第5話 最強・最恐・最凶の二人

「……ジェノサリア……」



 この方もまた、魔界にその名を轟かせる英傑。


「シィーリアス王子。ようやくこの日が来たことを光栄に思います。王子、我が妹を是非娶っていただきたく。魔王軍史上最強の我が一族の血を引く我が妹と共に、次代の子を! そして、私もこの身と生涯を賭して新時代の魔王軍の創生に尽力いたします」


 僕の教育係も兼ねて幼い頃より世話になっていた、魔界史上最強の魔導剣士将軍にして、現在魔界で『二番目』に強い『ジェノサリア』は玉座の傍らに立つ僕にそう進言した。

 美しい金色の長い髪を後ろで纏め、禍々しい暗黒の甲冑に全身を包み込んだ美剣士として魔界中の女性が発情するほど。

 軍人として明晰な頭脳、遠慮のない冷たい言動と、冷戦沈着な判断力で軍を率いた。

 個の力でも一騎当千。剣の腕前は魔界随一。侵略した土地への残虐行為や凌辱行為は当たり前。人類や魔界に巣くう悪党たちからは心底恐れられてはいたが、慕う民や兵たちからの信頼は厚い。

 幼いころは僕のお傍仕えとして教育係も担当されたことがあり、とても世話にはなった。だが、僕は苦手としていた。

 特に、戦と虐殺を顔色一つ変えずに血みどろの戦場を駆け抜けるこの人に恐怖を抱くこともあった。

 そんな将軍が僕の許嫁候補の兄だと分かった時は、しばらく言葉を失ったものだ。

 

「ふふふ、実に良い話じゃないかい、なぁ? シィーリアス。次期魔王であるお前が早々に王位に付いて、魔王軍の再建だ。当面の執政については、私とジェノサリアで行う」


 返答をするのは僕ではなく、死んだ父の代わりに玉座に座る母さん。現在、魔界で最強の力を持った女性。


「母さん、あなたは何を言っているんですか! ジェノサリアもだ!」


 現在この魔界において最も強い権力と力を誇る二人が一堂に会し、そして僕の未来を勝手に決めようとしていた。



「王子。覚えておいででしょうか? 百年ほど前、王子が剣を教わりたいと申され……稽古が終わった後に申された王子の「ありがとう」のお言葉……アレが闘争のみであった我が人生を大きく狂わせました。この御方を是非弟にしたいと! この御方に兄と呼ばれたいと! しかし、当時まだ一介の武人であった私には夢のまた夢。それゆえとりあえず賞金首と人間の将軍たち1000人ぐらい討ち取って大将軍になり、その間に我が妹も成長して魔界でも評判の器量良しとなりました……人類とは一時休戦協定となりましたが、これでようやく私の夢が叶います」


 ジェノサリアの妹とはいつか結婚することになっているが、それはまだ先のことだと思っていた。

 まさか、今すぐだなんて思わなかった。

 正直、結婚することは僕も王子としての責務だと思っている。

 でも、僕に迷いがあるのは事実。

 ジェノサリアの妹とも数度会ったし、とても美しく可憐だとは思っているが……以前読んだ、とある人間の王子と姫の恋愛や人間と魔族の恋愛小説のように純粋で温かさに満ちたもの……アレを本当の恋愛と言うのであれば、こんな政略のみの結婚はどうなのだろうか……と疑問を抱いてしまう。

 何よりも兄であるジェノサリアはどこか狂っているところがある気がする。

 そして、狂っているのはこの方だけじゃない。


「というわけだ、シィーリアス。まずは手始めにさっさとガキを作るんだよ。他にも何人か有力な部族の長の娘や貴族の令嬢も掻き集める。手当たり次第にまずは血族を増やすんだよ。お前は、父親のような失態はしないようになぁ」


 この人もそうだ。

 煙管を咥えて、上から僕に有無を言わさぬ目で笑みを浮かべてきた。


「ふふふ、私の可愛いシィーリアス。灼熱と白銀の入り混じったこの髪、魔人族の紋様、そして鬼族の証たる角……嗚呼、お前は紛れもなく『闘魔神・オートン』とこの私、『灼鬼女帝・カーチアン』……二つの最強の遺伝子が合わさった魔界史上最強の魔神童子! その力が覚醒した時、必ずや地上全土を完全征服することができるだろう!」


 そして母さんは牢を開け、這い蹲る僕の元へ歩み寄って抱き寄せ、僕の顔、角、紋様などに触れて悦に浸る。

 機嫌よさそうに頬などにキスしたり谷間に抱き寄せたりと、とにかくスキンシップが過剰すぎる。


「か、母さん、人前でハレンチだ! 僕は王子! 臣下に見られています!」

「ふふん、照れるのは成長の証! さあ、毛でも生えてるか見せてもらおうかな? 私は母。子の成長を見るのに許可などいらないよねぇ!」


 これが、魔界で最高権力を誇る……何たる恥さらし!



「たわけものぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



 魔力を開放し、その衝撃波で二人を果てまで吹き飛ばす勢いで僕は荒ぶった。

 ジェノサリアはクールに避け、母さんは直前で僕から離れクスクスとからかうように笑みを浮かべている。

 というか、その半裸の服をただせ、このふしだらマザーめ!

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