールの元気が萎れているし。ヴィオレット様も大好きな軍事の講義に身が入らないようだった。

 いつもならお喋りに花が咲くけれど、今日は誰もそんな気分ではなく、妃教育の時間が終わると早々に解散することになった。


「こういうときはやっぱりイケメン観賞会が一番よね」


 エル様に会いに行こう。ご尊顔を拝見すればきっと元気が出るはずだ。

 エル様の離宮には執務を手伝うためにレイモンド(とドワーフィスター様)が居るし。わたしの護衛として付き添ってくれているダグラスにも並んでもらえば、イケメンの三乗でつまり無限の楽園だわ。

 わたしはそう決めると、ダグラスと共にエル様の離宮へ向かうことにした。





 ところでこのシャリオット王国の王宮の敷地面積は、だいたい前世の巨大テーマパークに匹敵するくらい大きい。

 謁見の間や大広間などがある王宮や、陛下や妃達が暮らす後宮、巨大な図書館や騎士団の演習場、異国からの大使が寝泊まりする屋敷などいろいろ建物がごちゃついている。それらの間には大小様々な庭園が広がり、珍しい植物を育てるための温室が点在している。

 エル様の離宮は、『離宮』と呼ばれているだけあって、王宮から一番遠いところに建造されている。シャリオット王家にはエル様やシュバルツ王といった異形絶世のイケメンが度々生まれるので、彼らを隔離する為、もしくは本人が引きこもりたがる為に建てられた宮殿らしい。

 その為、離宮に辿り着くにはたくさんの庭園を越えて行くしかない。

 わたしは今日も「運動は美容の友」と思い、ウォーキングがてら庭園の中の遊歩道を歩いていった。


 エル様の離宮に近づけば近づくほど、すれ違う人の姿が減っていくのはいつものことだ。侍女たちの姿が減り、庭師の数が減り、見回りの騎士の姿も遠くなった頃、小さな庭園のガゼボから男性の声が聞こえてきた。

 相手を威嚇するような圧力のある声に、思わず耳を澄ましてしまう。


「……が、……皇帝からの……! なぜ……、貴方は……!」


 ダグラスと無言で顔を見合わせ、一つ頷くと、茂みに隠れてガゼボを覗くことにした。

 淑女としてはしたないけれど、『皇帝』って聞こえたのでね。

 我がシャリオット王国オークの国の王様は国王陛下と呼ばれている。皇帝陛下と呼ばれているのは近隣諸国の中でもポルタニア皇国ゴブリンの国の王様だけ。

 美的価値観のせいで常に緊張状態の隣国の話を、だれがこんな人気のない場所で話しているのか気になっちゃうじゃない?


 そっとガゼボを覗き見ればーーーそこにいたのは側妃サラヴィア様とゴブリンクス第二皇子だった。護衛が二人、ガセボの入り口に立っている。


 オーク様の母親であるサラヴィア様は、あいかわらず年齢を感じさせない艶やかな褐色の肌をした異国の美女だ。橙色の髪を刈り上げ、きっちりとした男装に身を包み、優雅な様子でティーカップを口に運んでいた。

 その向かいには同じく褐色の肌と橙色の髪が特徴的なゴブリンが、席から立ち上がり、バンッ! とテーブルを叩いている。


「ちゃんと話を聞いているのですか、叔母上! これは我がポルタニア皇国皇帝からの命令なんですよ!」

「……聞いているよ、ゴブ。怒鳴らなくても、わらわの耳はまだ遠くないからね」

「ならばすぐに了承の返事を……!」

「了承? ふざけないでくれよ。わらわは誰にも指図などされない。されてたまるか、青二才が」

「なっ……! 叔母上! 皇国を裏切るおつもりか……!?」

「裏切るも何も、わらわは初めからポルタニア皇国に忠誠など誓ってはいないよ。皇族の義務としてシャリオット王国の人質となったが、それでわらわのすべき義務は全て果たしたのだ」

「あなたが動かなければオークは……!」

「わらわの可愛いオークを、皇国の駒になどさせないよ」


 話の内容はよくわからないけれど、結構緊迫した雰囲気である。バレないように呼吸すら抑えて、じっと二人の様子を窺う。


皇帝陛下お兄様にお伝え願おう、甥っ子よ。わらわは動かぬ。オークには手出しはさせない。言うことを聞かせたくば……わらわより美しい人間となってから言うがよい、と」

「……あなたはイカれているぞ、叔母上」

「ふふふ。イカれているから、わらわをこの国へ差し出したのであろう。今さら喚くでないよ」

「……今日はここまでにするが、皇帝の命令には絶対に従ってもらいます。行くぞ」


 ゴブリンは一人の護衛に声をかけると、そのままガゼボを後にした。

 残ったのはサラヴィア様と、もう一人の護衛だけだ。


 サラヴィア様はティーカップをソーサーに戻すと、突然わたし達が隠れている茂みの方に顔を向けた。


「かくれんぼは止めて出てこないかい? わらわと一緒にお茶にしようじゃないか……ココ」

「……はい」


 やばい、バレてた。


 わたしは引きつりそうになる表情を堪え、ダグラスと共に茂みから這い出した。


 サラヴィア様が楽しそうに笑っていた。

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