第30話 ボランティア活動



 エル様はまだバザーに現れていないようなので、わたしとレイモンドは炊き出しのボランティアへ参加することにした。

 教会前の一番目立つところに湯気の立つ大鍋が用意されており、その周囲でシスターや孤児院の子供たちがスープを取り分けたり、パンの入った木箱を次々持ってきたり、回収された器を洗ったりしていた。行列に対して、やはり圧倒的に人手不足の状態だった。

 わたしはスープを配布する係りになり、レイモンドはパンを奥から持ってくる係りに回された。

 わたしはシスターが盛り付けたスープの器を次々とお客さんに手渡していく。


「器が熱くなっておりますので気を付けてお持ちください~」

「このままお進みください。右手にあるパンを一つだけ受け取ってください~」

「スープが溢れないよう、ゆっくりと進んでください~」

「食べ終わったあとの器は左側で回収しておりますので、ご協力ください~」


 前世の学生時代にしていた飲食店バイトを思い出しながら声掛けをしていく。行列の数は多いけれど、流れは順調だ。

 これなら大きなトラブルも起きずに済むわね……と一瞬思ってしまったことがフラグだったのか。

 突然行列の中から怒鳴り合う声が響き渡った。


「なに割り込んでんだよ、テメェらッ! ちゃんと一番後ろに並びやがれっ!!」

「うるせーんだよ、不細工! お前みたいな不細工の前に割り込んでなにが悪いんだ? 人間じゃねぇだろ、お前なんて」

「なんだと!? 喧嘩なら買ってやるぞ!」

「いいぜ、買ってやるよ、ブッサイク!」

「ギャハハ! やっちまえ、兄ちゃん! 顔をボコボコに殴ってやったら少しはこの不細工の顔もマシになるんじゃねぇの~?」

「上等だ、テメェらッ! 俺様が返り討ちにしてやるよッ!」


 怒鳴り声に続いて殴り合う音まで聞こえてきて、周囲の客が悲鳴を上げたり、列を崩していくのがわたしの場所からもよく見えた。

 こういう荒事は、このバザーの警備に当たっている騎士たちが担当すべき仕事だ。わたしは侯爵令嬢で、しかも王太子の婚約者候補という立場のある存在。わかってる。でしゃばってはいけないことは、ちゃんとわかってる!

 でも!

 不細工ってつまり、わたしにとっては滅茶苦茶イケメンってことで! 天然記念物並みの保護対象であって! そんなイケメンが今、リンチに遭っているってことでしょう!?

 無理。ここでじっとしてなんて居られない。イケメンの顔が殴られるなんて無理。わたしには子供や動物に対する虐待レベルで無理。


 イケメンに釣られて、わたしは即行で喧嘩の発生地点まで足を進めてしまった。


 そしてわたしが顔を出した途端、喧嘩をしていた数人の若者たちはわたしの美貌に驚いて手を止めた。あんぐりと口を開け、真っ赤な顔でわたしを見つめている。……本当に今世の顔って使い勝手がいいわね。

 わたしは自分の美貌を見せつけるように顔を上げると、冷たい眼差しで若者たちに声を掛ける。


「列に割り込んで喧嘩を始めるようなあなたたちに、ここの配給を受けとる資格はありませんわ。大人しく騎士団に連行されなさい」


 騎士たちはすでに傍へやって来ていて、わたしを守るように前へ出ようとしていた。

 若者たちは大人しく頷き、抵抗もせずに騎士たちに捕らえられる。その間もわたしのことをうっとりと見つめているようだった。


 若者たちがどいた場所に、一人の少年が踞っている。

 もう冬の始まりだというのに半袖姿で、見えている肌には無数の傷や痣があった。焦げ茶色の髪はずいぶん洗っていないのか艶がなく、バサバサで、泥に汚れている。典型的なスラムの孤児のようだ。

 わたしは少年の前に屈み込み、手を差し出す。


「さぁ、手当てをしましょう。立てますか?」

「……触んなっ!」


 彼はわたしの手を弾く。


「同情なら要らねぇよ、お貴族様!」


 そう言ってこちらを睨み付けるような表情で顔を上げーーー、わたしの顔を見て表情が固まった。「は……? 女神……?」と呆然としたように呟く。


 そしてわたしも、呆然と彼を見つめた。

 唇の端が切れて血が滲んでいるし、薄汚れた身なりだけど、ーーー金色の瞳が特徴的なワイルド系イケメンだ!!!

 うわあああああ!! これは絶対磨けば光るとんでもない逸材!! めちゃくちゃカッコいいよぉぉぉ!!!


 わたしは胸の動悸を抑えるように一度深く息を吐くと、もう一度彼に手を差し出す。


「……っあ、後であなたが受けとるはずだったスープとパンも差し上げますから。まずは傷の手当てをしましょう」

「…………」


 ワイルド系イケメンは呆然としたまま、わたしの手を取った。


 やっぱり善行は積めるだけ積んでおくものだわ。ある日ひょっこり、自分好みのイケメンに出会えたりするもの。わたしはそう胸の中で呟いた。

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