元禄時空人(ヒューダルロード・サバイヴァー)(4) 友情の分岐点

 建設機械の陰から紺色セーラー服姿の少女がひょっこりと現れた。微風が黒髪をかきあげるが、みだれ髪がもとに戻らない様子から鬘を被っているのだと判断できる。スキンヘッドは異世界逗留者の必須条件だ。潜在能力を持つ女子は異世界の許容支持力によって自ずから変貌する。

「あなたは……小鳩?」

 ハーベルトは記憶をたどった。失踪者リストに見覚えがある。異変に気づいた女子兵が身構えたが、旅人の外套フラッショナルスーツを見るなり、友軍だと認識して銃を下ろした。

「そうですよ。トロイメライさん。あなたたちは無実な人々を殺そうとしました。神に背いて」

 小鳩の勝手な言い分にハーベルトは我慢ならない。

「盗人猛々しいわね! 国立研究所ペーネミュンデから機密情報を持ち出したのは連合(おまえたち)じゃない!」

 彼女は小鳩の頭上にふわりと遊弋するアブロカーを指さす。

「あるべき場所に移し替えただけよ。神の英知は正しく使われるべきよ。公共の福祉に資するためにね」

 ハーベルトが背後の声にハッと振り返る。

「ジェーン・スー!」

 小鳩の真横に裏切り者が腕組みポーズで立っている。

「久し振りね。ハーベルト。そして、これでお別れよ」

 旧友は親密な関係というよりは廊下ですれ違いざまに挨拶を交わす程度だったが、全く存在感がないというわけではなかった。彼女が収監された時は胸が痛んだし、死刑執行猶予の嘆願に署名もした。

 その事を強調するとジェーン・スーは鼻であしらった。

「後手後手! すべて後手じゃない。どうして法廷で無実を証明してくれなかったの?」

 世界中の人々を憎むような目つきでハーベルトを睨みつける。

「できうる限りのことはやったわ。でも個人の力は無限じゃない!」

 ハーベルトは真摯に精一杯の努力をアピールした。ジェーン・スーを連合の走狗ではなく知己の仲間として接している。

「それは詭弁ね。やろうと思えばわたしを連れて亡命する事もできた。本当に友人を慮っているならね」

 ジェーン・スーに見透かされた女は押し黙ったまま悲しい目で反論している。

「出来なかったんでしょう? たかが一個人のために祖国を捨てるなんて不可能だもの。貴女は枢軸の仮面をかぶる必要がある。シュタッヘルのためにも」

 その名を軽々しく口に出されてハーベルトは激昂した。誰だって一番大切な人の思いを親族でない者に詮索されたくない。シュタッヘルという人物はハーベルトにとって比重を占める存在であるらしく、彼女は青筋を立てている。その殺気を感じ取ったのかジェーン・スーは隠し持っていた短銃を発砲した。

「ハーベルト!」

 望萌(ももえ)がとっさに同僚を突き飛ばす。女性兵士たちも自動小銃で応戦する。跳弾が岩場に火花を散らす。なぜかジェーン・スーに向けられた弾は一発も命中しない。その代わり硝煙が彼女の胸を貫いている。同じくハーベルトも無傷だ。

「不毛な争いはやめましょう。お互いにどういう立場かわかっているはず」

 ハーベルトが静かな口調で諌めるとジェーン・スーはヨヨと地面にしゃがみこんだ。二人の口論を見ていた祥子も割って入る。

「ジェーン・スー。仕方なかったんだ。ハーベルトは彼女なりによくやったと思う。誰だって好き好んで困難に陥ることはない。ボクだってトラックに家ごと両親を潰された」

 祥子の独白を聞いてジェーン・スーの態度が一変した。「あなた。どうしてそれを早く言わないの? そうと知ってたら強硬手段はとらなかったわ」

 そう言って祥子の身柄をおとなしく引き渡そうとした。ジェーン・スーの期待する付加価値は見込み違いだったようだ。その正体は現段階では計り知れないのだが。

「何を言っているのかさっぱりわからないけどボクは連合について行く」

 ジェーン・スーの手を振りきって祥子は我道を歩み出す。

「祥子。あなたが信念に基づいてアブロ・カーに乗るなら止めはしないわ」

 ハーベルトは醒めた表情で異世界逗留者を見送った。「こっちも己の信ずる道を征く」

 望萌がハンドガンを祥子に向けるが狙いが定まらない。目に見えない力が弾道を歪ませている。

「望萌、弾薬をムダにしないで」

 ハーベルトは吹っ切れた様子で列車に乗り込んだ。アブロ・カーから薄緑色の光線が降り注いでいる。それは祥子たちを見えない糸で吊り上げるように機内へ収納した。

 とらわれたソジャーナーのハーベルトに対する反発は高まる一方だが、ジェーン・スーにとってそれは好都合だった。反感が昂れは昂るほど世界中の反枢軸的な過激分子に対して自己存在感をアピールできるからである。LZ17はゴブリン部隊の奇襲を受けて風前の灯火どころか消える前のロウソクであった。機銃掃射を浴びた硬式飛行船はあっけなく破裂した。水素ガスがあっという間に燃え広がり、爆発四散した。

 悪鬼軍ゴブリンはうら若い女性兵士たちの人命を奪うだけでなく致命度の高い装備に狙いを定め攻撃を繰り返した。多くの地上部隊が彼らの蛮行によって失われるなか枢軸特急は格好の標的になっている。それらの車両を失うことは単に祖国の敗北だけでなく、人類が熱力学第二則に負けることを意味する。

「予定を大幅に変更するわ。今すぐ出して!」

 このまま壊走するわけにはいかない。ハーベルトは運転台にTWX666Ωの発車を要請した。ガタリ、と列車が揺れた。ハンザを火の玉に変えた敵機はぶんぶんと爆撃機の周囲を飛び回る。その内のいくつかが燃料と弾薬補給のために収容され、再び暴れだす。

「国民戦闘機(フォルクスイェーガー)の出動を要請しますか?」

 気を利かせた士官たちが空軍と連絡を取り合っている。「貴重な航空戦力を消耗させないで」 ハーベルトはやんわりと制した。そして応射を指示する。ゴブリンが唸りをあげて降りてきた、。汽笛の音を機銃掃射がかき消した。線路脇に土煙があがる。

 貨車の幌が外され、20ミリ対空機関砲が屹立する。フラック38はその速射力と威力を買われて地上戦力として装甲車退治に抜擢された程だ。さらに防盾が射撃手を守ってくれるため、非常に打たれ強い。銃弾の雨をもろともせず、鉛の飛沫を浴びせ倒す。

 たちまちゴブリンの一つが火だるまになった。ハスラー部隊はフラック38の洗礼を受け臆病風に吹かれたようだ。一気に高度をあげていく。

「アブロ・カーはどこ? 捉えたらすぐに教えて」

 ハーベルトは血走った目でモニターの列を追いまわす。その狼狽ぶりに耐えかねた体調が口を挟んだ。

「閣下。お言葉ですがアブロ・カーは囮役であると私は……」

 言いかけると強い口調で否定された。

「わからないの? 囮役であるからこそ木っ端微塵に叩きのめすのよ!」

 彼女の言い分はこうだ。陽動役は敵を誘導している間は生存しつづけねば意味が無い。だからこそ早期に破壊して機能させなくするのだ。

「つまり、『釣られている』ふりをするということですな?」

「そういう事よ。死に物狂いで全天探査して!」


 山の天気は変わりやすい。沸き起こる雲が枢軸特急を覆い隠していく。もちろん、レーダー探知機によって座標を取得しロックオンすれば動きの鈍い列車など静止物同然である。アブロ・カーには夜間や悪天候時におおよそだが地形を把握できるレーダーを搭載している。ただこの対地レーダーは地上の状況を微細に把握するには精度が大幅に欠けていた。どちらかと言えば低空飛行の航法用であり高性能の対空レーダーの方に開発予算が割かれていた。

 不鮮明な地形の影から誘導弾が飛んで来る。ジェーン・スーのアブロ・カーが初撃をかわしたが、祥子が遅れを取った。ギリギリのラインでチャフを散布。命拾いした。

「ちいっ! あいつら神出鬼没よ。クソっ。こんな高台にまで」

 ジェーン・スーは並び立つ祈願の狭間に機体を滑り込ませた。ところが切り立った壁面に隠すように線路が敷設してあり、高射砲が襲い掛かってくる。逃れようと急上昇すると雲の合間からミサイルが飛んでくる。

 横風が岩の頂きを洗うと霧が晴れて枢軸特急が姿を表した。ハーベルトは風に吹かれてスカートを抑えようともせず、ブルマー丸出しこちらに手を降っている。

「アブロ・カーはレーダーに電力を費やして遮蔽装置を起動できない状況にあるわ。あとはバッテリーの持ち具合ね」

 ハーベルトは死角がないこと自体の弱点を冷静な目で見抜いていた。アブロ・カーを擬似位相空間に潜ませる遮蔽装置は電力消費量が半端じゃない。もともとはドイチェラント海軍が駆逐艦用に開発していたシロモノだ。

「連合が苦心惨憺して小型化に成功したかもしれないが電力消費の問題は用意に克服できない。時間の問題よ」

 望萌が舌なめずりした。獲物を追い詰めていく悦楽に浸っている。彼女はアブロ・カーの出没範囲を絞り込み、対空車両を効率よく配置した。工兵部隊はスーパーステーション山周辺を要塞化しトンネルや隠し線路などを縦横無尽に張り巡らせてある。

 アブロ・カーの計器盤が小刻みに点滅した。ジェーン・スーがバッテリー残量計を見やるとレッドゾーンに差し掛かっている。

「このままでは埒があかない。爆撃で一気に消し飛ばしちゃえ」

 祥子が二の足を踏んでいるハスラー隊を呼ぼうと提案した。

「ダメよ。迎撃されるわ。後方を叩きましょう」

 ジェーン・スーは爆撃隊の燃料残を勘案して一か八かの奇襲攻撃に出た。TWX666Ωは補給のために登山口駅に入線していた。ホームに空襲警報が鳴り響く。駅員たちがおっとり刀で迎撃に向かうが、歩兵用対空誘導弾を構えたまま次々と倒される。待避線の貨車が爆散し機関車が横転する。装甲車両も次々と脱線転覆し炎をあげている。

「遮蔽装置を使いやがった!」

 望萌は虚空から沸き起こる機銃掃射を辿ろうとめまぐるしくカメラアイを振り向けるが、敵機を補足できない。ズン、と地面が揺れた。

「上りホームに被弾! ハーベルト閣下、撤退のご判断を!!」

 陸戦士官が悲壮な声で被害状況を伝える。

「駅を破壊されたら永遠に戻れなくなるわ。奥の手を使いましょう!」

 ハーベルトは望萌を連れて地下連絡通路を下った。拡張工事中の折り返し線に資材が散乱している。その中にうらぶれた車両が停っている。雨ざらしのまま所々にサビが浮いている。

「ボロボロじゃない!」

 赤茶けたデッキに飛び乗る望萌。ハーベルトは運転台の埃を払いのけると列車が動態であることを確認した。スイッチを押してモーターに通電する。

「カモフラージュよ。望萌、貴女はこっちへ!」

 ハーベルトが後部車両へ案内する。そこにはサーチライトが十台ずつ、左右二列に並んでいる。

「何なの? これ」

 望萌が砲座に着くとディスプレイに幾何学的な模様が浮かび上がる。

殺人光線レーザーよ。出力100キロワットのフッ化重水素赤外線。サルディニアの射爆場で132ミリロケット弾BM-13(ベーエーム・トリナーッツァチ)の迎撃に成功したばかりよ」

 万が一の事を考えてハーベルトはペーネミュンデから保険を運び込んでいた。望萌は簡単なレクチャーを受けて砲身を見えない敵に向けた。

 黒煙立ち込める構内から淡紫色の光がほとばしる。すると怯んだように銃撃が止んだ。

「今よ。行っけ〜〜!」

 ハーベルトの号令一下、殺人光線放射が激しくフラッシュする。アブロ・カーは二機とも燻りながら山の向うに消えていった。レーザー砲の勢いは止まらない。敵機の群れを光が一掃すると、バタバタと燃え殻が地面に落下した。

「ハーベルト閣下、あれを!」

 対空監視員の一人が空の一角を指す。鳥のような飛行物体がアブロ・カーから羽ばたいていく。

「地上部隊に連絡。あいつらを逮捕して。生死は問わない。わたしも行くわ」

 小銃を望萌に手渡すハーベルト。ゴブリンが線路上に横たわっている。望萌がハンディートーキーで保線区員に除去を命じる。二人は待機していた兵員輸送車に乗り込むと堕天使の群れを追いかけた。

 その直後、TWX666Ωが動き始めた。ハーベルトたちの車体に銃弾が撃ち込まれる。

「緊急事態! 閣下、侵入者が……」

 トレインジャックを知らせる第一報は銃声にかき消された。


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