第59話「受付嬢ご乱心」

「あのクソガキッ、絶対に、絶対に許さないわ!」


 一心不乱に派手にデコられた爪を噛む村越雨音。

 調達屋協会日本支部の受付嬢だ。

 雨音は、海人の一件により配置換えにあり、新たな部署で残業を終え帰路についていた。


「なんでナンバー2の私が箱詰め係なのよ!?」


 さて、調達屋協会にはパートナー制度というものが存在している。

 パートナー制度とは、受付嬢が調達屋協会で活動している協会員の専属となり迷宮でのあらゆる場面でサポートする制度だ。

 受付嬢の渾身的なサポートあっての協会員と言っても良いほど重要な役割を担っている。

 ただ、これにはちゃんとギブアンドテイクがある。

 受付嬢のサポートギブによりより高ランクの取得物ギブを得る事ができそれが調達屋協会を潤すからだ。

 そして、受付嬢は担当しているパートナーの成果によりインセンティブが発生する。一攫千金を狙えるのは調達屋だけではないという訳だ。

 そんな訳で 調達屋協会において受付嬢というポジションは花形ともいえる。


 そして、そんな花形とは程遠いポジションが雨音が現在所属している箱詰め係だ。

 箱詰め係とはその名が示す通り、協会で買い取られた迷宮の取得物を国や企業などに卸す前に奇麗に洗浄し箱などに詰める係で、手足さえ動けば誰でもできるそんな仕事なのだ。

 

「今月こそはあの七光りに勝ってナンバー1になるはずだったなのに!」


 七光りとは、この日本支部長の実妹である風花纏の事だ。

 雨音の1/10のパートナー数にも関わらずこの日本支部でナンバー1の売り上げを誇っている。

 この二人の大きな違いは、“選ばれている”か“否”の違いだ。

 そう、纏は選ばれているのだ。

 自分を選んでくれる者の中から、将来性のある協会員を見極めパートナーになっている纏と誰彼構わず声を掛け数撃ちゃ当たる方式の雨音。


 売上げの高いパートナーにサポートが集中するあまりに売上の低いパートナーへのサポートが疎かになっており、雨音に不満を持っている者達が多いという。


 ただ、このナンバー2という立場はかなり有効的で、何も知らない者にとってナンバー2の受付嬢が自分のパートナーになってくれるという事はかなり魅力的な提案であるため雨音のパートナー数は一定数を保てているのだ。

 そして、雨音に対して不満が多いものが多いなか、前線で活躍している者達はちゃんとしたサポートを受けているため雨音の評価も上に引っ張られる形になっている。


「どうするのよ!? これじゃあ、ローンも返せないじゃな!」


 ナンバー2受付嬢という事でかなり高額なインセンティブを貰っていた雨音は、マンションや高級車、それにブランド物の数々をまるで息をするように購入していた。

 だが、これからはインセンティブが入ってこない。

 箱詰め係の給料は今までの1/5水準。勿論、貯金なんて有るわけない。

 今の給料ではマンションのローンを払う事すら叶わない。


「あれ? 雨音じゃねぇか」


 頭を抱える雨音の前に現れたのは、4人組の男だった。

 お世辞にも人相が良いとは言えない男達の一人は、雨音とは幼い頃からの悪友である佐藤一郎だった。

 数ヶ月まで傭兵団に所属していたが、部下数名と問題を起こして退団させられ迷宮に流れ着いた男だ。


「一郎く~ん」

「おいおい、珍しく弱ってるじゃねぇか。俺達、今から飲みにいくけど一緒にいくか? 話聞くぜ?」

「いく! いくいくいく!」

「お、おう」


 駅前の居酒屋に入った雨音は、大ジョッキを一気に飲み干す。


「ぷはぁああ」

「ははは、相変わらずいい飲みっぷりだな」

 

 佐藤も、雨音に合わせる様にジョッキを一気に空けてお代わりを注文する。


「Sランクの高校生ね……確かに今日何人かからその話を聞いたけど、マジだったんだな?」

「しかも、4つの迷宮のレコードホルダーなのよ!?」

「すげぇやつもいたもんだな」

「そうなのよ! 今日も、そいつの取得物の洗浄作業のせいで残業だったし! なんでナンバー2受付嬢の私が、洗浄作業で残業なんかしないといけないのよ!」


 タンとテーブルを叩く雨音を宥めているとお代わりのビールとつまみがテーブルに置かれる。


「レコードホルダー様の取得物か、査定もさぞかし高額になるんだろうな」

「そうだ!」


 エイヒレを齧っていた雨音が何かを思い出したかのようにテーブルに身体を乗り出す。元々胸元が開けた服をきているため、佐藤の両目に雨音の谷間が写り込み目を離す事が出来ずにいた。


「ど、どうしたんだ急に」

「ねぇ、あんた元傭兵って言う位なんだから結構やるのよね?」

「まぁな、これでも中堅上位の傭兵団の部隊長だったんだぜ? 団の金さえちょろまかしてなかったら幹部も夢じゃなかったんだがよ」

「はぁ? なんでそんな事したのよ」

「あぁ……借金だよ。ギャンブルにはまっちまってな、やべぇところ金借りちまってよ」

「しょうもないクズね」


 類は友を呼ぶという言葉がピッタリの二人だ。


「うるせぇ! それで、俺が結構やれたらなんだよ」

「アンタが、あのガキを痛めつけて金を巻き上げればいいんのよ」

「はぁ? 相手はSランクなんだろ? そんなの無理だろうよ」

「何言ってるのよ、それはあくまでも楔内での話でしょうに。一歩でも楔の外に出たら?」

「レベルもステータスも無効になる」


 そう、いくらカイトのレベルがカンストであってもそれはあくまで楔内での話。楔の外ではその恩恵は嘘のように消える。


「そういうこと」

「いや、そうならそのガキもかなり有用なマスターなんじゃねぇのか? 特級とかよ」

「それはあり得ないわね。だって、あのガキ、サンコーの生徒よ?」

「はぁ? サンコーだと!? あの落ちこぼれの?」

「そうよ。あのガキが買取りに出している取得物……少なく見積もっても20憶は下らないわ」

「20億!? まじかよ!?」


 雨音は、知らない。

 今日、雨音の部署で取り扱った海人の取得物は半分にも満たないという事を。

 

「えぇ。どう? アナタには部下達もいるわけだし3:7でいいわ。もちろん、私が3ね」

「いいのか!? 俺達が7で」

「えぇ、もちろんよ。それで私は仕事なんてやめて遊んで暮らすことにするわ。貴方達は海外にでも逃げればいいわ」


 もう、受付嬢に戻れる保証はない。

 それなら大金を手に入れてやめてやろうと雨音は考えているのだ。


「お前の様な友達を持って俺は幸せだよ! よしッ、乗った! これで借金とおさらばだ!」

「うふふ、私も1年くらいは海外で過ごそうかしら」

「うぉし! 景気づけに今日は飲むぞ雨音!」

「えぇ! かーんぱい!」


 二人は力強くジョッキをぶつける。

 大金を手に入れたと確信した顔で。

 この二人は、知らない。

 自分達が誰を相手にしようとしているのかを。

 

―――――――――――――――――――――――

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

次回は、2/24 8AM更新予定です。


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