第31話 悪魔と呼ばれた浮浪児



 わたしはワイルド系イケメンと共に炊き出しの列から離れ、教会脇のベンチへ移動する。そのあいだにアマレットが救急箱と毛布の手配を済ませてくれた。

 救急箱が届く前に、イケメンへ素性を尋ねる。


「わたしはココレット・ブロッサムです。あなたのお名前を教えてください」

「……ダグラス。姓はねぇ」


 ダグラスと名乗ったイケメンをまじまじと観察する。

 前世でも海外の有名俳優レベルじゃないとお目見えできないようなワイルド系イケメンなのだけど、ガリガリに痩せた腕といい、薄汚れた格好といい、典型的なスラムの浮浪児だ。栄養状態が悪いので年齢がいまいち判断できないが、わたしとそれほど歳も離れていないだろう。

 一応念のため、保護者の有無を聞いておく。


「ダグラス、あなたのご両親や保護者は? 近くに来ていらっしゃいますか?」

「そんなもんはいねぇ。生まれたときからずっと孤児だ」

「孤児院へは所属していないの?」

「……悪魔と呼ばれているような、こんな面のガキを孤児院が引き取るわけねぇだろ。お貴族様は妙なことを言うなぁ」


 ダグラスは掠れた声で笑い、その金色の瞳をわたしへ向ける。

 睨み付けるような、困惑しているような、泣き出しそうな、なんとも複雑そうな視線だった。


「お貴族様、アンタは視力でも悪いのか? たいていの女のガキは、俺様の顔を見て泣き叫ぶもんだぜ?」


 歓喜でなら泣き叫びたい気持ちでいっぱいである。コンサート会場でペンライトを振り回しているアイドルファンのテンションで。


「わたしの視力に問題はありませんわ。わたしの目の前にいるあなたが悪魔ではなく、ただの怪我人に見えますもの」


 ダグラスは眉間にしわを寄せ、ますます複雑そうな色をその瞳に浮かべた。


 彼がなにか言おうと口を開きかけた瞬間、「私の愛しいお嬢様っ!」とアマレットが荷物を持って駆け寄ってきた。わたしは救急箱を受け取り、アマレットがダグラスの肩へ毛布を掛ける。


「さぁ、怪我の手当てをしましょう」


 ぎこちなく頷くダグラスに向かって、わたしは言った。


 慈善活動の一環で、怪我人や病人の看護には慣れている。前世でも救命講習を何度か受けているので、知識はそれなりにあった。

 わたしはダグラスの怪我や痣を一つひとつ確認し、骨折などの重症ではないことを判断しながら消毒したり包帯を巻いていく。わたしが触れる度に大袈裟に体を強張らせるので、痛みがあるのかと尋ねたが首を振られた。単純に暴力以外の接触に慣れていないみたいだ。

 チラリと上目でダグラスを見れば、彼の顔は塗りつぶしたように赤くなっていた。


「お義姉さま! 大丈夫ですかっ? スープとパンを持ってきましたけど……」


 一通りの治療が終わったところで、タイミング良くレイモンドが現れた。従者にスープとパンを乗せたお盆を持たせている。

 二人に「ありがとう」と微笑み、ダグラスへ食事をすすめる。

 お盆を受け取ったダグラスは不審そうな顔つきで、キツネのお面をしているレイモンドを見つめる。レイモンドが気付いたようにお面を外した。


「僕はレイモンド・ブロッサムです。ココレットお義姉さまの弟なんです」


 そう言って胸を張るレイモンドが可愛くて、わたしはついついレイモンドの頭を撫でてしまう。彼を甘やかすのがだいぶん癖になってきたみたい。レイモンドは嬉しそうにわたしの肩に頭を預けた。

 そんなわたしたち姉弟を、ダグラスが唖然としたように見つめている。「本気かよ……」とボソッと呟いた。


「さぁ、冷めないうちにお食事をどうぞっ」


 レイモンドが促してやっと、ダグラスが食事を始める。

 一口食べてようやく飢えを思い出したのか、ガツガツとスープを掻き込み、小さなパンも二口で食べてしまった。空になった器までもを舐め始める。

 その様子に、彼の日々の暮らしの苦しさが見えた。


 わたしは思案しながら尋ねる。


「ダグラス、あなたは今おいくつですか?」

「……十四だ」

「ふだん、スラムではどのような暮らしをされていますか?」

「そこらの浮浪児と変わりゃあしねぇ。残飯を食う為に毎日殴り合って、泥水を啜って、うまいこと盗みを働けりゃあ少しはマシなもんが食えるな。適当に屋根のあるところを探して寝て、その場所の所有者に殴られて追い出されるだけだ」


 ふむ。


 これは、この展開は、あれだ。


 前世で漫画や小説なんかで何百回も見た王道パターン『酷い目に遭った孤児がお金持ちに拾われて従者になり、主人に忠誠を誓ってずっと付き従ってくれる。その後八割方、主従関係の恋に悩み、最終的に身分差を乗り越えてハッピーエンド』のやつだ!!!


 わたしにはエル様がいるから別に恋愛に発展する気はないけれど。ワイルド系イケメンが従者とかすごく良くない?

 ダグラスのこの顔+執事服で「お嬢様、紅茶をお持ちしましょうか」とか「お疲れですか、お嬢様? お気に入りのアロマを焚きましょうか?」とか「イケメン不足ですか、お嬢様? でしたら俺の顔をお好きなだけご覧ください」とか言ってくれて、いつでもめっちゃ優しく接してもらえるの!


 なにそれ、天国すぎる!!!


 ダグラスがわたしの従者になれば衣食住に困らない。

 レイモンドともきっと良い友達になれるだろう。

 そしてわたしの目の保養。一石三鳥じゃない。

 オーケー、決まりよ。父はどうせわたしに甘いしね。


「……ねぇダグラス、もし、あなたさえ良ければ……」


 下心が透けないよう、ただ彼の身を案じる気持ちに集中して神妙な声を出す。

 我が家で働いてみませんか? と続けようとしたわたしの背後から、聞き慣れた声がした。


「ココ、ここに居たんだね? 炊き出しの手伝いをしていると聞いてきたのだけど、さらに移動したと聞いて驚いたよ」

「……エル様?」


 振り向けば、顔が見えないように黒いローブを深く被った人物が立っていた。

 その人物の声は確かにエル様で、ローブの隙間から金色の髪が肩の辺りまで垂れていた。隣にはフォルトさんも居る。


 わたしはベンチから立ち上がり、エル様へ駆け寄ろうとしたけれど。

 エル様は驚いたようにローブから顔を出して、わたしの隣に居るダグラスを見つめた。エル様の蒼い瞳が潤んだように揺れる。


「まさか……きみは……」


 そのときエル様の唇が、声を出さないまま“ダグラス”と動いたような気がした。

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