第53話 二年後



 ーーそれから二年後。


 妃教育はますます厳しさを増し、教会視察へ出掛けるのがみんなの息抜きみたいになってきている今日この頃。

 あるときは教会視察ついでに領地を観光していたら、ずさんな治水工事で大変になっている地域を発見し、エル様が尽力なされたり。

 またあるときは、視察予定の教会で強盗の立てこもり事件があり、ダグラスやヴィオレット様が大活躍。

 またあるときは領主の不正の資料をルナマリア様が見つけてきたり。

 ミスティア様が山で迷子になった子供を某メーヴェみたいな空飛ぶ魔道具+持ち前の5.0視力を使って、上空から一発で見つけ出したり。

 またあるときは倒産寸前の金物工場をドワーフィスター様が買い取って、魔道具の研究所にしたり。

 なかなか農作物が育たない土地に適した植物をレイモンドが思い出してくれて、農家の収入が増えたり。

 なんか本当に色々あった。


 ちなみにわたしとオーク様は、顔の良さだけがみんなの役に立っている感じである。

 わたしたち二人が微笑めば、善人だろうと悪人だろうと陥落するので。


 そんな愉快で騒がしく忙しい毎日を送っていたら、気付けばわたしも十三歳!

 来年には王立学園へ入学する年齢にまでなってしまった。

 ちなみに一つ年上のルナマリア様とドワーフィスター様は今年から学園へ入学している。


 学園生活で忙しい二人は次の教会視察に参加するのは無理かなぁ~、と思っていたら。


「え? オーク様もミスティア様もヴィオレット様も参加されないのですか?」

「そうらしい」


 同じく十三歳になられたエル様が、こくりと頷く。


 相変わらず目元を隠すほど長いエル様の前髪だが、そこから覗く蒼眼の美しさは変わらない。むしろ子供らしい丸みを失い、大人っぽい顔つきになられた。

 背もずいぶんと伸び、体も筋肉が付き始めた。そのご成長を間近で観察し続けられるこの幸福よ……。

 わたしはもう何度この今世に感謝しただろう。エル様のお側に生まれ変わらせてくださりありがとうございます神様!


「オークハルトはちょうど隣国から従兄が遊びに来るので参加できないと。ベルガ嬢はオークハルトの護衛だから、その任務で。ワグナー嬢は兄が風邪を引かれて、その看病らしい」

「まぁ…、それではつまり、久しぶりに二人きりで視察が出来ますわね!」


 わたしが喜んで言えば、エル様が苦笑される。


「そうだね。……私と二人きりで出掛けるのを喜んでくれるなんて、相変わらずココは変わっているね」

「あら、それでしたらたぶんオーク様もお喜びになられますよ、エル様と二人きりでお出掛けすることを」

「……あいつを数に入れるのはやめようね?」


 ドワーフィスター様の風邪が早くよくなるといいですね、なにかお土産を買ってきましょう、と口では言いつつ、わたしの心はウハウハである。

 久しぶりのエル様とのデート!

 ぜひとも満喫するぞ!





 さて、十三歳のわたしは美貌にさらなる磨きがかかり、花も恥じらう絶世の乙女に成長しつつある。

 背もぐんぐんと伸び、手足もすらりと長く、胸や腰も膨らみ始めてきた。ウエストもちゃんとくびれている。これならエル様も喜んでくださるだろう。……エル様が実はスレンダー派でないといいのだけれど。

 自分の美貌を磨くために前世で覚えたストレッチや筋トレを緩く続けていたのが功を奏したというのもあるけれど、やはり一番は侍女のアマレットと我が家の料理長の完璧な食事管理のお陰だろう。二人には本当に頭が上がらない。

 あとは絶世の美女だったらしい亡きお母様と……、お父様の遺伝子にも一応感謝しておこうかしら。わたしのローズピンクの髪がふさふさなのはお父様の遺伝子のお陰だしね。将来的に禿げることはないだろう。


 そういうわけで十三歳の可憐さをもって薄化粧やドレス、髪型を整えてしまえば、わたしはもはや無敵である。


 たおやかな仕草でエル様の腕を取り、穏やかな微笑みを浮かべて馬車から降りれば、視察先の教会の人々や役人たちがわたしの美貌に釘付けになり、「はぁ……、なんとお美しい……」「お噂通り女神のような御方だわ……」と感嘆の溜め息を洩らす。誰もエル様に悲鳴を上げていない。わたしが美しすぎてエル様の容姿が霞んでしまうのだ。

 十一歳の幼女の頃もわたしの顔は整っていたけれど、エル様の盾になるほどの力はまだなかった。

 けれど今はこの通り、微笑みだけで観衆の視線を操る術をマスターしたの! 鏡の前で笑顔の練習をしたりして、頑張ったの! すごくない? 誰か褒めて!

 そんなことを考えていたら、横からエル様がこっそり耳打ちしてくる。


「相変わらずココは大人気だね。……きみが側に居てくれるだけで、私はとても生きやすいよ」


 そう言って蒼眼を蕩けさせるエル様の格好良さに、わたしの心臓はバクバクと壊れそうな音を立てる。思わず「はうぅっ」と萌えを押さえるために俯いた。

 顔も良いし優しいし王子様だし、この人を好きにならない理由が本当にないのだけど……っ!?


 わたしの挙動不審な様子に、エル様が不安そうな声を出す。


「ココ? ……どうしたんだい? 体調でも崩したのかい?」

「い、いえ。エル様があまりにも素敵すぎて、見とれそうになってしまいましたの」


 うるうると上目使いで見上げれば、エル様は頬を紅潮させ、口を呆けたように開けてしばらく停止した。それからゆっくりと視線を反らし、


「……ココは本当に優しくて狡い子だね」


 と呟く。


「エル様……」

「さぁ、視察へ行こう。皆をあまり待たせてはいけないからね」


 エル様に促され、わたしは仕方なく足を踏み出した。


 ……エル様と出会って、もう二年だ。

 エル様を取り巻く環境は出会った頃とはガラリと変わり、レイモンドやダグラスといったエル様の容姿のコンプレックスを理解できる友人も出来たし、ミスティア様やルナマリア様とも穏やかな関係を築けている。エル様を支えようとするオーク様やドワーフィスター様だっている。わたしだって、我がブロッサム侯爵家だってついている。

 それなのに駄目なのだ。

 エル様は根本的なところで、他者からの愛情を信じきれずにいる。

 わたしがどれほど想いを伝え、態度で表しても……エル様は心の奥底で、わたしの愛情を信じてはいない。


 教会の関係者と話し始めるエル様の横顔を見上げながら、わたしは考える。


 どうすればエル様が本当の意味で、孤独から抜け出せるのだろう、と。

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