見習い陰陽師と迷宮アプリ

魚谷

プロローグ

「はっ、はっ。はぁっ」

 加藤秀樹は汗だくになって走っていた。時刻は午後4時。

 西日が差し込んで、校内は真っ赤に染まっている。

「加藤くぅぅぅぅうん!」

 男の声。それにたくさんの笑い声が聞こえた。

 秀樹をいつもいじめている山田たち。

 秀樹は山田たちに無理矢理、鬼ごっこに参加させられた。

 ――捕まったら、お前をぼこぼこにするからなっ!

 拒否権なんてない。

 息苦しくなって、学ランのえり首をあけた。

 行き止まりにぶつかって、足を止めた。いや、正確に言えば庭科室。

 来た道を戻ろうとするが、足音はかなり近い。

 とりあえず家庭科室に飛び込むと、扉を閉めた。

「っ!」

 ぎょっとした。そこにはもう一人の自分がいた――そう思いかけたものの、よく見ると姿見だった。授業で使ったまま、しまい忘れたのだろう。

 鏡が反射する西日がまぶしくて、目を伏せた。扉にもたれかかって必死に息を押し殺していると、廊下のほうから扉を開けられ、すぐに閉められる音がたてつづけに聞こえた。

「加藤くうぅぅぅぅぅんっ! どこかなぁぁぁぁぁっ!」

 山田たちがひとつひとつ教室を確認しながら近づいてきているのだ。

(ボコボコにされるよりはマシ、だよね……)

 ベランダに出た。当然、逃げ場はないが、隣の教室のベランダが見える。間の距離はだいたい2メートルくらい。

 手すりに立てば、どうにか飛び移れそうだ。

(何でこんなことになるんだよっ)

 半泣きになるが、残された道はそれしかない。

 しんちょうに手すりによじのぼる。

「が、がんばれ……大丈夫……うまくいく……」

 そう自分に言い聞かせて、もう片方の足をかけ、バランスを取る。ぷるぷると震える両足に力を入れ、ゆっくり立ち上がった。

(よ、よし……)

 あとは隣のベランダに飛び移るだけ。

「っ!」

 思わず地面を見てしまい、目がくらんだ。目をぎゅっと閉じる。

 心臓が痛いくらい鳴っていた。

 秀樹は2メートル先にある隣のベランダを見る。

「い、いくぞ……」

 踏みきろうとしたその時、「あなたたち! 何をしているの! 早く帰りなさい!」と廊下のほうから女性の声が聞こえ、山田たちのものだろう複数の足音が遠ざかる。

 同時に家庭科室の扉が開き、ついそちらを見てしまう。

(お母さん!?)

 秀樹の目に飛び込んできたのは、母親の姿。

 その時、両方の足首をつかまれ、引っ張られる。

「っ!?」

 すべてがスローモーションになっていく。

 姿見に自分の姿がうつっている。姿見の中の自分も落ちていく。

 秀樹は自分の足に絡みつくものを見た。

 それは目も鼻も口もない、人の形をした黒い影のようなもの。

 それが、驚く秀樹の姿を見て、笑ったように見えた。


 その1年後、加藤秀樹をいじめていた生徒たちが次々と行方不明になり、警察が調べたが、結局、発見にはいたらなかった。

 生徒たちは〈加藤秀樹の呪い〉――そう、うわさした。

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