第85話 夏期休暇の終わり



 その後の夏期休暇中にもあちらこちらのお茶会へ出席して、ピアちゃんとは二回ほどエンカウントした。

 ピアちゃんのパートナーは毎回違う人だったけれど、いつの時もパートナーそっちのけでオーク様にアタックをかけていた。よほどオーク様が好きらしい。


 バトラス伯爵家のお茶会で薄々気付いていたけれど、どうやらわたしはピアちゃんに恋敵認定されているらしい。

 もちろんエル様狙いではなく、オーク様狙いの恋敵として。


 本当に、なぜだろう……。


 わたしは確かにオーク様の婚約者候補でもあるけれど、それ以前にエル様の本命であることは周知の事実だと思っていたのだけれど……。


 だってエル様は第一王子ですよ? 王太子ですよ?

 オーク様がいくらわたしを望んだってエル様の方が権力が上なのだから、エル様からわたしを奪えるはずがないじゃない。


 ピアちゃんの情報収集能力はどうなっているのかしら。

 好きな人に関しての重要な情報なんだから、もっと積極的に集めるべきだし、彼女の周囲にいる味方はなぜそんなに大事なことを教えてあげないのだろう……?


 いっそわたしから「勘違いしてますよ」と教えてあげるべきだろうかと悩み、お茶会の最中にピアちゃんに近付いたりもしたのだけど。

 なぜか毎回タイミングが悪いのだ。


 わたしが近づくと、ピアちゃんは毎回わたしにぶつかって転びそうになったり、自分のドレスの裾を踏んでわたしを巻き込んで転びそうになったり、わたしの足にぶつかって転びそうになったりするのだ。

 というかピアちゃんは毎回完全に転んでいるような気がするのだけれど、気が付けば元の位置に戻ってきちんと立っているのだ。

 十中八九、シャドーがなんらかの魔術を使って“ピアちゃんが転んだこと”を無かったことにしている。

 ピアちゃんは毎回不思議そうに「あれ……転んだはずなのに……」と首を傾げ、それからわたしをキツく睨むのだ。

 いや、恥ずかしい姿がなかったことになったのだからそれでいいじゃない……。


 転倒の他にも、ピアちゃんがわたしの足元に『母親の形見』だというペンダントをうっかり落としてしまい、わたしが踏んでしまったこともあった。

 絶対に壊れた、と思うような音がヒールの下から聞こえてきて慌てて足をあげてみるが、ペンダントはいつの間にか無事な姿でピアちゃんの首に掛けられていた。これもきっとシャドーが魔術で直して彼女に返してくれたのだろう。


 ありがとう、シャドー。

 最初はあんなに嫌だった彼の存在が、ストーカーから守護霊にランクアップするくらいには感謝している。

 シャドーの魔術を調べてくれているドワーフィスター様からも「彼は最高の魔術師だな」とお墨付きだ。


 そんなわけでシャドーへの好感度が少し上がったが、ピアちゃんの誤解はまるで解けていない。

 いったいどうしたらいいのかしら……。





 今日は夏期休暇で最初で最後のエル様とのお茶会の日だ。

 シャドーに関する報告も含めてちょくちょくエル様のお顔を見に行ってはいたけれど、こうしてお茶会の場をきちんと設けるのは休暇中初めてなのだ。わたしも予定があったけれど、エル様の執務量もかなり増やされていたもの。未だお会いしたことのない陛下よ、もっと仕事してください……。


 お茶会の場所はエル様が暮らす離宮の庭で、夏の花たちが鮮やかに咲いている。

 真っ白に洗い上げられたクロスのかけられたテーブルにはたくさんの椅子が並び、相変わらずわたしたちは二人きりではない。オーク様やルナマリア様たち婚約者候補に、執務の手伝いに来ていたレイモンドたちも勢揃いだ。

 まぁ、これはこれで楽しいのだけれど。


「ついにルイーゼ様の新作『氷の公爵オーク様は甘味がお好き』を読破いたしましたわ! 主人公の貧乏伯爵令嬢が菓子作りで若き公爵様を落とす手腕は勉強になりましたわ。わたくしも菓子作りを本格的に習おうかしら」

「ミスティア様の武器はその巨乳だけでも大丈夫だと思いますけどぉ。どなたか落としたい殿方でもおりますのぉ?」

「正直……そろそろある程度の目星はつけなければと思っておりましてよ……。十八歳まではラファエル殿下の婚約者候補を務めさせていただきますが、その後はお見合いラッシュですもの……」

「ミスティア様は大変ですねぇ~。わたしは報奨金を頂いたら、サリーと結婚いたしますもの」

「ヴィオレット様、あなたそんなに簡単に彼と結婚できますの? 辺境伯爵家総出で追いかけてきませんこと?」

「報奨金で大量の武器を買う予定ですの。いわば軍事費ですわぁ」

「夢があるのだかないのだか、よくわからない使い道ですわね」


 乙女の恋バナ(?)をBGMに、わたしとエル様は大きな木の根本に腰を下ろし、べったりと寄り添っている。

 第二回目の膝枕を所望したらエル様に半泣きで「こんなに大人数の前では許してほしい」と言われたので諦めた。

 とりあえずエル様の肩に頭を乗せて、エル様の左手を両手で包んでにぎにぎする。はぁ、エル様の髪から爽やかなイケメン臭がする。いい、最高、満足。


「エル様、ゲームをしましょう」


 わたしが声をかければ、エル様は首を傾げた。以前の長めの前髪も良かったけれど、短く切り揃えられた今の前髪も実に良い。とくに顔が良い。


「どんなゲームかな?」

「エル様の素敵なところを数えていくゲームです」

「えっ、なんだか恥ずかしいなぁ……」

「一つ目、エル様の蒼い瞳はサファイアみたいでとっても綺麗」

「ココったら……」

「二つ目、金色の髪がサラサラで素敵」

「わかった、じゃあ私も、ココの良いところを数えていくゲームをしよう。一つ目、いつもにこにこ笑っていて可愛いところ」

「エル様のほっぺたが赤ちゃんみたいにすべすべで気持ちいいところ」

「ココはいつも一生懸命で、頑張り屋さんなところ」

「エル様の唇がとっても柔らかいところ」

「ココは民に対しても優しいところ」

「エル様の鼻の形が……」

「ココは成績が良くて……」


 頭を空っぽにしてイチャイチャしていると、ちょうど離宮の庭を探索していたオーク様とルナマリア様が戻ってきた。話が弾んだのか、お二人とも楽しげな雰囲気である。


 わたしは二人に声をかけようとしてーーー思わず目を見開いた。


「ルナマリア様!? ドレスをどこかに引っ掻けたのですか?」

「……え? ココレット様?」

「ドレスの裾が……」

「きゃあああ!!!」

「大丈夫か、ルナ!? 怪我はないか!?」


 幸いルナマリア様にお怪我はなかったのだけれど、彼女のベビーピンク色のドレスの裾がザックリと切れていた。

 破れた箇所は一ヶ所だけだったので、彼女の足を晒さずにもすんだのは不幸中の幸いだったけれど。


 ルナマリア様は、悲鳴を聞きつけたフォルトさんから渡された大判のストールを体に巻き付け、破れた裾を隠した。彼女の顔は真っ青である。


「クライスト様、控え室へご案内いたします。すぐさま替えのドレスをご用意いたしましょう」

「申し訳ありません、フォルト様……」

「大丈夫、ルナマリア様? わたくしもお供致しますわよ。薔薇のトゲにでも引っ掻けたのかしら」

「ありがとうございます、ミスティア様……」


 薔薇のトゲや木の枝に引っ掻けて破れたにしては、妙にドレスの裂け目がきれいだったな。まるで刃物で切られたみたいに。


 フォルトさんに先導されたルナマリア様が、ミスティア様に支えられて離宮の中へと入っていくのを見送りながら、わたしはぼんやりとそんなことを思った。


 バトラス伯爵家でも池に落ちてしまったり、今日の事といい、最近のルナマリア様はなんだか不運続きのようだ。

 この異世界にも厄年とかあるのかしら、と。

 その時のわたしはまだルナマリア様の異変に気付いていなかった。

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