ふくろうの魔法使い
加賀山みやび
第1話 出会い
「こんばんは」
ある夜。突然、頭の上の方から声をかけられた。とても豊かに響くバリトンだ。声のする方を見てみると、大きなヤマボウシの木の枝にちょこんと座っているフクロウが一羽。まさか、今話しかけてきたのは、あれだろうか。
「こんばんは」
間違いない。私に話しかけているのは、あのフクロウだ。大きさは猫ぐらい。ふわふわとした柔らかい羽毛が風に揺れていた。見た目から想像すると、まだほんの小さな子供のように思えるのだが、実際の声がだいぶ低いため、少々違和感があった。声の感じは、四十代のおっさんだ。
ここは、さびれた街の小さな駅の前。さびれていると言っても、それなりに人の通りはあり、駅の南口には、小さなロータリーがあって、客を待つタクシーが二台止まっていた。一方、北口には、すぐ近くまで、鬱蒼とした木々の茂った山が迫っており、その山裾に沿うようにして、遠く線路が続いていた。
南口の改札を出て左に行くと、百メートル程離れた場所に、大きなヤマボウシの木が一本立っていた。私は、その下に小さな机と椅子を二つ置き、片方の椅子に座って、通勤帰りのサラリーマンや、学生が通り過ぎるのを眺めていた。足元には、『占い』と書かれた提灯が置いてある。提灯と言っても、中には電池と豆電球が入っている、いわば、まがい物だ。
そう。私はここに座って、客を待っている占い師なのだ。客は多くは無いが、時々、私のような若い女性が占いをしていることに興味を持った酔っ払いがやってくる。そんな輩を相手に、適当な話をでっちあげれば、食うには困らない程度の収入を得ることができた。
「占って欲しいのですが」
頭上のフクロウが言った。
「私、フクロウなんて、占ったことがないの」
本当は、人間を占う時もデタラメだ。占いの才能も、修行経験もない。ただし、そんなことを正直にフクロウに教えなくてはならない筋合いもない。
「私がフクロウであるということは、大きな問題ではありません」
フクロウは言った。
「試しに目を閉じてみてください。ね、どうですか、人間と話しているのと、なんの違いもないでしょう」
確かに、目を閉じてみると、フクロウと言うよりは、木に登った変なおじさんと話しているような気分になった。
「じゃあ、やってみようかしら」
「お願いします」
「生年月日は」
「忘れてしまいました」
「血液型は」
「わかりません」
「名前は」
「まだない」
「・・・。帰ってちょうだい」
フクロウは帰らなかった。どうしても占って欲しいことがあるようなのだ。
「実は、弟子を探しているのです」
相変わらず、豊かなバリトンで、フクロウが言った。
「それは、お弟子さんが失踪してしまったとか、そう言うことかしら」
「いえ。私の弟子になってくれそうな、人間を探しているのです」
正直な感想としては、それは無理ではないかと思った。何が悲しくて、人間が、フクロウごときの弟子にならなくてはならないと言うのか。そんな私の心を見透かしたかのように、フクロウは言った。
「実は私は魔法使いなのです。そして、魔法使いの弟子として、魔法の修行を行う人間を探しているところです」
「師匠!」
私は思わず叫んでいた。
「この私を弟子にしてください」
こんな偶然があるものだろうか。私は、ずっと魔法使いを探していたのだ。こんなさびれた小さな街で占いをしていたのも、かつて、この街に魔法使いがいたと言う噂を耳にしたからだった。ようやく見つかった魔法使いが、フクロウだったと言うのは、ちょっとした誤算ではあった。しかし、人生を料理に例えるならば、これもある種のスパイスであると言えるのではないだろうか。
いつの間にか、終電が通りすぎてから、随分時間が経っていた。周囲には、もう誰もいない。西の空をみると、十三夜の月が、山の端にかかろうとしていた。
「よかろう。魔法の杖を受け取るが良い」
フクロウが、目の前の机の上に降りてきた。羽ばたく音は全く聞こえなかった。いつの間に取り出したのか、三十センチほどの棒をクチバシにくわえていた。あれが、夢にまで見た魔法の杖。私はそれを受け取った。ぱっと見は、ただの棒のようだが、よくみると、細かな彫刻が施されており、高級そうだ。手の触れる部分には、ちゃんとコルクが巻いてあった。
「では。あの月が山の向こうに沈んだ瞬間から、そなたは、魔法使いの弟子となる」
「ありがとうございます」
「最初に教える魔法は決まっている」
「はい」
「フクロウに変身したものの、元の姿に戻れなくなってしまった魔法使いを元に戻す魔法」
「はあ?」
「いやあ、参った。さっき初めてフクロウに変身する魔法が成功したんだけどさ。ほら見て。手が羽になっちゃって。これじゃあ、魔法の杖が使えないんだよねえ」
月が沈む。
魔法使いの弟子としての私の人生が始まろうとしていた。
若干の不安と共に。
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