第6話 夢

「まず、ジェノサリア。あなたの妹との結婚については急く必要はないでしょう。僕はまだまだ未熟。故にまずは己を高めることや、様々な知識を得ることに専念したい! 人間界側と協力関係を結び、犯罪撲滅に向けた人材派遣や育成、更に法の整備を行うのが急務でしょう!」


「……王子……その意識の高さ、感服致します! だからこそ、王子と我が妹と早く婚姻を、そして王子の御子様をも……ふっ、この私が想像しただけで頬が緩みます。これがお兄ちゃんパワーと呼ばれる古からの――――」


「そして、母さんも! 今は討たれた父さんに代わり、母さんが魔界の長です! 責任と慎みある行動を……何よりも、地上制圧だとか、一時休戦だとか、誤った発言は控えてください! 人類とは和睦を結び、お互い永劫の紳士協定を結んだはずです! お忘れですか?」


「あ~ん?」



 僕は怒鳴った。責任ある立場の二人の態度に。

 数年前、『闘魔神・オートン』と呼ばれた魔王にして僕の父は、人間の勇者に討たれた。

 世界を賭けた堂々とした誇り高き戦いであり、父も最期の時は無念さや恨みなど抱かず、勇者を称えて笑顔で逝かれた。

 その後、人間側からの和睦申し入れにより、長きに続いた地上と魔界の戦争は終結した。

 そして、その後は母さんが魔王の座を引き継ぎ、魔界と人類の永劫の平和のための執政をすることになっていた。

 僕も、そんな世界を目指していずれは王の座を継いで……となるはずなのに……


「ふふ、かわいいねぇ、無垢で。だけど、教えてやるよ、シィーリアス。人間も魔族も……この平和条約がいつまでも続くなんて、誰も思っちゃいないんだよ。この条約はあくまで休戦。次の戦争のための準備期間みたいなもんさぁ!」


 それなのに、母さんの中で戦争はまだ終わっていない。


「いいかい? 勇者たちが魔王をせっかく倒したのに、そのまま魔界を攻め滅ぼさないのは、先の大戦で奴らも甚大な損害を負ったからさ。おためごかし、っていうんだよ。覚えておきな」


 でも、僕はそれを認めたくない。



「そんなもの憶測です! 父上の最後の言葉をお忘れですか!?」


「あいつが失敗したことは後悔するほど私も分かっているんだよ!」


「失敗など……」

 

「失敗さ! 闘魔神オートンは戦にしか興味なかった。政略結婚で私と結婚はしたが、妾も持たず、子もお前一人しか作らなかった。最強の雄が種をバラ撒くという責務を放棄した。つまり、あんたがどんどん女を孕ませて子を産まさねば、魔王軍の正統な血筋が途切れることになる! 天地魔界全てを支配する魔王の血をなぁ!」



 そう、父さんは魔王でありながらその血を僕しか残さなかった。本当に戦にしか興味のない方だったし、子は僕一人いればそれでいいと思われていたのかもしれない。

 だからこそ、母さんも臣下も僕を重宝する。


「勇者が面倒だし、今は魔界もゴチャゴチャしてるから休戦を飲んだだけ。どうせ寿命の短い人間……勇者なんてあと五十年放置すればくたばる……その時には奴の弟子やら子孫やらがいるかもしれないが……そのころはお前も新たなる闘神となり、最強の魔王軍を築き上げているだろうよ!」


 そして、母さんは自分が認めた女性たちを選りすぐって僕に宛がおうとする。

 まるで種馬のような役目を押し付け、そして母さんたちの理想の魔王としてあるべき姿を押し付けようとして来る。

 だけど、僕は……


「母さん。僕には僕の夢があるのです!」

「あ? 夢? なんだい、そりゃ」

 

 僕は自分が目指す将来、なりたい理想の姿がある。

 僕が魔王になるというのは立場上避けられない話であり、僕もその立場を放棄して逃げる気はない。

 だけど、どんな魔王になるのかは、自分で決めたい。

 それを今、僕は……


「僕は……支配する魔王ではなく……正義の勇者になりたいんです」

「……は?」


 歪んだ笑みを浮かべていた母さんもジェノサリアも、僕のその言葉に惚けて……



「僕は……恐怖の大魔王ではなく、勇者になりたいと思っているんです!」



 だけど、僕は僕の夢を語った。



「勇者が五十年後には居ない? ならば、僕が勇者となって人類と魔界の友好を永劫に守って見せましょう!」


「「……は?」」


「父上を討ち取った……勇者フリードに僕は弟子入りしてきます!!」


「「( ゚д゚)ポカーン??」」


 

 邪悪に歪む二人が、その時だけはこの僕ですら初めて見る顔で呆然としていた。

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