第54話「龍王オロチ」

「あのクソ女! 目にもの見せてやる!」


 そう鼻息を荒くする坊主頭の巨漢。

 配下数千人を纏めるホワイトタイガーの団長白虎ペクホである。

 そんな白虎は、トレードマークである虎の革で仕立てたであろうベストを揺らしながら薄暗い地下道を進んでいく。


 【常世の楽園】というウマい飯の種を失っただけでなく、配下の見る前で銀の乙女団の団長である鷹刃冴子にコケにされた屈辱で白虎は腸が煮えくり返る思いをしていた。


 ーー冴子に一泡吹かせたい。

 

 だけど、白虎は知っている。

 銀の乙女の桁違いの強さを。

 あのまま戦争になっていたら間違いなくホワイトタイガーは壊滅に追い込まれていただろう。

 それも冴子一人の手によって……。

 それほどまでに鷹刃冴子という人物は規格外なのだ。


「だが、あの女が最強なのはあくまでもアークマスター界隈での話だ。あの人に掛かればあの女なんて赤子も当然」


 クククと体格に似合わず小物の様な含み笑いを浮かべる白虎の前に青銅で出来た高さ10メートルほどありそうな重厚な扉が現れる。


 目的の人物に会うためにはこの扉を開けて中に入らなければいけない。

 扉を開けられない者はその資格がないということだ。

 白虎は、青銅の扉に両手をあてる。


「うおおおおおお!」


 白虎の咆哮が地下道に響きわたる。


「クソッ、相変わらずなんて重さだ! このままじゃ埒があかねぇなッ」


 白虎の全身が膨れ上がり金色の虎男に変貌する。


「ウオオオオオオ!」

 

 ズズズズズーーゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォ――


 ゆっくりとそして、確実に扉は開かれていく。


 自分の身体が入れるくらいの隙間が出来た事を確認した白虎は擬態を解き扉の向こう側へと進んでいく。


「「止まりな(さい)!」」

「うぉっと」


 触れただけでも命を刈り取られそうな、死神の大鎌が白虎の首元に迫る。


「お、おい、ちょっと待てよ」

「ん? あぁ、あんた白猫か?」


 まるでオセロの駒の様に白と黒が半々なボブカットの少女が大鎌を下ろしながらそう言う。


「あらまぁ、本当に白猫さんですわね」


 ボブカットの少女と同じ様に白と黒が半々なロングヘアの少女が続く。


「俺は猫じゃねぇ! 虎だ!」

「どっちも変わらないだろうに」

「虎はネコ科ですわよ? それに貴方の様な弱者は猫で十分ですわ」

「チッ」


 自分よりも一回りも二回りもいかない少女達に弱者と見下されてい不機嫌そうに舌打ちをうつ白虎。だけど、反論する事はない。白虎は分かっているのだ。この少女達には逆立ちをしても勝てない。

 そう、圧倒的な強者なのだ。


「それで、なんの用?」

「白猫さんが来る用事なんて一つしかないと思いますけど……パパに御用ですか?」

「あぁ、龍王様は?」

「いつも通りだよ」

「じゃあ、龍王様の元に案内してもらえるか?」

「白猫さんだったら……まぁ、問題ないですわね。ついて来て下さいませ」


 ロングヘアの少女が何もない空間に手を翳すとそこに木製の扉が姿を現す。

 少女は取手を回し、扉を開ける。


「さぁ、どうぞ」

「お、おう」


 白虎は少女に促されるまま扉をくくる。

 

「パパ、白猫ちゃんがきたよー」

「あぁん? 白猫? あぁ、白虎の事か」


 ボブヘアの少女がパパと呼ぶ人物は、白虎の方に視線を向けながら七寸はありそうな純金の盃を傾ける。

 

「ご無沙汰してます。オロチ様」


 オロチと呼ばれた男は、朱色の着物をラフに着崩した長身長髪の美丈夫だ。

 オロチが盃を白虎に向ける。

 慌てて白虎がそれを受け取るとオロチは、そこに酒をが注がれる。


「久しぶりだな~ほら、グイッとやれ」

「いただきます!」


 一気に飲み干すと白虎の顔が赤く染まり一瞬ふらっとよろめく。

 酒は呑める方だと豪語する白虎だったが、オロチから渡された酒は今まで飲んだ事がないほどに酒精が高かったのだ。


「ご馳走さまです」


 オロチはコクりと頷き、返された盃に自ら酒を注ぐ。


「それで、何用だ?」

「オロチ様に折り入ってお願いがありまして」

「言ってみろ」

「銀の乙女団との戦争にご助力をいただきたく」

「あぁん? ワシにお前ら人間どもの戦争に首を突っ込めって言ってるのかああああ!? お前、ワシの状況を知っている上で馬鹿にしにきたのかああッ!?」

 

 蛇の様な瞳孔が開かれたオロチの怒気が空間を支配する。

 一気に顔が青ざめる白虎は慌てて口を開く。


「それ相応の見返りは絶対しますので!」

「お前に何ができる!?」

「結界を何とかします! オロチ様が自由になれるように」

「……ほう。どうするつもりだ」


 オロチの怒気が収まった事で白虎は胸を撫で下ろす。


「結界の一族は代替わりの時期と聞いております。なので、次代の結界の巫女を消せばいいかと」

「お前にそれが出来ると?」

「俺の傭兵団、ホワイトタイガーの人員と出来ればオロチ様の娘さんを数人貸して頂ければ可能かと」

「それでその見返りにワシが銀の乙女と遊んでやればいいのだな?」


 世界最強のアークマスターである銀の乙女こと鷹刃冴子相手に遊ぶというワードを選ぶオロチ。

 これは、決してオロチが驕っている訳ではなくオロチにとって冴子が取るに足らない相手だと分かっているからそう言えるのだ。


「確か、オロチ様はあのオンナにあまりいい感情をお持ちでないと……」

「銀の乙女、あれはいい女だ。気高く、美しく、何より強い。こぶつきだろうとあれが欲しかった……が、あの女このワシの誘いを断りよった!」


 つまり、オロチは冴子にフラれたのだ。

 なんでもかんでも意のままに出来ると思っていたオロチは「ごめんなさい、タイプじゃないし」という一言で玉砕したのだ。

 それをオロチは未だに根に持っている。


「パパ、ダサーい」

「本当ですわ。女の人にフラれた挙げ句にそれを根に持っているなんて……」

「……うっ……」


 娘達から白い目で見られ、ごほんとわざとらしい咳をしながら話題を変える。


「この二人を貸してやる」

「あ、ありがとうございます!」

「まぁ、そんなに期待はしないで待っていてやるよ」


 白虎は、深く頭を下げてオロチの前から去る。


「で、ボク達はどこに行けばいいの?」

「日本のヤマトアイランドだ。とりあえず準備が整うまで学生として身を潜めてくれ。転入手続きや住む場所とかの準備が整い次第俺の方から連絡するからよ」

「分かりましたわ。それにしてもワタシ達が人間の世界で学生をやるだなんて」

「まぁ、最近退屈してたし暇潰しにはちょうど良いんじゃない?」

「そうですわね。では、ご連絡をお待ちしておりますわ」

「おう」


 白虎は来たときと同じ様に薄暗い地下道進む。

 その表情は期待に満ち溢れていた。


「これであの忌々しいオンナと傭兵団をぶっ潰せる! 首を洗って待っていろよ鷹刃冴子!」

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